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それが運命ならば

 古城に近づくにつれ、魔物たちの力も増していった。誰一人欠けることのなかった俺たちは今まで運が良かったのだろう。


 ドラゴンと、戦っていた時のことだ。

 雨の降る、夜だった。

 それを、嫌でも思い知らされた。


 仲間の一人が死んだ。


 リィナの嘆きは凄まじかった。それが彼女にとても良くしていた魔法使いの女性だったこともある。

 逆上したリィナは、ドラゴンを聖剣で細切れに切り刻んでしまった。その後で、俺の胸ぐらを掴んだ。


「クリス! なんとかしてよ! 勇者でしょう! 彼女を生き返らせて!」


 雨に濡れたリィナの髪が顔に張り付き、泥が涙で洗われていく。


 俺にしても、平常心ではなかった。俺が勇者に選ばれた直後から、一緒に戦ってくれたかけがえのない仲間であったからだ。


「無理だ! 彼女は死んで、戻らない!」


 彼女の顔が怒りに歪んだ。


「勇者のくせに!」


「対価がいるんだ! 命には命が……! 彼女を蘇らせるには、強い魔力と他者の命が必要だ! 犠牲が必要なんだよ……!」


 瞬間、リィナの目が見開かれた。


「誰がなる? 俺か、リィナか、他の仲間か? 聖剣の使い手は数が多い方がいい。一方が疲れたならもう一方が剣を使えるから。なら他の仲間か? ――それを君が選ぶのか!」


 自分でも抑えられない怒りだった。

 リィナは分かっている。命は恐ろしいほどに平等で、他の誰かを犠牲にしてまで蘇らせる意味はない。


「分かっ……た。ごめん」


 暗い顔をして頷いた。涙を流すリィナの左目が、かつての輝きを失ったように思えた。


 瞬間、リィナの手から、聖剣が地面に滑り落ちる。彼女が拾おうとして失敗した。その動きに違和感を覚える。


「指を、どうかしたのか」

 

 戦いで負傷したのか、上手く動いていないように思えた。


「ちょっと、すりむいただけ」


 彼女はもう片方の手で聖剣を拾い上げた。

 その後、俺らは命を失った仲間を埋葬した。遺品と遺髪が、荷物に加わった。


 


 仲間を一人失っても、旅を止めるわけにはいかなかった。勇者クリスティアンはどんな時でも勇敢で、逆境にも立ち向かわなければならないからだ。

 

 リィナはますます強くなった。


 もう勇者である俺が死んでも、きっと彼女は導き手としてやっていけるだろうと思えた。聖剣も、彼女が持つことの方が多かった。だがやはり最終的に剣を渡すつもりはなかった。それに俺は一向に死ぬ気配がなかった。病は消え去ったように思えた。体は健康だった。

 だからリィナも、次の勇者を探しには行かなかった。死なないならそれでいい。俺は勇者だ。魔王を倒す義務がある。


 聖剣を使いこなすリィナを、仲間たちも次第に信頼するようになっていた。聖剣も、俺よりも彼女が持っていることの方が多いのは、その方がより多くの魔物を倒せるからだった。

 

 魔王が巣くう古城にも、近づいた。もうその形が目視できる。

 近づくにつれ空は陰り、草木は枯れ、水は毒を含んでいった。


 リィナは文句を言わなかった。

 しかし疲れているのか、転んで足を挫いたと、数日間引き摺っている。回復魔法をかけても、不思議なことに回復しなかった。もう数日すれば直るのだと、彼女は言って笑った。


 その日の魔物は手強かった。


 ダークウルフと呼ばれる、狼の死体に何かが巣くった魔物で、殺しても殺しても蘇る。しかも生前の脳はあるのか、群れで攻撃してくるのだ。少なくとも、十数体はいて、体を細切れにしてようやく動きが止まったのだ。


