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少女リィナ

 どうせ数日で嫌気が差して去るだろうと思っていたリィナは数週間しても俺たちの側を離れなかった。


 そうだ。リィナは俺たちに馴染んでしまった。そもそも俺の仲間は多くない。俺の他に数名いる程度だ。皆、武術や魔法の達人達であり、信頼する者たちだった。


 ボロボロだった少女は、よく笑う少女へと変貌していた。

 リィナは森の中に住む少数民族の出で、魔物に襲われて集落が無くなるまでは、ずっとそこで暮らしていたらしい。

 集落が無くなってからは、狩りをしながら生き延びたという。確かに武器の扱いは上手かった。


「クリスティアン! 見て!」


 リィナが破顔し聖剣を振るうと、巨大な風が生じ、森の木々を数本切り倒した。もう数度見た光景だ。


「すごいな、大したもんだよ! 才能があるんだろうな!」


 内心、冷や汗をかきながら答えると、彼女は照れたように頬を染め、また仲間から魔法を教わるために戻っていった。

 

 まったく、こんなことがあっていいのか――!


 仲間の一人が、俺を見て言った。


「聖剣はクリスティアンのものです。彼女に好きなように使わせていいのですか?」

 

「いいさ。彼女もまた剣に選ばれた人間なんだから」


 ――阿呆か! いいわけないだろ!


 叫びたい衝動を抑えた。

 俺は焦っていた。聖剣をリィナに奪い取られるのではないかという焦りだ。俺は誰もが憧れる勇者クリスティアンだぞ! 聖剣の主が俺以外にいていいはずがない。魔王を倒すのはこの俺だ!


 普通の人間にはあの剣を拾い上げることさえできないのに、リィナは俺よりも早く聖剣を使いこなすことができている。

 俺には基礎があった。学校で、魔法や剣術を学ぶ機会があったから、聖剣を使って魔法を放つことは、そこまで難しくはなかった。

 だが彼女は、まるで呼吸をするように自由に剣を振り回し、魔法を生じさせる。つい先日まで、魔法の技法さえ碌に知らなかったにも拘わらず。


 また彼女が木を倒し、俺を振り返り笑いながら手を振った。俺も応じる。さっさと剣を返してくれと思いながら。




 俺は彼女を見て、不思議な気分に度々陥った。


 ――あなたがこの世に産まれた日に、わたしの人生で最良の一日を過ごすことができたのだから、自分の人生は輝くものだったのだと、最期に言って死んだ母。

 母の死に際ばかりを、最近よく思い出すのは、俺ももうじき死ぬからだろうか。




 リィナが俺らに加わり、勇者と導き手が一行にいても、やることに変わりはなかった。俺らは魔王が棲み着いた古城を目指し、旅をする。


 彼女は時折俺の側にやってきては、繰り返し尋ねた。


「クリス、気分はどう? もう体、痛くない?」


 全然平気だと答えると、彼女は満足そうに言った。

 

「あなたが死なないなら、次の勇者は現れないね。クリスが魔王を倒すしかない」


「どうしてちょっと嬉しそうなんだ」

 

 俺が問いかけても、彼女は頬を赤くし答えない。


「リィナはクリスにぞっこんね」仲間の一人の女性が言うと、リィナは今度は顔中を真っ赤にした。


 俺たちの年は離れていたし、多分、恋ではない。

 それは聖剣を持つ者同士にしか分からない、一種の共有意識のようなものだろう。

 なぜなら俺も、心の領域のどこかでは、彼女に好感を持っていたからだ。この感情をひと言では説明できない。恋愛感情ではないし、仲間へ抱く友情とも異なる。孤独を埋め合う丁度良い相手であるだけなのかもしれない。あるいは焦り、羨望。それらが混ざった正体不明の強烈な情だった。


 リィナは不思議な少女だった。

 一見愛想はないが、それは悪意ある人間ばかりを見てきたせいだろう。慣れれば彼女は良く笑う、純真で天真爛漫な少女だった。


 彼女は文字が読めなかった。

 文字を必要としない集落で育ったのだという。態度も粗野だ。言っては何だが教養もない。だが学習能力は高かった。あっという間に知識を吸収していく上、魔法も剣術も、センスがある。元々頭のいい人間なのだろう。


 彼女は時に、純粋な疑問をぶつけてきた。まるで幼子のようだが、いたって真剣だった。俺も自然と、彼女に真摯に向き合うようになっていた。 


「どうして魔王を倒さなくちゃいけないの?」


 こんな質問は大抵は夜で、魔物よけのたき火を見ながらだった。

 

「魔物を生み出すからだ」


 魔王は出現以来、体から凶悪な魔物を次々に生み出し、人間を襲わせていた。魔王がどんな姿形をしているのか、俺には分からないが、人間とは異なる形相なのだろう。


「だけどその魔王は、昔、勇者に殺されたんでしょう? わたしが分からないのは、どうしてその魔王が、また存在できたかなんだ」


「魔王というのは、決して滅びることのない存在と言われている。実際、そうなんだろう」


「でも勇者なら倒せるんでしょう?」


 大きな瞳が向けられる。


「倒す、一度は。だが数百年もしたら蘇ってしまう。だから勇者も同じ時に、現れる」

 

