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勇者の価値

 瞬間だった。

 彼女の背後から、闇よりも漆黒の獣が音も無く、しかし明確な殺意を持って飛びかかった。


「敵襲だ!」俺は叫ぶと、聖剣を抜き獣をたたき切った。

 昼間のダークウルフだと、その血を浴びながら思った。奴らは鼻がきく。知能もある。

 俺たちをずっと付け狙ってきたのか。見張りのために地面に這わせていた鳴子がけたたましく音を立てる。すでに数十体に囲まれていたらしく、一斉に襲いかかってきた。


 仲間達も飛び起きて、暗がりから次々と襲いかかる狼たちに応戦する。だが状況は良くなかった。リィナが魔法により光を出現させると、辺り一面が照らし出される。そこで、ようやく相手の数が、数十体などと生やさしいものではないと分かった。

 ダークウルフだけではなかった。辺り一帯の魔物が集結しているかのようだ。

 

 リィナの横から、魔物が現れた。素早い動きだが、いつもの彼女なら問題なく倒せる程度のものだった。だが彼女は、どういうわけか反応しない。


「リィナ! 左だ!」


 対峙していた魔物を倒した直後、俺はリィナの体に飛びかかった。攻撃対象を失った魔物にとどめを刺した直後、違和感の正体に気がつく。


「左目が、見えていないのか!」


 リィナは黙っている。誰ともなれ合わない、孤高の野生動物を思わせる金色の瞳が、静かに向けられた。左目は、光を失っている。


 魔法の原則を思い出す。強い魔法であればあるほど、強い対価が必要になる。

 背筋が凍り付いた。  


「何を、何を差し出したんだ。君は、俺の命を長らえさせるために、一体何を失った!」


 左目――、そうだ初めは左目だったはずだ。左側の反応が、鈍かった。

 次に片手、片足、まさか内部もか――。


 聖剣が手に戻って俺の病は消え去った。だが剣が人を救うはずがない。人を救うのはいつだって人だ。

 俺が握る剣から、微かな感情が聞こえて来た。


 ――主の元に、帰りたい。


 もう、隠しきれなかった。見栄など張れる余裕もない。


 俺は気がついていた。自分が勇者じゃないことに。


 そうだ。俺は勇者ではないのだ。

 勇者に、聖剣を届けるためだけに旅をしてきた。そういう役目を、天から貰った、導き手だ。

 なのに俺は、自分を勇者だと勘違いしていた。勇者であれば、人々から認められる。崇められる。自分の価値が、高まったように感じた。


 だから気がついていてもなお、認めることはできなかった。

 仲間と、そうして真の勇者に、甘えていた。


 認めてしまったら、俺の人生は無駄になる。

 認めてしまったら、俺は。

 俺は、まるで――まるで、無価値な病弱の少年のまま、何も変わってはいないみたいではないか。


 だが俺のために、彼女が少しずつ削られていくのはもう仕舞いだ。

 こんなことが許されていいはずがない。


 襲いかかってくる魔物を聖剣で斬り伏せ、目線をリィナに向けながら俺は言った。


「君が嫌いだ」魔物の血が口に入って、自分が笑っていることに気がついた。


「君が嫌いだ。俺から全てを奪う君が嫌いだ。俺の誇りも立場も、君が現れてから失った。

 だが哀れまれ、慈悲を向けられるのは耐えがたい。たとえ勇者でなかろうと、誇りを失ってまで生きながらえたくはない。だから、これで終わりだ」


 言って聖剣を、彼女に向けて差し出した。聖剣は、二人の持ち手の間で、力を発揮できていなかったに違いない。


 彼女は涙を流しながら、首を横に振る。


「クリスがいない世界なんて、嫌だ」

 

「世界は美しいよ、魔王を倒したら旅をしてみればいい。友達を作れ。みんな、いい人だ。話してみればいいんだ、本当の君を知ったら、みんな好きになる」


 いつの間にか、君を大切に思っていた俺のように。


「君が嫌いだ。君は俺を小さく弱くさせるから」


 だけど同時に憧れていた。強く惹かれていた。羨み、嫉妬し――そして猛烈に愛していた。

 俺になどもう構うな。君は一人じゃなく、より多くを救うために生を受けたのだから。


「聖剣を、導き手クリスティアンから、真の勇者リィナへ、届ける」


 聖剣を彼女の手に握らせた瞬間、病が、俺の体に戻ってきた。数週間分の病巣は、瞬く間に俺を死に至らしめる。

 同時に、彼女の瞳に輝きが戻る。両手で剣を力強く握ると、彼女は立ち上がった。

 俺を生かしていた彼女の魔法が、彼女へと対価を戻したのだ。


 俺の世界が終わっていく間際、明瞭な声が、聞こえた気がした。


「クリス――クリスティアン。でもね、わたしにとっては、あなたこそが、勇者だったの……。哀れんでいたわけじゃない。あなたは、わたしがそうなりたいと思う憧れの全部だった。ずっとずっと、そうだった。一日でも長く、あなたと一緒にいたかった。ごめんね――」


 母の言葉を思い出す。

 人生で最良の一日か。それはきっと今日だった。


 こんなに美しい彼女が、俺のために泣いてくれているのだから。





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