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1:大好きなお姉さまが婚約破棄されました(10)

 エレノアの決意を聞いたケアード公爵は、婚約解消手続きに必要な書類をさっさと王城へと送り返した。それはもちろん、(残念だが)婚約解消を受け入れるといった内容だ。


 エレノアは早速、フェルトンの街へと向かう準備をしつつ、セシリアから『砂糖』とはどういったものかの情報を聞き出していた。


「セシリア。砂糖とはどうやって作るものなの? その材料となるものがフェルトンの街にあるのよね?」

「はい。フェルトンの街にある『さとうきび』という植物が材料です。見た目は、大きな草に見えます」

「大きな草って……どんなものかしら?」

「セシリアの背よりも、お姉さまよりもお父さまよりも、もっともっと大きいです。さとうきびの汁がお砂糖の元になります」

「つまり……小さく切って、絞って、汁を出せばいいってことね?」


 はい、とセシリアは元気よく頷く。


「だけど、さとうきびは大きいので、絞って汁を出すのが大変です。絞った汁から、いらないものをとって、きれいな部分だけを煮詰めていきます。それを原料糖といいます。だけど、さとうきびはとってから時間が経つと甘さが減ってくるので、とったらすぐに絞らないといけません。原料糖まではさとうきびがある場所の側で作るのがいいと思います」


 ふむふむ、と言いながらエレノアはセシリアの言葉を書き留める。


「原料糖ができたら、それをどんどんときれいにしてお砂糖にします。原料糖は黒っぽいですけど、きれいにする作業を繰り返すことで白いお砂糖ができます」

「なるほど……ようするに、不純物を取り除く作業ね。植物の中に含まれる不純物。どうやって取り除けばいいのかしら……?」


 するとエレノアの周囲がきらきらと光ったように見えた。それは、エレノアの側にいる風の精霊が、彼女に何か語りかけているから。精霊の姿や声は、契約している人間にしか見えないし聞こえない。だからセシリアから見れば、エレノアの周囲に光の粒子が舞っているように見えるのだ。


「そうなのね、ありがとう……セシリア、作業は風の精霊たちも手伝ってくれるって」

「すごいですね。風の精霊なら、すぐにお砂糖をきれいにしてくれると思います」


 セシリアの中の謎の記憶の持ち主は砂糖職人だったのかと思えるくらい、砂糖の作り方に詳しかった。その記憶を頼りに、セシリアは自分の言葉でエレノアに伝えるものの、エレノアだって砂糖は見たことも聞いたこともなかったはずだ。それをセシリアの説明から情報を汲み取り、さらに風の精霊の力を借りるところまでこぎつけた。


 精霊との仲の良さは、その者の持つ魔力の強さに比例する。だからエレノアが風の精霊と心を通わせることができているのは、それだけエレノアの魔力が強いということ。


 セシリアの魔法はまだ属性が決まっていない。誰でもできるような、生活に必要とする簡単な魔法――生活魔法を使える程度。それはマッチや火打ち石がなくても火を起こせたり、ランプを灯すかわりに光の玉で周囲を照らしたりといった、そんな魔法だ。これくらいの魔法であれば、魔法貴族の血を引く者は幼少期から使える。そして学園に入学する頃に、属性が決まる。


 ただエレノアは、生まれたときから風の精霊に愛された特別な存在だった。


「……そうなると、やはり人手は欲しいわよね。さとうきびの大きさが想像できないけれども、わたくしやお父様よりも大きな草と考えると……草というよりは、木のような感じかしら?」


 それからエレノアは砂糖を作るために、どれだけの作業工程と人員が必要かを考え始める。だが、いきなりたくさんの砂糖を作るわけではないため、まずはケアード公爵家の使用人たちに手伝ってもらう形を取るのが無難だろうという考えにまとまった。


「砂糖……どんなものかしら? どんな味がするのかしら? 楽しみね」


 ジェラルドから婚約破棄を言い渡され、危うく悪役になるところだったエレノアだが、たった一日で姉に笑顔が戻ったことにセシリアは喜んだ。


 やはり大好きな姉には笑っていてほしい。結婚が駄目になってしまったのは残念かもしれないが、セシリアとしては大好きなエレノアが側にいてくれることが純粋に嬉しかったのだ。


 しかしそうやって新しい生き方を決めていたセシリアたちだが、父であるケアード公爵が国王から呼び出された。理由はもちろん、エレノアとジェラルドの婚約解消について話し合いのため、である。


 この期に及んでどんな話し合いがされるのか。セシリアもエレノアも不安であったが、なぜか父親が自信満々であったため、すべてを父に託すことにした。



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