第四十五話 要
「ぬがぁぁッ!!??」
どうやらこの様な形で落とされるとは思ってはなかったのか、ヴォルクの行動が遅れた。
その隙を突いて、彼を背後から羽交締めにする。
「離せッ!!!アンタも死ぬぞ!!!」
「そのつもりは無い!!!」
暴れるヴォルクを無理矢理抑えて、下敷きにする。これで、落下の衝撃をマトモに喰らうのはヴォルクになった。
.....これで、こっちの勝ちが決まった。
「二つだ!!このまま死ぬか、助けて再起不能になるか!!!」
「ッ!!やりやがったなッ!!!」
背後から羽交締めにされて身動きは取れない。だがこのままでは地面に血と脳みそをぶち撒ける事になる。
この状況でヴォルクに残っている選択は、能力を使って落下の衝撃を吸収する事。
そうすれば、背後にいる僕も助かる。.....ただ、ヴォルクは落下のダメージを吸収しきれないだろう。
良くて重症、悪くて致命傷。どちらにしろ、僕らを追うのはもう無理だ。
「クソッ!!」
「早くしろッもうすぐだ!!!」
そうこうしてるうちに地面が近づく。
こっちが落ちてるはずなのに、向こうから迫ってきている様な.....そんな威圧感の様な恐怖が、目の前にやってくる。
だが、彼は間違いなく能力を使う。
ヴォルクは戦う事に恐れはないが、死ぬ事は異常に恐れている。そんな奴が、道連れなんてくだらない自殺行為をするとは思わない。
「勝った!!」
自信を持ってそう言い放った。恐怖と興奮と焦りで沸騰しかけている頭で。
間違いなく勝った、そう思った。
...........................だが。
「いや、終わってねぇ!!!」
ヴォルクが衝突の直前に言い放った。
苦し紛れの一言では無く、確信を持った言葉だった。
.....まるでここからが本番だと言う様に。
「...何をっ!!」
ドガァァッ!!!
言葉が完結する前に、地面に激突した。
「っ!!」
.....だが、痛みは無かった。
灯台よりも高いであろう所からの落下。その高さから落ちたのにも関わらず、その衝撃はコチラに来ていない。
ヴォルクが能力を使ったのだろう。自分には受け止めることの出来ない衝撃を吸収した。間違いなくそうだろう。
「..............?」
だが奇妙だったのは。
.............何故か、ヴォルクも無傷でいる事だ。
「.........................」
思考が一瞬停止して、その後すぐに考えた。
......なんでだ?マトモに落ちたのに、なんで無傷なんだ?
「.....................足りなかった?」
いや、そんな筈は無い。
そりゃ、『星旅』を使った時とは違って余裕はある。あらかじめ準備していたら、いきなりやるよりもなんとかなるかもしれない。
.......だとしてもだ。『星旅』を受けて危なかった男が、いきなり落下の衝撃を受け止められる筈がない。
「........俺の能力は『衝撃を操る』能力だ。」
突然ヴォルクが口を開いた。.......これは。
(能力の開示?)
それで吸収の上限を上げた?
.....だとしても、何故このタイミングだ?
落下中ではなく?
「吸収、解放は勿論、衝撃を拡散させる事も、逆に一点に集中させる事も出来る。」
「.............」
確かに、ただ解放しただけでは離れた位置に居た僕を蹴り飛ばしたり、空を蹴って飛ぶことなんて出来ないだろう。
..........だが、本当にそれだけなのか?
「後アンタの思ってる通り、許容量はある。吸収には限度があって、一気に衝撃を吸収しちまうと破綻する。..........だが、蓄積するんだったら話は別だ。」
「...........なに?」
待て、蓄積?吸収とは違うのがあったのか?!
「吸収と違って、蓄積には許容量が無い。だからどんな攻撃でも問題は一切ない........訳でも無くってなぁ。
吸収は、制限はあるが受けたダメージを無効化できる。.....だが蓄積は逆に、制限は無いが受けたダメージを少しの間無効化するだけだ。」
........まさか。
「だからその衝撃を.....一秒ぐらいの間に解放しないとダメージを喰らっちまう。それも、何かに移さなきゃいけない例えば..............何かに触ってな。」
..............しまった。
最悪の墓穴を掘ってしまった。
「..........今こうやって開示をしたのは、蓄積時間を伸ばす為。後...........」
「っ!!!」
マズい、今すぐ離れなければ。
そう思って離れた時には、すでに手遅れで。
「.........確実にアンタに移すためだよッ!!!」
縛りの恩恵で速くなったヴォルクの拳が、僕の心臓がある所に当てられていた。
ドゴッ!!
最初に来たのは鈍痛。胸を圧迫されて、息が吐き出される。
それでも、いつもならなんて事の無い一撃。
.....だが、その一撃が突然化ける。
ゴギャァッ!!!!
