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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

君と、幸せな世界を

作者: うーさー

俺たちは世界を見捨てた。理由は簡単だ。世界の大多数を占めるニンゲン達が、俺たちを顧みなかったから。


 世界には妖魔という世界の悪意によって生まれるバケモノがいる。根源は、妬み嫉みの負の感情だ。感情は目には見えない気体となり、やがて煙のように集まって実体化する。負の感情を抱かないというのは、どの生物にとっても無理難題で、妖魔に襲われないよう対応するしかなかった。集落を高い塀で囲ったり、堀を作ったり。結局、塀を越える巨体に壊され、蹂躙される。

 この流れであれば、生物はあっという間に淘汰されただろう。妖魔に理性があるかは不明だが、殺戮の限りを尽くす、ということはなかった。全ての生物は妖魔の増殖には必要だからと考えられている。武器による攻撃も多少の効果があり、倒すまではできなくても撃退はできた。

 いつからかフェッチと呼ばれる、妖魔に対抗できる者たちが現れた。メルトという不思議な力をもち、それぞれにあった特性で具現化する。鬼に金棒みたいに。

 力を持って生まれる者、後に顕現するもの様々だったが、数は少なかった。種族は関係なく、ニンゲン、鬼人、魚人、小人どの種族でも力を持つものは存在する。各言う俺も雪女ー女ではないが、その一族の出だ。雪山にわざわざ住んでいるだけで、姿形はニンゲンと大差ない。小さい角と寒さに異常に強く、兎に角全身白い。他の奴らは暑さに弱くて雪山でしか生活できないが、メルトのおかげか俺は問題なかった。


 閑話休題。メルトを操る俺たちは、畏怖され大概は軟禁状態だ。自由はない。妖魔襲撃時に、文字通り死ぬ気で町を守る。死ぬやつも実際いたらしい。そんな食うか食われるかの生活を送っていた俺たちに転機が訪れる。ある学者が出した論文だ。

 フェッチが妖魔を惹き付ける。妖魔はフェッチを求めるために、集落を襲う。

 世界に衝撃が走った。だが、論文の根拠は弱かった。妖魔に襲われた集落に、必ずフェッチが居たわけではなかったから。だが実際のところ、いる集落の方が襲撃が多かったのも事実だった。それからは逃げることが叶わない迫害の始まりだ。フェッチがいると襲われるが、いなくても襲われる。被害が出れば非難されるが、襲われる可能性を考えて逃がしも殺しもしない。捕まえておいて、生かしておく。前にも増して、畜生以下の扱いだった。記録によると、その時期の妖魔の数は異常だったらしい。考えてみれば、駆り出される回数は多かった。傷が癒える前に襲撃されていたから。いっそ死んでしまいたいと毎回思っていた。それでも、死が迫ると死にたくないと、必死に力を使ってしまう。

 「フェッチを集め、妖魔を引き付け討伐をします」

 そう立ち上がった人がいた。人々は半信半疑で、自分達の命を心配していたが、例の学者も賛同したためフェッチを差し出す集落が増えた。

 「では、彼はこちらで保護します」

 「ええ!」

 こうして俺は集落から脱出した。迎えに来た女の子を信用できなかった。それはそうだ、要は金で買われたわけだから。襲撃によりボロボロになった集落を再建してもお釣りがでるくらいに。

 「フェッチが2人集まったら、妖魔も集まるかもしれないのにね」

 集落を出た後、彼女はそっと呟いた。分かってないのね、と小さく笑って俺の手を引く。外は吹雪で、俺は雪女。彼女は迎えに来た女の子。フェッチが2人と言ったのだから、おそらくフェッチ。

 「あ、分かってないわね?もう自由よ!」

 「じゆう?」

 「そう!あんな奴ら助けなくてもいい!妖魔と戦わなくてもいい!みんな死んじゃえ!」

 「………え」

 「あはは!びっくりした?私はフェッチを助けるだけ。搾取する奴ら搾取する奴ら(あんなやつら)のことなんて知らない!にしても寒いわねここ!」

 「フェッチなんだよな?」

 「そうよ、フェッチ。貴方は寒いの平気そう」

 「そりゃ、雪女だし」

 「いいなぁ」

 こうして思わぬ形で自由を手にいれたものの、行く当てもやりたいことも思いつかず、彼女と一緒に行くことになった。それが決まると、にこりと笑った彼女の足元が光って、思わず目を閉じたら違う場所にいた。

