白紙の世界を彩る君へ
彼には夢があった。
その夢は、イラストレーターになること。
幼い頃から自分の思い描いた世界を、絵という目に見える形で表現するのが好きで、それは時間を忘れて夢中になれるものだった。
しかしそんな彼も中学生になると、教育熱心な両親に絵を描くことよりも勉強を優先させられ、気付けばそれをする暇も余裕も無くなっていた。そうして勉強漬けの日々を送る中で、いつしかその夢も消えていった。
それから時を経て彼は高校に合格し、束の間の安息を得ていた。
そんな時、久しぶりに絵を描きたくなりノートを机に広げた。机の横にある窓からは、青空に浮かぶ一筋の≪ひこうき雲≫が見える。彼は何の気なしにその風景を描いてみることにした。
こうして思いのままに筆を走らせていると、久しく忘れていた絵を描く楽しさや当時の思い出が蘇り、少し感傷的になった。
そんな彼は再び受験生になり、両親に言われて予備校に通い、一層勉強に力を入れていた。
ただ大学受験の過酷さ、そして元々の勉強嫌いも相まって、そのストレスが爆発しそうになることも少なくなかった。しかし今更両親に反抗しようとも思わず、したとしても最終的には諭されて終わりだと思った彼は、結局その状況に耐えることしかできなかった。
そうして鬱屈とした日々を送る中、ある日彼はこんな夢を見た。
その夢は幼い頃の一場面のようなもので、自分の部屋で楽しそうに絵を描いている幼い自分を、今の自分が後ろから眺めているという構図だった。
彼は近寄り自分の描いている絵を見てみると、そこには窓から見える青空に浮かんだ≪ひこうき雲≫、そしてそれに乗って楽しげな表情を浮かべている一人の人間が描かれていた。クレヨンで色鮮やかに彩られたそれらは、まるで命が宿っているかのように生き生きとしている。
彼はそれを見て無性に心が苦しくなり、その場から去ろうと部屋の扉を開けようとした。
しかしどれだけ力を込めてもその扉は開かない。
すると幼い自分が、≪合言葉≫を言わないと扉は開かないと話しかけてくる。
彼は思いつく限りの典型的な≪合言葉≫を言ってみたが、効果はなかった。
そうしているうちに目が覚めた。
それから数日後、再び同じ夢を見た。
幼い自分は変わらず窓から見える≪ひこうき雲≫と、それに乗っている人間の姿を描いており、扉を開けようとすると再び同じように声を掛けてくる。
≪謎解き≫かと聞いてみるが、返事はない。
どこかにそれにまつわる何かが隠されているのではないか、と考えた彼は部屋の中を探ってみたが、これといって目ぼしいものはなかった。
そうしているうちに今回も、≪合言葉≫が分からないまま目が覚める。
そしてその数日後も再び同じ夢を見た。
まるで今の自分に対する嫌味のようなその夢にうんざりし苛立った彼は、扉を乱暴にこじ開け、何とか部屋から出ようと試みる。
するとその衝撃で横にあった本棚から薄汚れた一冊のノートが足元に落ちた。
彼は手を伸ばし拾ってみると、それは自由帳だったようで、その中は幼い頃に描いた傑作で埋め尽くされていた。
それらの絵を一枚一枚眺めているうちに、彼の目には自然と涙が浮かんでくる。
そしてその様子を見つめていた幼い自分は、彼に≪合言葉≫を尋ねた。
彼は胸の内に込み上げてきた、断っても断ち切れない想いを言葉にする。
すると扉が開き、そこから差し込んだ光が彼を包み込んだ。
そして目が覚める。
彼は起き上がり、自分の部屋の扉に手を掛けた。
それからふと窓の方を向くと、太陽に向かって伸びる一筋の≪ひこうき雲≫が目に映った。
それは、空高く昇っていく龍のようにも見えた。