「―――――――――――」
胸の骨が砕けた。
痛みは無かった。......いや、正確には痛みが来る前に、子供が薄氷を嬉々として踏み割る様に簡単に砕けた。
砕けた骨は、僕の身体の中に飛び散っているのだろう。胸の骨が原型を留めていないと感覚で分かってしまう。
「...........ぶっ。」
赤黒い何かが喉の奥から、吹き出す様に出てくる。砕けた骨が内臓の何処かに刺さったんだろう。口からその液体が止めどなく流れ出ていく。
鉄臭い様な、生臭い匂いが、僕の口の中に一気に広がる。それだけで気分が悪くなって吐きそうになる。
......だと言うのに、胃から込み上げてくる物は無い。込み上げてくるのは、その生臭い物だ。
「――――――――――」
身体が浮いていく。まるで、嵐でも受けたかの様に。
それをなんだか、現実だと受け止められなかった。その映像を傍観しているかの様な.......当事者の筈なのに、自分の事だと思えなかった。
そして、移された衝撃は拡散する事なく一点を貫いて.............
..............僕の心臓に達した。
バシャッ。
そんな音が、身体の内側から聞こえた。
まるで、水の溜まった袋が破裂した様な音だった。
「.......ぼばっ。」
ビチャビヂャと、口から垂れていく液体が増えていく。雫の様に落ちていた物が、急に滝に変わったかの様だ。
口から落ちた物が散って、絵の具を飛び散らした様になっていく。
「.................ぁ。」
何故だか頭がぼんやりとして来た。貧血の時に似た様な........それよりも取り返しがつかない様な気がする気分だ。
指先に冷たい水が入り込んだ様な感覚と、意識が頭の奥に引き摺り込まれる様な感覚がますます強くなっていく。
眠たくなっても無いのに、目を瞑ろうとしている。
............その瞬間、思った。
...................母さんも怖いと言うな、と。
ギギギッ。
地面から生えている木が軋む。
.....だが、折れそうになっている訳ではない。その木に絡まっている人が暴れて、ギシギシと音を鳴らしている。
「............................驚きだな.........」
エリンから聞いてはいた。使おうとしていたら邪魔にならない位置に移動してくれとは。
.....だが、ここまでの範囲だとは思ってはいなかった。
「がっ.....!!」
「くそっ.....なんだよこの蔦!!」
「動けねぇ!!!」
盗賊共は悪態をつきながら、拘束を解こうとしている。.....だが、直感で分かる。これは解けないだろうなと。
「ふぅ.....終わったぁ!!!」
清々しい顔をして、白髪の少女は顔を上げた。
.....この様な大規模な事をしておきながら、本人は全く堪えてはいないようだが。
「..................まさか、生け捕りとは...........」
最初は彼女も普通に戦ってたが、途中から突然『面倒臭い!!!』と言って、突然地面に手を当てた。
『何をしてるんだこの状況で』と思ったその瞬間に、彼女の手元から木が生え始めた。
最初は不規則に伸びていたが、しばらく経ってから盗賊共に向かって伸び始めた。そしてそのまま盗賊共を捕らえてしまって、今に至る。
「............規格外だな..............」
「ん?なんか言ったフィーリウス??」
無意識に出ていた言葉に反応して、ディアドラはこちらに顔を向けた。
「.................気にする事はない。」
「え〜?そう言われっと余計気になるんですけど〜?」
まるで猫が興味を示す様な目でこちらを見てくる。
.....近頃の女子は、この様な事をするのだろうか?まぁ、村の娘などはこの様な事をして来てはいたが。
.....まぁ、その様な事より。
「....................どうやら。」
「うん。打ち止めだね。」
敵が出て来ない。恐らくこちらに割く程の余裕が無くなっているのだろう。.....ここから出るのだったら今だろう。
「..........なのだが。」
「言いたい事は分かるぞぉ?.....遅くね?」
そう、遅い。
予定よりも遥かに遅れている。
何かあったのだろうか?