 「え、どこ」

 「マスター、戻られましたか」

 「鬼人!?」

 「ただいま、太郎。後はよろしく」

 「はっ」

 暖かい玄関と全身が青い大きな体の鬼人に出迎えられた。マスターと呼ばれた彼女は雪を払って、奥へと進む。よろしくと言われた鬼人は、呆気にとられている俺を見て、眉間に皺を寄せていた。一言、こっちだ、と案内されてみれば、食堂で住人がぽつぽつと食事をしていた。ある程度グループ化しているようだった。

 「皆同じだ。マスターによって解放され、好きにしろと言われたからここにいる。現状、全員そうだな。名前はあるか」

 「シュネー」

 「そうか。俺は太郎だ」

 それから太郎は屋敷の説明してくれた。マスターがフェッチを集めていること。それによって妖魔が惹き付けられ、たくさん倒していること。戦いたくなければ参加しなくてもいいこと。屋敷は男女に居住スペースが別れているが、部屋は少なく、各スペースの広間に雑魚寝していること。食事は作るか頼むかすること。あとは自由。マスターについては、よく分かっていない。

 最初に来たのが太郎で、色々尋ねたが、名前はなく、太郎がそう呼んでいるから他もそうしているそうだ。なんでも、小柄な少女に見えて実は苛烈で、囲われていた集落を滅ぼしたらしい。名前さえ与えられず、妖魔と戦わされていたのだから、理解できなくもない。それから例の論文を利用することを思いついて、今に至るらしい。

 妖魔が集まる危険性を問えば、太郎はどうせ死ぬなら自分で決めたことで死ぬと言っていた。集落の為に死ぬのは馬鹿のすることらしい。正直、よくわかった。マスターは命の恩人で、拒否されない限り残るつもりらしい。なんでも、殺される寸前に助けられたと。鬼人の集落から助けられるなんて、相当の実力者だ。彼らは金銭程度で揺らぎはしない。



 さて、マスターがこつこつと助け出したフェッチは人数が増え、妖魔は大多数が屋敷に集まってくる。それをマスターを始め、殆どの住人で倒してきた。新しいフェッチが生まれない限り、屋敷にいるのが恐らく全員だ。そして、妖魔には対抗できていた。そう、妖魔には。

 妖魔は数を減らした。俺たちが倒していること、俺たちが囮になっていること、世界共通の批判対象がいること。きっと色々な事が重なって、数が減った。そんな時、誰かが言ったのだ。

 「フェッチが妖魔を生んでいる」

 そんなわけあるかと身の毛のよだつ思いだった。全世界、全生命の負の感情を、命懸けで倒していると言うのに。マスターも怒り心頭で、いつの間にか国として成り立っていた奴らの会議に乗り込んだ。太郎と俺を背中にしょって、抗議しに行った。そうしたらなんだ、奴らは言ってのけた。

 「負の感情なんて根拠のない話。煙だって見たことがある者は誰一人と存在しない。お前達バケモノが、自分たちを守るために生み出しているに違いない。長をこの場で殺してしまおうか!」

 「そうだ!殺せ!殺せ!」

 「何だと貴様ら!」

 「お前らに負けるわけないだろうが!」

 「太郎、シュネー、止めて」

 「しかし、マスター!」

 「こいつらがなに言ってるのか分かってるのかよ!?」

 「単なる利害関係でしょ。搾取する奴ら(こんなやつら)の為に戦っているつもりはない。私たちは私たちを守るためにいる。なので、貴方がたは精々苦しんで悶えて恐れおののき、奴らの手でどうぞ死んでください」

 帰ろう、2人とも。そう言い終わると同時に向けられた銃はすぐ様撃鉄を落とした。背に庇う俺と太郎へ届く前に、屋敷の玄関に戻っていた。流れ弾で誰かは死んだだろう。

 「マスター、お怪我は」

 「ん、大丈夫。少し、一人で考える。みんなには伝えて。どこにも行けなくしてごめん」

 ふらふらと書斎に戻るマスターを見送り、太郎と顔を見合わせた。

 「皆に伝えよう。戦になるかもしれん」

 「そうだな…嫌がるやつもいるだろうな…」

 「だからといって、俺たちが殺される道理はない」

 「だな…」

 たまに外へ出ると、自分達とその他の時間の流れが違っていて疲れてしまう。その流れが、今回の原因の一つだと誰もが分かっていた。だから、俺たちは世界を見捨てた。

 

