第一話 眠り
(...ねえ、聴いてもいい?)
...聴いてきた。
喋れる体力も、気力もないのに。
...きっと、心配しているのだろう。今目の前にいる者が。
...心配する必要がない事は、この人が分かってる筈なのに。
(...僕に答えられるなら。)
あぁ、またやった...素直に「なんでも聴いて」と
言ってしまえばいいものを。頭じゃ理解してるんだ。
でも、口から出る言葉はそんな素っ気ない言葉。
...もう、分かってるだろ?この人が...自分なんかを息子と呼んでくれる人が...今際の際だってこと...
(じゃあ、一つだけ)
控えめに、でも大胆に聴いてきた。
まるで、"心で聴く"ことが当たり前のように。
(私が眠ったら、アナタはどうするの?)
...言いづらいことを...それ、子供に言うことじゃ
ないだろうに。
(...家を出ます。...たかが二年早まっただけです。)
気にして欲しくないから、そんな風に言った。
(...でも、行く所ないでしょう?)
...二年待てば、自分は教会に行く事になっている。
...でも。
(...知りたいんです)
(知りたいって...?)
ここから出たことがない、人の暮らしを知らない、
子供の遊びを知らない、飯屋の騒がしさを知らない、
初恋を知らない、"騎士"がなんなのか知らない、
"冷たくて真っ白な砂"を知らない。魔術を知らない、
王様を知らない、奇跡を知らない。
本の中でしか知らない、
御伽噺のような《おもしろそうな》
(外の世界のことを知りたい)
...言い方をまちがえただろうか?とても深く考えている。
自分にはどうやら、"話をすっとばす"という癖が
あると、彼女から聞いたが...
申し訳なさが心に覆い被さってくる...どうして自分は、口に出してから、考えてしまうのだろう。
(...うん)
...頷いた?
身動きはしていないが、反応で分かる。
今、確かに、頷いた。
(...ティーナの事はどうするの?)
唐突に聴かれた。...全く、そっちこそ心配がない。
あの子は、自分なんかより強いのに。
(...妹なら大丈夫ですよ。...それは
分かっているでしょう?)
自分は、当主にはなれない。...僕は弱いから。
(...それなら、別に...いい..けど...)
眠たくなって来たようだ。寝るのに必死に抵抗
している。
......もう最後なんだ、強がる事はやめろ。この人に
"呪い"を残しちゃいけない。
(...母さん)
(...?)
...何事だ?...とでもいう風に、僕を見た。
そりゃそうだ、今まで、"母上"なんて、言い方してたから。
(...僕に、"人"として接してくれてありがとう。)
...あぁ、やっと言えた。最後の最後で、言えた。
(.......当たり...前........でしょ......?)
...視界がぼやけている。顔がよく見えない。
なんだかとても苦しい。しゃっくりのようなものが
止まらない。
(...................怖い...........なぁ.......)
呟き。僕に向けたものではなく、雫のように出た、紛れもない、この人の本心。
辛いと思う前に、その冷たい手を握っていた。
(........................え...........へへ...........)
せめて、暖かくしてあげたくて。せめて、怖くないようにしてあげたくて。
...せめて、力になってあげたくて...
(......あっ......かい........な............ぁ.....)
...........
「ぁぁ.......ぅぁぁぁ....」
そうか........これが....."悲しい"....なんだ......
「ぅぅ....かぁ...ひっ...ぅぇぇぇぁぁぁ........」
......捻り出せ......泣いててもいいから.....
「すぅ.....かぁ.......ぁぁ...さ.....ん......!」
(...................................なぁ.........にぃ..........?)
見てくれている。情けなくって仕方ないであろう僕を。眼から出る何かで、びちゃびちゃの僕を。
...送ってあげるんだ。未練のないように。
"呪い"が残らないように。
笑顔で送ってあげるんだ。
「...........今まで........ありが......とう......!」
(..............あぁ..............................)
.....泣いている。...でも僕とは違って、嬉しそう
だった。
(..............お..........礼..........言わせて.........?)
(..........うん.......なんでも聴くよ?)
「.......生まれて............くれて..........ありがとう」
...声
とても小さくて、とてもか細くて。
........甘えたくなるほど、優しい声
「............ぅぇぇぅぅぁ..........はっ......ぁぁぁ」
その言葉は、バケモノと呼ばれた僕には、とても
嬉しいもので
「かぁ..........さ.....ん...........!」
父上に拒絶された僕には、初めて言われた言葉で
「.............よ..か.......っ......た.........」
恐れられてきたぼくが、一番言って欲しかった言葉だった
「....ティー.......ザ......幸せに.......なって.....ね....」
その名を呼んで、母さんは、眠った。