2:大好きなお姉さまとひきこもります(6)
お仕着せ姿の女性が、強張った表情で姿を現したが、セシリアの姿を見るとニコリと笑ってくれた。だからセシリアも同じように微笑み返す。
「お待ちしておりました。ご案内いたします」
彼女の雰囲気が、一瞬でぐっとやわらかくなる。
商会館は建物の中も白かった。真っ白というよりはクリーム色。天井も壁も、そして床も同じ色で統一されている。
エントランスは吹き抜けになっており、二階に続く螺旋階段は屋根と同じ赤色だが、少しだけ暗く落ち着いた赤だった。エントランスの突き当たりには左右に分かれる廊下が見えた。
商会長は二階の会長室にいるとのことで、螺旋階段をのぼっていく。
「足元にお気をつけください」
案内していた彼女は、ひょこひょこと歩くセシリアにそう声をかけた。
「セシリア。ぴょんぴょん跳ねないで、きちんと歩きなさい」
いつもと違う場所が楽しくて、それが足取りに出ていたのかもしれない。
見かねたエレノアが小さな声でビシッと注意して、セシリアと手を繋ぐ。
二階の廊下も同じようにクリーム色で統一されており、等間隔に茶色の扉が並んでいた。一番奥の扉の前で立ち止まる。
「領主様がおいでになりました」
ノックと共に彼女がそう告げ、扉を開ける。
なんの変哲もない部屋だ。華美でもない、粗末でもない。むしろ質素な執務室。
「お待ちしておりました、領主様」
腰の低い男がぺこぺこと頭を下げ、ケアード公爵一家を出迎える。
「どうぞ、こちらに」
長椅子にうながされてみたものの、ケアード公爵側は四人とケビン。ケビンはすぐさま部屋の隅に移動して直立するが、示された正面の長椅子は三人がけのもの。
「お嬢様方はどうぞこちらに」
エレノアとセシリアは隣に並べてあった二人がけの長椅子を案内された。
しかしエレノアは父親と並んで商会長の正面に座り、セシリアは母親と一緒にちょこんと座る。この組み合わせに商会長も驚きを隠せない様子。
先ほどの女性がお茶とお菓子をテーブルの上に並べていく。
「本日はご足労いただきまして、ありがとうございます。私がこの街の商会長を務めております、ボリス・アグルルと申します」
ボリスは一貫して低姿勢な男である。年齢は四十代後半くらいで、中肉中背。苦労しているせいか、頭髪が寂しいのが気になった。
だが初めて会ったボリスであるのに、セシリアは既視感を覚えた。
(この人は、まさしく中間管理職……。上と下に挟まれて、いい感じに疲弊するポジション。きっと今まで、街の人と代表の板挟みになっていたのだわ……)
ボリスがひととおり自己紹介を終えたところで、次はケアード公爵の番である。
「このたび、私がフェルトンの街の代表となったオリバー・ケアード。そして妻のシンシア、娘のエレノアとセシリアだ」
父親の言葉に合わせて、セシリアもペコッと頭を下げた。
「早速だが……」
いつもはセシリアにやさしい口調で語りかける父親が、こうやってきびきびと話すのが新鮮だった。
「フェルトンは王家直轄領から、我がケアード領の一部となった。フェルトンの過去の収益に関してはすべて把握済みだが、公爵領の一部となったからには税率はこちらに合わせてもらう必要がある」
その瞬間、ボリスの顔が曇り、少しだけそわそわとし始める。
「何か意見はあるか? あるなら遠慮なく言ってほしい。私たちはこの街から税を取り立てるためにやってきたわけではない。先ほども言ったように、公爵領の一部になったわけだから、他の領地と同じようにしていくつもりだ」
その言葉を聞いたボリスの顔は晴れていく。曇ったり晴れたりと忙しいのは、やはり中間管理職ならではの気遣いのせいだろう。
公爵の言葉を受け、ボリスがゆっくりと口を開く。
「今までの代表は、税を取り立てるだけ取り立てて、何もしてくれなかったものでして。街の者からすれば、代表への印象があまりいいものではないのです。そのため、初めのうちはご迷惑をおかけするかもしれませんが……」
「前任がどのようなことをしていたかも、把握しているつもりだ。何度も言うが、この街は公爵領の一部。この街での利益が赤字であるなら、他から補填すればいいだけのこと」
王家直轄領だったフェルトンの街が、ケアード公爵領の一部となった。つまり、親会社が変わったとイメージするのがわかりやすいだろう。株式会社アッシュクロフは子会社フェルトンを株式会社ケアードに売却した。という構図が、なぜかセシリアの脳内に展開される。
「だからといって、いつまでもこの街を赤字のままにしておくつもりはない。それなりに成果を出してもらわねば、公爵領のすべての者が路頭に迷う結果になりかねないからな」
フェルトンの赤字が公爵領全体に影響を及ぼすような言い方は、ある意味、脅しだ。鈍い者は気にしないが、中間管理職のような立ち位置の者は敏感に反応する。
セシリアが予想していたとおり、商会長はまた顔を青くした。
「そこで私たちから提案がある。ケビン、あれを」
公爵の言葉に、ケビンは「はい」と元気よく返事をした。