 

 屋敷の場所を移して、メルトを使って完全に隠した。時間の流れと共に築いた努力の賜物だった。実際に試したのはマスターだったが。その時の疲弊ぶりに太郎の怒りは最高値を更新した。いや、みんな反対していたが。

 元々は力が弱いフェッチの防御方法として、メルトの操り方を研究してきた。結果、こんなことで役に立ってしまって、マスターはやるせない顔をしていた。

 「ゆくゆくは集落を作るのもいいかもね」

 「妖魔が減ったらな」

 「あはは!それは無理だろうねえ」

 「マスター」

 「ん?」

 「奴ら死ぬかな」

 「さあ、妖魔次第かな。昔から淘汰してこなかったからね…」

 その日を境に、妖魔は俺たちを探せなくなった。妖魔はメルトの力に引き付けられていたのではなく、本当に惹き付けられていたのだ。だからこそ、奴らが欲するメルトの匂いのようなものを遮る事で惹き付けられなくした。仲間のなかには、恐らくメルトには浄化作用があり、負の塊である妖魔はそれを求めていると論文を出した者もいる。今となっては大昔の事だが。握り潰され、日の目を観なかった論文だ。

 遮っているといっても、たまに惹き付けられる妖魔もいた。そういうやつは大抵、憂さ晴らしにボコボコにされる。俺たちだって負の感情は当たり前にある。迫害の記憶は、そう簡単に消えはしない。だから、あいつらは俺たちが原因だと言ってのけたのだろう。間接的に自分達の非を認めていて、とても愉快だ。

 さ迷うことになった妖魔は当たり前のように、国々を襲い始めた。最初は応戦できていても、徐々に疲弊していく。それも当たり前だ。争い始めれば負の感情は生まれるし、減ることはない。そもそも、妖魔を倒せるのはフェッチだけだ。小さな国はすぐに滅んだ。俺たちの中でも大多数は傍観していた。傍観というより、興味もなかっただけだが。だが、傍観できないものもいた。マスターは止めたが、最終的に出会った時に好きにしろと言ったから、とそいつらを見送った。突如姿を現した数人のフェッチに世界は歓喜した。あんなに俺たちを貶めていたというのに。


 そして、その数人は敵に回った。国々に持て囃され、そういったことに慣れていない俺たちにとって、きっと喜びだったのだろう。フェッチでないものに必要とされ、認められるということは。迫害からマスターが守ってくれたというのに、諸悪の根源はマスターだと信じ込まされて。迫害の記憶が、時間とともに癒えた者達だった故に。

 久し振りに戻ってきたやつらは、敵兵を率いていて、マスターは膝から崩れ落ちた。太郎や俺を始めとする、残ったフェッチはマスターの為に戦うしかなかった。いや、言い方が悪い。マスターを守るために戦った。誰も迷いはなかった。途中妖魔が嗅ぎ付けて襲ってきたものだから、混迷を極めた。

 「どうして…」

 「マスター、お気を確かに」

 「マスター!」

 ぼんやりとした瞳で戦闘を見ていたマスターを太郎と背に庇う。前にもこんなことがあったが、状況がだいぶ違った。

 「どうして世界は私たち受け入れてくれないの!!」

 それは痛切な叫びだった。叫びとともに強風が吹き荒れ、敵兵たちは薙ぎ倒される。

 「なんて力なの!やっぱり、マスターが妖魔を」

 「あ?」

 「ひっ」

 「お前ら本気でそう思ってるわけ?フェッチを助け出すのにどれだけ苦労したかも知らないお前らが?」

 そう。目の前にいるこいつ等は比較的若いフェッチだ。だからといって軽く見ていた訳でもないし、自分達の意志で屋敷に来て、そして去っていった。吹き荒れる強風に混じって、俺が作った氷柱も敵兵を刺していく。成すすべもない。