「.....ティーザの事だから、サボるなんて事はしないと思うけど........かと言っても、あの男に苦戦するとも思えんし........どしたんだ?」
ディアドラはブツブツと呟いて考えている。
.....まるで、心配性な母親の様だ。
「................子供はおらんよ?」
「................物の例えだ........」
相変わらず、身体が縮こまってしまう程に思考を読み当ててくる。.....この少女、洞察力がすごいのかとも思ったがそう言う訳でもなさそうでもある。........なのに何故、こちらの考えている事を読み当ててくるのだろう。
.............謎だ。
「............フィーリウス、ここ頼める?少し様子を見てくる!」
ディアドラがこちらの返答を聞きもせずに走り出そうとしている。
手を掴んで止めようともしたが、その前に。
「待てディア.............!?」
とても見覚えのある、ブロンドの髪を靡かせる人影を見つけた。
「ディアドラ、フェトカだ!」
「へ?.......................え、あの女の子?」
キョトンとした顔をして、彼女はフェトカを見つめる。そして。
タンッ。
「こんな木.......何処から.........」
「おいオジョーサン。」
フェトカの真後ろに立った。
目にも止まらぬ程の高速移動だった。
「え?...........うぎゃァァッ!!!??」
驚いて尻餅をついてしまっていた。.....まぁ、誰も居なかった筈なのに、振り返ったら突然顔が目の前に現れているのだから仕方も無いが。
ディアドラはそれを気にする事なく。
「アンタ、フェトカさん?」
簡潔に、幼子の様に彼女の名前を聞いていた。
「は...........うぇ.....?!」
「....................俺から言おう。そうだ。」
とてもじゃないが答えられる様な状態に見えなかったから、こっちから答えておいた。
「あぁ、やっぱそうか!私はディアドラ、宜しくね!!」
「え..........うん??」
差し伸べられたディアドラの手を掴んで、彼女は立ち上がる。
.....マイペースとは、こう言う事なのだろうか。
「.................フェトカ、なんでここに居る?」
「........待って、貴方フィーリウス?」
少し驚きの顔をして、こちらに質問をして来た。........と言うか、あったのは数年前なのにまだ覚えててくれてたのか。
「...............覚えてくれてたとは、光栄だな。」
一応の感謝を伝えておく。
「..........ひょっとして、あの子が言ってた仲間って.......」
「あの子?」
ディアドラの顔を見合わせる。
間違いない、エリンの事だ。
「じゃあティーザに会ってるって事だよね?」
「........えぇ。」
「よし。んじゃあ肝心のティーザは?」
その名前を言った途端、彼女の顔から焦りが出た。
「そっ、それなんだけど!!」
「おわっ!?」
ディアドラの肩を強く掴んだ。よろめくぐらいの勢いで掴まれていた。
「あの子っ!一人でお願いって言って、襲って来た男と下に落ちてって!!」
「..........待って!?落ちた!!?」
耳を疑う様な事が聞こえた。
落ちた?.....まさか、奴と共に?
「お......落ちたって何処で?!」
「だから、リフトに乗ってる時に!!」
.......恐らく、リフトに乗ってる時に襲われたのだろう。........ソイツを落とす為に一緒に落ちた。
...............マズいかもしれない。
「..........いや、あの高さから落ちてもティーザは無傷だったんだ。たかがリフト程度、なんて事はない筈........」
「ディアドラ。何を言ってるのかは分からんが、一番マズい状況になってるかもしれんぞ。」
もし本当に奴だとしたら..........エリンはとんでもない悪手を打った。
下手したら、死に至る程の悪手を。
「え?....どゆこと?」
「..........フェトカ。襲って来た男はヴォルクと言う男だったか?」
「.....そう!そう言ってた!!」
最悪だ。一番マズい。
「ディアドラ、速く行ってくれ。.....手遅れかもしれんが、何もしないよりかはまだマシだ。」
「.......待って。手遅れって何。」
さっきまで表情が豊かだったのに、急にそれが消えた。
それ程までに、彼女にとって重要な事なのだろう。
「.....ヴォルクの能力は『衝撃を操る』能力。.......簡単に言うと、受けたダメージを操れる物だ。」
「........!!!」
ダメージという言葉で察したのだろう。
ディアドラは焦った顔をして、奈落に向かって走り出してしまった。
「フィーリウス、どういう事...?」
代わりに、その場に残ったフェトカが聞いてきた。
「.............奴は自分に与えられたダメージを無効化したり、相手に返す事ができる。.........返す事に関しては上限が無い。.....落下のダメージも返す事が出来るだろう。」
そこまで聞いて、分かったのかフェトカも青ざめた顔をした。
「..........まさか。」
「....................相当の高さから落ちたというのなら。」
奴の技量は高い。強い衝撃を一点にぶつける事が出来るのだから。
........そんな物を返されたとするのなら。
「.........................エリンは殺されているかもしれない。」
ドガァァッ!!!
