深窓の姫君と呼ばれて―桜花視点―
今日の礼儀作法と御祖父様の講義を終えて書庫に向かう途中、知らない人の声が聞こえた。
「案外、何も出来ないのかもしれないわよ?だから隠されているんじゃないのかしら?」
これは私の話だと分かった瞬間足がくすんでしまった。ここから離れなければならないのに足が言うことを聞かない…
そんな時侍女頭さんの声が聞こえてきた。
「孫姫様は何も出来ない訳では無いですよ?薬師として人界で1人で暮らしているんです。確かに里の事は疎いかもしれませんが、根も葉もない噂をするもんじゃありません。」
侍女頭さんの声で我に返った。
早く、早くここから離れないと…
「孫姫様…」
侍女頭さんの声が後ろからした。振り返ると侍女頭さんがそこに立っていた。
「孫姫様。どうか気にしないでください。」
「いいえ。私が里の事に疎い事は事実です。言われても仕方ない事です…」
そう。私が何も出来ないのは事実だ。薬を作ること以外は何も出来ない…
そんな事を考えていたら
「そんな事ありません。孫姫様は柊真様の為に書庫に行っているのを私は知っております。そんなに自分を悪く言わないでください。孫姫様が努力してる事を私は知っております。私だけではありません。長様も鋼牙様も桃花様も分かっていらっしゃいます。」
そんな事を言われたのは初めてだった…
ほんの少ししか話した事のない侍女頭さんが分かってくれていた…それが嬉しかった。
努力している事を御祖父様や父様、母様以外の人が知っている事を驚いたが、それ以上に嬉しかった。
「ありがとうございます。」
これを言うのが精一杯だった。
侍女頭さんに離れの入り口まで送ってもらって部屋に入る。持っていた書物を文机に置いた。
侍女頭さんはああ言ってくれたけど、里の事について何も知らないのは事実だ。もっと勉強しないと…そう思っても頭に入ってこない…歴史も礼儀作法も復習しないといけないのに…
「桜花ちゃん。今いいかしら?」
母様の声がした。
「どうぞ。」
「お義父様に聞いたわ。気にしなくていいわよって言いたいけど、桜花ちゃんは気にしちゃうわよね。お茶を持ってきたから少しお茶にしましょう。」
母様はそう言ってお茶の準備をし始めた。
「私も嫁いできた時は言われたものよ~」
「母様がですか?」
「ええ。落ち込んだ時もあったわ。今の桜花ちゃんみたいにね。そんな時はお義母様がこうやってお茶をいれてくれたわ。」
「そうなのですか?」
私は会ったことのない御祖母様。御祖母様は里にはいない。遠いところに行ってしまったとは聞いている。
「そうよ。こうやって慰めてくれたものよ。桜花ちゃん。貴女が頑張っている事は知っているわ。でもね、周りに言われたからって無茶をしても良い成果は出ないわよ。」
確かにそうだ。今日は予習も復習も出来ていない。
「辛かったら泣いてもいいのよ。泣き顔を見られたくなかったら湯浴みをすればいいわ。今日は部屋に夕餉を持ってきてあげるわ。」
「はい…母様…」
今日はこの部屋で1人で過ごしても良いと言われてホッとした。今は誰にも会いたくない。
母様が部屋から出ていってから直ぐに湯浴みをする。今日は蓮の花の入浴剤にしよう。
そして湯の中で泣いてしまおう。
そう決めて湯浴みを始める。
溶けていく蓮の花を眺めながら静かに涙を流した。