 「私が、私が死ねば他のフェッチは悪くないと証明になるの?それで妖魔が居なくなる訳もないのに!」

 「マスターが原因ならそれで済むんです!」

 「貴様ら、恩を仇で返すのか!」

 「もう嫌…静かに暮らしたいだけなのに!私達だって、普通の生き物たちと同じように!」

 マスターの声は風に乗ってどこまでも届いた。それは戦っているフェッチの総意といっても過言ではないくらい、心にはまり込んだ。敵を連れて戻ってきたフェッチ達も息を呑むほどに。

 「バケモノは何を成してもバケモノに決まっているだろう!!」

 「そうだそうだ!」

 「お前らがいるから妖魔が生まれるんだ!家族を返せ!」

 マスターの言葉に反論した敵兵達は、自分達が祀り上げたフェッチの事まで忘れてしまうらしい。思わず武器を落とす奴らに、気づきもしない。振り返り、恐ろしいものを見たように震える奴らは、一歩俺たちの方へ後退った。

 自分達が不利になる素振りを奴らが、見逃すわけもなく―。

 「貴様ら、裏切るつもりか!フェッチのくせに、俺たちと同じ扱いをしてやったというのに!」

 「少しくらい妖魔を倒したくらいで調子乗りやがって!」

 直ぐ様、斬りかかるのが分かった。裏切り者なのはこちらも同じだ。マスターを苦しませたのは、あいつらだし、みんなを戦争に巻き込んだのもあいつらだ。間に合う距離でも、力を使う気になれなかった。

 「シュネー!太郎!」

 名前を呼ばれた瞬間、言うが早いか氷柱を落とした。太郎は金棒を振り回し、雷を轟かせていた。

 「フェッチ!退却します!これ以上の争いは無用!」

 「させるかバケモノ!」

 いつの間にマスターに近づいたのか、1人が剣を引きずりながら駆け寄っていた。敵兵に気を取られて、離れすぎてしまった。

 「マスター!」

 「舐めるなクソガキ!」

 斬り上げをメルトでいなし、後退すると振り落とそうとする懐に入り込んで掌底ののち、仰け反った胴体に痛烈な蹴りを決める。そうだった、マスターは強い人だった。

 「マスター、お怪我は!?」

 「あるように見える、太郎?」

 「愚問でした。シュネーも呆けていますよ」

 「それは…か弱くなくてごめん?太郎、時間稼いで。みんなを転移させる」

 「はっ」

 結果、マスターの宣言通り、戦場からフェッチは一挙に姿を消した。勿論、裏切ったあいつらも。

 

 人里離れた場所に避難した俺たちは、やつらを締めた。マスターは止めたが、休んでる間に仕置ぐらいしないと誰も納得しないからだ。幸い全員無事ではあったが、無傷という訳では無いし、普通のやつらと関わると余計に傷つくわ、昔を思い出すわでろくな事がない。太郎なんて鬼の形相だった。いや、実際鬼人であるわけで、もともとの形相が鬼の形相ではあるけれど。俺も他の奴らにさすが雪女と言われてしまった。一応、周りを吹雪かせはしていない。

