1:大好きなお姉さまが婚約破棄されました(9)
エレノアの話を聞いた父親は、腕を組む。
「うぅむ」
眉間に深くしわを刻み大きくうなった。
母親も両手をしっかりと組み合わせ、はらはらとしている。
「エレノアの話を聞く限り、まだ半信半疑のところはあるが……。セシリア、本当の理由を言いなさい。フェルトンの街を選んだ、本当の理由」
セシリアはごくっと喉を鳴らす。この緊張した重い空気が、幼いセシリアにとっては耐えがたいもの。
「……お父さま、怒りませんか?」
セシリアとしてはそれが怖かった。流れ込んで記憶をしゃべったら、怒られるのではないか。七歳の女の子が考える内容としては妥当だろう。
「怒らない。怒るわけがないだろう?」
優しく微笑む父親を見て、セシリアはほっと胸をなでおろした。隣からエレノアが手を伸ばし、セシリアの手をゆるりと握りしめる。
セシリアは流れ込んできた記憶の一部を話し始める。
「フェルトンの街にはさとうきびと呼ばれる植物があります。このさとうきびからは、砂糖が作れるのです」
「砂糖?」
父親だって耳にしたことがない言葉なのだろう。セシリアだって、謎の記憶――前世の記憶がなければ、さとうきびも砂糖も知らない言葉だった。つまりこの世界には砂糖がない。
「甘味料の一つで、白い粉のようなものです。今は、料理に甘い味をつけるために、果物の果汁やはちみつを使っていますけど、やはり独特の風味があります。だけど、砂糖にはそれがありません。クッキーやケーキに使うと、とっても美味しく作れます」
「まぁ、それは画期的ね」
甘いものには目のない母親が、瞳を輝かせた。
「まだこの国には砂糖がありません。フェルトンの街にあるさとうきびで砂糖を作り、売ればそれなりの収入になるかと思います」
セシリアの言葉に、エレノアはぱちぱちと目を瞬いた。信じられないとでも言いたいようだ。
父親も右手で口元をおさえ、何やら考え込んでいる様子。
「やはり、エレノアの言うとおりかもしれないな。セシリアには未来視、もしかしたら過去視なども備わっているのかもしれない。だが、幼いがゆえ、その力をうまく制御できないのだろう。誰かがきちんと導いてやらねば……」
まるで独り言のように小さく言った父親は、真剣な眼差しでセシリアを見つめてきた。
「セシリア。その力はとても危険なんだ。使い方を間違えれば、怖いことが起こる。だから、その力で視えたことは、家族以外にはけしてしゃべってはならないよ?」
「はい」
セシリアは力強く頷いた。
「でしたら、お父様。わたくしがセシリアを守ります」
「エレノア……? 何を?」
急にエレノアがそんなことを言い出せば、両親の顔には困惑の色が浮かぶ。
「わたくしはジェラルド殿下との婚約を解消します。そうすれば、自由の身。セシリアが言ったフェルトンの街へ行き、砂糖というものを作ってみせましょう」
「いや、それは、私が……」
父親がしどろもどろになりながらも、エレノアを止めようとしているが、彼女はゆるりと首を振った。
「お父様には外交大臣という職務がおありでしょう? それに、公爵領のこともあります」
父親は外交大臣かつケアード公爵。エレノアが言うように、国の外交を引き受けつつ、公爵領で生活を営む民らのことも考えねばならない。幸いにもケアード領は大きな自然災害など起こらず比較的落ち着いているため、国から課せられている税も滞りなく納められている。
「ま、まぁ……そうだが……しかし……」
父親からすれば、エレノアもセシリアも可愛い娘。目に入れても痛くないほど可愛がっている娘を手放す形になる。
「あなた。私たちも子離れをするときがきたのかもしれません。エレノアは、学園卒業後は王太子妃教育のために王城へと入る予定でしたから」
「お父さま。フェルトンの街は公爵領からとっても近いです。馬車で二時間くらいです」
「セシリアはお父様とお母様と離れても寂しくないというのか?」
なぜか父親が泣きそうな顔をしている。
「寂しいです。だけど、お姉さまがいるから大丈夫です」
むしろセシリアのその言葉が父親にとどめを刺したのかもしれない。父はいじけたように唇を曲げている。
「あなた。娘たちを信じましょう。それにセシリアが言うように公爵領と近いのですから、一生会えないというわけではないでしょう? お嫁にいくのとはまた違うのですから」
「そうですよ、お父様。お互い、行き来すればよいのです」
愛する妻と娘に言われたら、父親もやっとその気になってきたようだ。
「そうだな。エレノアが王太子殿下との婚約を解消すれば、私たちも無理してここにとどまっている必要はないな……公爵領に戻るか……」
その言葉に引っかかりを感じたセシリアはエレノアに助けを求めるかのように顔を向けたが、それは姉も同じだったようで、目の合った二人は曖昧に微笑んだ。




