2:大好きなお姉さまとひきこもります(5)
いくつかさとうきびを刈り取って布袋へと詰め込んだ後、領主館へと戻った。
昼食を済ませ、商会館にいる商会長らに会いにいく。商会館とはフェルトンの街で商売をしている者たちのアジトのような場所。ファンタジー小説であればギルドと呼ばれるのかもしれない。とにかくこの商会館に足を運べば、フェルトンの街で誰がどのような商売をしているのかがわかるし、仕事を探している者も把握できるとのこと。
それをとりまとめているのが商会長で、さらに商会長は商売人の税をまとめて代表に納めている。
――というのをケアード公爵は、過去の資料から把握している。
商会館に向かうのに、華美な衣装は向いていない。だが、あまりにもみすぼらしい格好では舐められてしまう。
そういった考えもあり、セシリアはエレノアが選んだふんわりとしたエプロンワンピース姿だ。水色のワンピースに白いエプロンが、おとぎ話に出てくるような妖精のように愛らしい。
エレノアも同じ色のエプロンワンピースだが、着る者がかわると雰囲気はがらりとかわる。花売りの町娘のような姿に、エレノアは鏡の前でくるりと一回転する。
商会長は領主館に来ると言ったらしいが、ケアード公爵らが向かうということで折り合いがついている。しかし、そこにエレノアとセシリアも同伴するとは思ってもいないだろう。
公爵だって最初は娘たちを連れていくことに悩んだのだ。だがここは、エレノアが強かった。
「お父様。わたくしが領主代理となるのであれば、きちんと最初から挨拶すべきです。女が領主代理と、がっかりされる可能性もありますし、下手すれば舐められます。そうならないように、今日のうちに砂糖事業についてきっちりと説明しようと思っております」
だからケアード公爵一家は、仲良く馬車に揺られていた。もちろんケビンが付き添っている。これにもエレノアが「出世したわね」と茶化していたが。
「道もいいとは言えないな」
それは馬車の揺れ具合から判断したのだろう。父親の言葉にエレノアも「そうですね」と答える。
「道が悪いというのは、流通にとってはマイナス要因です。砂糖事業が軌道にのれば、フェルトンの街以外にも運ばなければなりませんから、主要の道は整備する必要がありますね」
エレノアはメモを取り出し、気がついたことをつらつらと記録している。ガタガタ揺れる馬車の中では字が書きづらいだろうと思うのに、そのメモだけは揺れることなく宙に浮いているように見えるのは、これも風の精霊の力によるものだ。
「馬車はここでいい」
ガラス戸をコツンと叩いたケアード公爵は、御者に告げた。ここからが住宅や店などが建ち並ぶ街となる。領主館だけぽつんと離れて建っているのは、街を見張るためなのか、そこに境界があるからなのかはわからない。
街の入り口で馬車から降りた。
目の前には幅の広い一本道が真っすぐ伸びており、その先には他よりも一回りほど大きな建物が見える。あれが商会館である。そして一本道の両脇には、家々や店舗などが建ち並び、その建物の裏、少し離れた場所には畑が広がっていた。
大きな道は馬車や荷車も通れるようになっている。いたって普通の街であるのに、そこを行き交う人々の顔はどことなく曇って見えた。
店先で売り買いをする人もいれば、道を忙しなく歩く者もいる。
「あれは、教会かしら?」
エレノアの視線の先には、尖塔が見える。
「そうだろうね。あっちが商会館でその近くに教会があるという感じだな」
教会には人が集まる。何やらそれに、エレノアはピンときた様子。ほんのりと口角があがっていたのをセシリアは見逃さない。
「生活必需品を売るお店がほとんどね。やはり、お菓子やお茶などの嗜好品は扱っていないのね」
少しだけしょんもりとして母親が言う。
この街は貧しい。貧しいがために、人々の表情もどこか暗いのだ。
「お母さま。この街はきっと元気になります。お姉さまが来たから大丈夫です」
セシリアが明るく言えば、母親も「そうね」と呟く。
「お母様、感じませんか? 精霊たちの力も弱まっているというか……」
精霊は自然界に生息している。魔力を持つ子が生まれたときに、精霊たちは判断するのだ。どの精霊が、いつ、この子に仕えるかと。
だから、魔法貴族に仕えていない精霊は、各々が好きなところで過ごしているため、フェルトンの街にも精霊はいる。しかしその精霊の様子がおかしいと、エレノアが感じ取った。
「あら? エレノアの言うとおりね。先ほどのさとうきびのところにいた精霊とは、ちょっと感じが違うわ。どうしたのかしら?」
こういった精霊の些細な違いにも感じられるのが母親とエレノアであって、父親はなんのことやらと、首を傾げるだけ。もちろん、セシリアもまだ精霊を感じることはできない。それでもきらきらと光る粒子が見えると、そこに姉や母の精霊がいるんだろうなと思っている。
そうやって街の中を歩き、エレノアは気になることを次々とメモに書き留めていく。
そして馬車を降りてから三十分後、商会館の真ん前に着いた。平べったくて白い外壁の建物だが、屋根だけは赤い。高さから察するに二階建てなのだろう。
すっとケビンが前に出て、正面玄関の叩き鐘を鳴らす。