 「結局、彼らとは和解できないけど、みんなどうする?」

 マスターが目覚めてから、そう投げかけられた。全員顔を見合わせる。今まで通り隠れて暮らすしかないと思っていたからだ。

 「正直、私以外はあいつら判別つかないし、普通の暮らしがしたければ、紛れ込むのは大丈夫だと思う。君たちはしばらく無理だけど」

 裏切った数名を苦笑して見渡すと、彼らは静かに頷いた。戦場での奴らの本音を思い出しているのか、胸を抑えているやつもいた。

 「皆は自由であるし、それは誰にも止められない。共存したっていいわけ。止めないよ、私は」

 「今決めなくたっていいだろ?」

 「それはそう。皆疲れてるし、アドレナリン出まくりだしね。怪我だってしてる。だから、ゆっくり考えて。私と居るってことは、これからも定期的にこうなるってことだから」

 「それは…マスターが原因だからですか…」

 「貴様、まだ言うか!」

 締めが足りなかったらしい、小さく呟いたやつがいた。すかさず太郎が立ち上がったが、マスターに止められる。

 「太郎、大丈夫だから」

 「しかし!」

 「太郎。シュネーもだからね」

 「……はい」

 「ちっ」

 小さく氷柱を浮かせていたのもバレていたらしい。太郎より上手くやったつもりだったのに。

 「原因はあくまで負の感情だよ。世界の自浄作用で私達が生まれてるだけ」

 「根拠はあるんですか」

 「あるよ。ここからずっとずっと北東に進むと忘れられた塔がある。崩れているかもしれないけどね。行けばわかる。小さな妖魔がいるから」

 「妖魔が…?」

 「ただ、気をつけて。私達に好意的に近づいてくる。食べられないように、強い人を連れてって。私はもう、行きたくない」

 「マスター…?」

 「負の感情の溜り場だ。でかい妖魔は色んな感情を吸ってただ、メルトという浄化に惹きつけられるけど、あれは違う。強い一つの感情しかないから、ぼやけてない。あれが本当の妖魔の姿」

 「いつもの妖魔とは違うってことですか」

 「そう。塔の周りは黒い煙に覆われている。そこから、生まれるんだ。そして、人里に来る頃には色んな感情を吸って大きくぼやけていくんだよ」

 「どうして、マスターはそこを?」

 「昔、フェッチが居ると妖魔がくるという論文があった。知ってる人も多いよね。私がその学者と組んでみんなを助けられたのもその学者との条件をのんだから」

 今まで分からなかった部分が明らかになり、腑に落ちる気分だった。静かに語るマスターに全員が聞き入っていた。 

 「フェッチを助ける手助けをする代わりに、揺るぎない根拠を確立させることを。そのために私は色んな事を教え込まれたし、資金や屋敷を手に入れた。学者は法則に気づいた。妖魔の足取りを追うと、殆どが似た方角から来ることを。だから、学者と辿ったんだ。そして、塔に辿り着いた」

 「その、学者は―?」

 「大層喜んだよ。これで、自分をバカにしてきた奴らを見返せるってね。でも、それがよくなかった」

 「……負の感情だからか」

 「それも、あったと思う。それ以上に学者としての知識欲、かな。妖魔は言った。」

 『塔の中を見せてやろう。俺たちの秘密の場所だ』

 「私は止めた。相手は妖魔だから。でも言葉を話せるという時点でダメだったんだ」

 「見たんですか、中を」

 「…一瞬だけ。強い感情が手を伸ばしてきたよ。扉が開いただけで、私は無理だった。力で吹き飛ばした」

 「学者は」

 「ただならぬ知識欲で中に入って行った。普通のニンゲンだと思ってたけど、彼はネジが飛んでたのかもしれない」

 「論文書くやつなんて大概そんなもんですよ」

 「お前が言うと納得できるわ」

 「よっ、さすが雪女!しんらつぅ!」

 「茶化すな」

 「結局、恐ろしくて逃げた背に歓喜のような悲鳴のような声は聞こえたよ。大昔のことだって未だに思い出す。彼がどうなったか知らないけど、多分喰われてる。そのせいで論文は確立しないし、フェッチの立場も変わらず、ってわけ」

 「わかり、ました…」

 「そう?まあ、そうだね…遠視できるフェッチに頼むのは止めておいたほうがいいよ。奴ら感づきそうだから。やる子も怖いだろうし」

 「その話は置いといて!どうする、マスター?屋敷は敵に占拠されててもおかしくないけど」

 「ふふん!そこは大丈夫!爆発させると見せかけて、転移させました!」

 「……どこに?」

 「この先、山麓の湖畔に…」

 「よし!全員移動!マスターは太郎が背負って運ぶこと!その他は非戦闘向きを中心、その周りを索敵能力、遠距離、中距離近距離で陣を組むように!恩を仇で返した奴らは怪しい動きしたら氷柱落とすからな!」

 こうして、新転地で生活することになったが、生活が変わるわけでもなく。前と同じように結界を使って、妖魔やほかの奴らとの関係を断った。少しだけ変わったのは、屋敷に全員というわけではなくなって、森を拓いて集落を作ったことだ。屋敷は会議や催し物の際に使っている。フェッチ同士で結婚し、子供を授かった奴もいる。子どもがメルトを使えなくても一緒に暮らしているし、そのためにフェッチということを隠して出ていくやつもいる。結局、戻ってくるやつも多い。外の世界ではフェッチ探しは続いていて、妖魔も頻繁に襲ってくると気が休まらないらしい。そりゃそうだ。