 俺の傍らの聖剣を見ながら、リィナは言った。


「剣が勇者を選ぶなんて、おかしな話ね。まるで人ならざる者の意思が働いているみたいで、少し不気味に思える。数百人の魔力を練り込もうだなんて、普通は考えないもの」


 俺は彼女の人離れして美しい横顔を見ながら答える。


「魔法は対価が必要だ。莫大な力を持つ魔王に対抗するには、それだけ大きな対価が必要だったんだ」


 伝説によれば、古の人間たちは魔王に対抗するために有志として名乗り出た数百人分の魂を練り込み、聖剣を鍛え上げたそうだ。

 その莫大な魂を帯びた剣を操れるのは、それだけ強大な魔力を秘めた勇者か、その勇者に剣が渡るまでの間、剣を預かる導き手だけだ。


「精霊なんて見たことないけど、対価を求めるなんて強欲な奴らに違いないね」


 指先に炎を出現させながら、リィナは答えた。

 魔法について、詳しいことは分かっていないが、精霊に対価を差し出し魔法を使わせてもらっているのだと、多くの奴は考えていた。弱い魔法なら皮膚の一部や髪の毛や爪の先がいつの間にか消えている。強い魔法なら命が消えるのだという。


「いつか勇者を見つけなくちゃいけないとあなたは言うけど、あなたは導き手から聖剣を貰った訳じゃないんでしょう? あなたがいなくなって、わたしが勇者を探す旅に出ても、意味がないのかもしれないよ。聖剣は勝手に勇者を探すのかも」


 俺が聖剣を得たのは、確かに誰かに届けられたからではなかった。


 子供の頃、同じように血を吐いて倒れ、熱で苦しんだ末のある日、近くの森の中から声がした。

 呼ばれているように感じたし、実際そうだんたんだろう。

 行ってみると、森の縦穴の中に剣が落ちていた。


 勇者が持つ力は凄まじい。魔力があるという意味以上に“勇者”という偶像は人々を夢中にさせた。病弱だった俺に見向きもしなかった父が、突然態度を豹変させ、俺を大々的に宣伝して回ったのが良い例だ。

 貧乏貴族だった俺の家は、瞬く間に大貴族へとのし上がった。

 まあ、家を継ぐのは兄であり、俺には関係のない話だ。


 剣を得て以来、魔物を倒し続けて、どうやら魔物が発生する中心部が、古城にあるのだと分かったのが、本当に最近のことだ。

 いざ向かわんとしたところで、俺は倒れた。


「まあな。聖剣には謎が多く神出鬼没だが、導き手は剣を拾い、勇者へと必ず届けるというその理は、大昔から変わらない。魔王が生まれ、勇者が殺すのも、変わらない。太陽が東から昇って西に沈むのと同じで、人の力ではどうしようもないことだ」


 彼女を見ると、ぼんやりと炎を見つめていた。


「……聞いてんのかよ!」 

 

 相づちを打たなくなった彼女の左の横顔付近で手をひらひらさせてみるが、一向に気がつかない。

 考えに没頭すると、彼女は度々回りが見えなくなっていた。


 ふいに彼女が俺に顔を向ける。


「クリスは、魔王を倒した後、どうするの?」


 答えに詰まった。俺は魔王を倒すために生きていて、その先を考えたことはなかったからだ。想像もできない。

 俺の心をまるで無視して、彼女は重ねて問いかけてくる。

 

「夢とかあるの?」


「……ドラゴンの、大移動を見るのが子供の頃の夢だった」

 

 魔物の方のドラゴンはなく、生物の方のドラゴンだ。彼らは五百年に一度、大陸を渡る。空を埋め尽くすほどのドラゴンは、それはそれは壮観だと、偉人の自伝に書いてあった。


「じゃあ、魔王を倒したらわたしと一緒に見に行こう!」


「馬鹿言え。次は三百年も先だぜ」


 言うとリィナはつまらなそうな顔になる。


「明日はさ、クリスが剣を教えて」


 いいよ、と頷いた。


「また剣士のあいつと喧嘩でもしたのか」

 

 リィナは仲間たちとしばしば喧嘩をしていた。大抵は彼女が悪い。

 むっとしたように彼女は答える。


「世界にクリスだけいればいい。他の奴らは嫌い」


 なぜかリィナは俺に懐いている。俺が内心で、聖剣を渡したくないと必死こいているのも知らずに。


「そんなことを言うなよ。心を開いて、友達を作れ、俺だけじゃなくてさ」


「わたし、正しいことあんまり考えてないよ。奴隷商人だって殺したし」


「俺が思うには、何を考えているかじゃなく何をしたかが重要だ」


 彼女はじっと俺を見る。


「導き手は優れた人格者がなるものと言われている。君もきっとそうだ。だからそんなことを言うな」


 これではまるで、子供に諭しているみたいだが、リィナは小さく頷いた。

 

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