エリンが壁に吹き飛ばされていった。
.....当たり前か。落下の衝撃をもろに喰らったんだ。無事でいる方がおかしい。
「.............かぁ!?」
息を吐き出す事を忘れていた事を思い出し、呼吸をする。
危なかった。危うく死んじまうところだった。
まさかあんな手を使ってまで倒しにくるとは思ってもなかった物だから、開示をするべきか迷った。
だがしなかったらこっちが死んでいただろう。
「はぁ、はぁ.....」
最初に仕掛けてきた時の目を見た時になんとなく察してはいたが........アイツと同じ様に、イカれてやがった。
誰かにそうされたんじゃない。生まれた時からあの思考が当たり前なんだろう。だから、下手したら死ぬ様な事が平気で出来るし、普通に殺しにかかれるんだろう。
「.........ごめんだね。」
そんなん、あの愛妻家で十分だよ。
ガラガラと、エリンがぶつかった壁が鳴る。土埃が晴れて、エリンの姿が見える。
「―――――――――――まぁ、だよな。」
そんな事を言いながら後悔する。
『お前は何やってんだよ。誰かに協力してもらわないとどうしようも出来ないのに。』
.....そんな考えが頭によぎる。
『だがどうしようもなかった。やらなきゃ殺されていた。』
人殺しが最後にする様な言い訳を頭に浮かべても、時間が戻る訳でもないのに思ってしまう。
そこに居たエリンは、胸にデカい穴を開けた死体になっていた。
「........................」
そのエリンを見て湧いてくるのは、自分に対する嫌悪感だ。
何が殺すしかなかっただよ。何がやるしかなかっただよ。
.....どんな言い訳しても、子供を殺した事に変わりねぇだろ。
「......................同じじゃねぇか........」
話をすれば聞いてくれたかもしれないだろ。なんでお前は話をしようとしなかった?
.....答えは簡単。駒にしたかったからだ。そうすれば黙って言う事を聞いてくれるから。
だから話をしなかった。.......あのクソ野郎と同じ様に。
「....................クソッ........!!!」
そんな自分勝手な理由で、俺は子供を殺したのだ。
ただ、女の子を守ろうとしただけの少年を。
「.............................」
もう一度、エリンを見る。
.....だが何度見ても、死体にしか見えなかった。
「..............何度見たって変わらねぇよ。」
悪態をつく。
自分で蒔いてしまった種なのに、それを認められず現実を認められない自分に。
「.....................お前がやったんだよ。」
見るが良い。
口からは血が滝の様に出てしまっている。
大きく開いた胸は貫通こそしてはいない。だが心臓があったであろう所にはそれが無く、代わりに破裂した水袋の様になってしまった内臓のなれ果てがあった。
.......こんな状態になって生きている生物はいない。..........それどころか、心臓を潰されているんだ。竜人なら絶対に蘇れない.......
「...........................?」
........筈だ。筈なんだ。なのに......
「.................何だ?」
.........なんだか違和感がある。
死体に変わりはない。.....だがそこではない。
何かが普通の死体と違う。明らかに何かが。
もう一度死体を見る。
胸に空いた穴からは血がでている。死んだばかりだからか、血色はまだ良い。折れた骨が内臓に刺さったからか、口から血がまだ出続けている。
.............出続けている?
「.................なんで血がまだ出てる?」
おかしい。
普通、心臓が止まると出血は止まる。心臓が血液を全身に運ぶポンプなのだから。
穴からは血が出てる、これは当たり前だ。全部の血が集まる所に穴が空いてたら、心臓が止まってても血は垂れてくるだろう。
.........でも口から流れてる血はおかしい。
心臓よりも下にある部分だったら、心臓が止まっても血は出るかもしれない。
だが心臓よりも上にある口の部分から血が出ている。.....心臓の助けが無くては血なんぞ出ない筈なのに。
「.........................まさか。」
生きているのかと考えて、すぐにその考えを否定した。
確かに心臓が破損した程度だったら、まだ魔力でどうにかできるかもしれない。実際にした奴がいるから分かる。........だが、これは完全に壊れてしまっている。魔力でどうにかなる話ではない。
だから生きてる筈がない。そう思った。
「..........................」
だと言うのに、指が震え始めた。
まるで恐怖しているかの様に。
本当は生きていて、近づいて来た俺を殺す為に死んだふりをしてるんじゃないかと.......そんな被害妄想じみた考えすらも過ぎる。
「..................んな訳」
ない。そう言い聞かせようとした。
本当に怖かったから。
だがその瞬間。
ドクンと、エリンの心臓が縮こまった。
「―――――――――!?」
自分でも意識してないのに、いつの間にか飛び退いていた。
「コイツッ.......?!!」
嘘だ、あり得ない。
心臓を潰されて生きている竜人なんて聞いた事がない。第一........そんな奴、竜人とは思えない。
なのに動いた。
エリンの心臓は、今確かに動いた。
死んだ後の反応などでは無く、生きているからこその反応で。
「.......................ッ!!!」
それを見た瞬間、俺はエリンにトドメを刺そうとした。
さっきまで殺した事を後悔していた。
.....だがこれは話が別だ。明らかに異常な事が起きようとしている。
なんなら、コイツは蘇ろうとしているのかもしれない。
それはもはや人ではない。人の形をしたバケモンだ。
........そんなバケモンを生かしておく訳にはいかない。そう思い込んで、心臓を抜き取ろうとした。
「――――――――――――――」
もう開かないと思ってた瞳が、俺の目を見つめていた。