 例の塔も調べた。遠視できるやつが、やると聞かなくて昔論文出したやつや裏切ったやつらが後押しした形だ。万全の体制で臨んだ。結果、マスターの話は本当だった。戦争後だったからか、塔の周りに黒い煙が大量に湧いていて、黒い人型の妖魔らしきものがこっちを見た。途端に遠視は切ったが、それでもやつらは早かった。一帯に妖魔が集まってきて、暫くの間討伐に当たっていた。多分、引き付けていた時の開始時と変わらないくらいだろう。それ以上かもしれない。兎に角量が多くて、怪我人も多かった。論文書くやつは、その後忙しそうにしていた。自分で行きはしないが、論文を流せば誰か行くかもしれないと言っていた。俺たちの判断としては、アレには触らないということになった。今後、また改める時が来るかもしれないが、今じゃない。


 「マスター」

 「なぁに、シュネー」

 「俺と一緒になる気ない?」

 季節は巡って芽吹きの季節になった。湖畔に足先をつけて遊んでいる彼女に、ようやく告げた。

 「みんなのマスターになれないじゃない」

 振り向きはしなかった。自分の足先を見つめて、小さく呟いただけ。

 「俺だけのマスターになってくれよ」

 「太郎に怒られるよ?」

 「話しつけてないと思う?」

 「そっかぁ…」

 濡れた足を抱えて膝に顔を埋めた彼女は、気づいているだろう、耳が真っ赤に染まっていた。俺の上着を肩に掛けて、後ろに腰掛ける。背中をつければ、急にマスターの背筋が伸びてニヤけてしまう。俺の鼓動も聞こえてしまうかもしれない。

 「幸せにする。べったべたに甘やかすから」

 「えぇ…」

 「外はなんにも変わってないけど、ここだけは俺たちの楽園だし。喧嘩も争いもゼロじゃないけど、絶対幸せにする」

 「名前だって、マスターなのに?」

 「それは皆で考えた。マスターの承諾待ち。みんなを受け入れてくれたマスターは広くて高い空みたいだって。だから、シエルっていう――」

 「嬉しい、ありがとう」

 「い、いや俺だけの案じゃないし…」

 急に後ろから抱き締められるなんて思ってもいなくて、しどろもどろになってしまう自分が情けなかった。

 「私は、シエル、なのね」

 なんどもシエル、シエルと自分に馴染ませるように呟く彼女が可愛らしくて、体をぐるりと回した。もっと早くみんなと相談したらよかったと後悔する。

 「シエル、俺と結婚しよう」

 「…ちかい」

 「なんだよ、そっちが先じゃないか。俺だって照れるよ」

 「シュネーは、私でいいの?傷だらけで、きれいな肌なんてしてないし、さっきまで名前なかったんだよ?」

 「傷だらけはお互い様だろ。それに、それは俺たちのためだ。これからはそんなの作らせないようにするし、怪我したら怒るかもしれないけど、そんなの気にすることじゃない。名前だって、俺たちの都合でマスターって呼んでたんだから気にすることない。それで、どうかなシエル?」

 「不束者ですが、末永くよろしくお願いします…」

 「……………」

 「あの、シュネー?」

 まさかそんな返事が戻ってくるとは思ってもいなくて、シエルを隣に座らせて深く深呼吸をした。可愛すぎる。天を仰いで落ち着かせようにも、落ち着かない。でも、こういうことにシエルは疎い筈だ。

 「そんなの誰に教わったの」

 「太郎」

 「あいつ…!」

 脳裏に立派な角が生えた鬼人がグッドサインと共に過った。どういう経緯か知らんけど、ありがとう、おかげで超絶可愛いシエルが見られた。しかも、俺しか見られない。

 「な、なにかおかしかった!?」

 「違う、超可愛かった。でも、太郎には酒瓶なげる」

 「なんで!?」

 「内緒」

 「えぇ!?」

 こうして、俺たちは世界を捨てた。捨てた先に何が待っていても、フェッチがこれからどうなっていくにしても。俺たちは俺たちの平穏を守っていくだけだ。

最後まで読んでいただいてありがとうございます。

本当に勢いで書いたので、分かりづらかったですよね…。本当に最後まで読んでいただいてありがとうございました。

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