 魔物たちの力が増し、魔物よけのたき火はもはやおびき寄せるだけの逆効果なものと成り下がり、暗い森の中、順番で見張りを立て、俺たちは過ごしていた。

 俺の寝袋の直ぐ側に、リィナが来た気配がした。声をかける前に、彼女は言う。 


「この前、勇者のくせにと言ってごめん」


 何を言うかと思えばそんなことだ。小さく笑っていると、彼女の言葉が続いた。


「わたしの身の上話をしてもいい?」


 暗闇に、彼女の声が小さく聞こえる。返事をするまえに、続けられた。


「わたしの故郷は森の中にあって、太古の神々の時代から、静かに暮らしていた。

 朝日とともに起きて、夕陽と共に眠る。木々は恵みを運んできて、金はないけど豊かだった。でも、前にも言ったけど、魔物に滅ぼされたんだ。知能のある、オーク型の魔物だった」


 俺は国の中心に住んでいて、貴族だった。

 彼女とは、全然異なる。だが目を閉じると、彼女の故郷が浮かんでくるようだ。美しい木々の中で、生命力に溢れた輝く瞳を持つ人たちが暮らしている。

 

 オークなら、俺も数度倒した。人と似た知能を持ち、人のように二足歩行をし、言葉を話す。醜悪で悪臭がした。

 

 リィナの声は続く。


「その時、わたしは木の上にいたんだ。無力だった。魔物が両親や兄弟を殺している間、震えて隠れていることしかできなかった。血の匂いが辺り一面に漂っていて、だからわたしが木の上にいることに、魔物たちは気づかなかったんだと思う。そんな時だった。

 助けが入ったんだ。彼らは次々に魔物たちを倒していった。あっという間のことだった。その人たちは強くて勇敢で、輝く瞳を持っていた。

 その中でも、一際美しかったのが、勇者クリスティアン――あなただった」


 驚いて彼女を見た。暗がりで、表情の機微までは窺えない。

 魔物を倒した回数は多い。オーク討伐も何度もした。彼女の故郷も、そんなありふれた不幸の中の一つであるのだろうが、俺はぼんやりと思い出した。


「木の上に、幼い子供がいることに気がついて、俺は登って、その子を抱えて下へと降りた」


 それがリィナだったのか。


「……あなたはまさに英雄だった。いつかあなたのような勇敢で誠実な人間になりたいと思った。勇者クリスティアンは、わたしの憧れだった。実際会ってみて、格好悪いところもいっぱいあったけどさ」


 彼女が笑った気配がした。


「聖剣を拾って、本当はすごく嬉しかったんだ。だって、あなたに会いに行くことができるんだから。会ったらすぐに帰ろうと思ってたよ。だってあなたの邪魔、できないもの。でも一緒に行こうって、言ってくれて、心の底から幸せだった」

 

 一緒に行こうと言ったのは、保身のためだった。仲間に、懐の大きな勇者だと思わせておかなくてはならなかった。彼らの信じる勇者を守るために。

 彼女が上半身を起こし、俺を見下ろした様子があった。

 

 しばらく、彼女は俺を見つめていた。 


「だからわたし――わたしは」


 月が、雲の隙間から現れ、森を照らした。彼女は笑っていなかった。一人静かに、涙を流していた。


「ねえ、クリス。本当は、あなたも気がついているんでしょう?」


 肌が粟立った。

 俺と彼女は、導き手と勇者として、絶妙なバランスの上に成り立っていた。互いに決して踏み入れてはならない領域に、決して足を踏み入れないように、そうやって関係を今日まで保っていた。


 それを、彼女は崩そうとしているのか?

 君だって、それでいいと、納得していたんじゃないのか?

 言ってしまっては確定してしまう。


 そうなっては、俺はまるで。まるで――。


 起き上がった。


「そんな目で俺を見るな、哀れみはやめろ! 君に同情を向けられる度、俺がどれほどみじめになるのか、考えたことがあるのか? 俺をどこまで蔑む気でいるんだ。嘲笑っていたのか? 俺の目の前で聖剣を使いこなすのは、さぞ気分が良かっただろう!」


 言ってしまった。薄っぺらい本音だ。言うべきじゃなかった。


「違う――違う、わたし、そんなつもりじゃ……」

 

 リィナの瞳が、悲しみに染まっていく。


 勇者はどこまでも純粋で慈悲深く、そうして美しくなくてはならない。勇者は嫉妬などしない。勇者は誰かを感情のまま怒鳴ることはしない。


 彼女との出会いは、まさしく俺の運命だった。

 俺の使命を終わらせるための、運命だった。


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