第69話 みんなは俺の部屋でくつろぎすぎる
部屋に上がって装備を確かめた。
うん、ちゃんとマタギナガサはあるな。
「身に付けていた方が安全だね」
「学校にも鞄に入れて持って行くか」
どこでアウトローが襲ってくるか解らないからな、バックラーも鞄に入れとくか。
今日は武装が無くて色々困った。
鏡子ねえさんが上がり込んで畳んだ布団を背にくつろいでいる。
峰屋みのりがお湯を沸かしている。
「お茶はあるのに、湯飲みが二つしかないよ」
「俺とかーちゃんの分だけ買ったんだ」
「昨日買った紙コップでいいかな」
みんなの分の湯飲みも買っておけば良かったかな。
「こんど家からマグカップ持ってこようっと、私と鏡子おねえちゃんの分」
「僕も家から持ってこよう」
「ほうじ茶うめえ、キューちゃんうめえ」
鏡子ねえさんは勝手にキューちゃんのお皿を見つけてポリポリ食べていた。
「鏡子おねえちゃんの実家への挨拶上手くいったの?」
「いった、かーちゃんがまとめてくれた」
「まあ、よかったわね、おねえちゃんっ」
「タカシも頑張った」
「よかったね、鏡子さん」
鏡子ねえさんが自分のDスマホを開いた。
「ソファーとか買おう、DIMAZONで買うとガーゴイルが届けてくれるんだろう?」
「それは迷宮内だけだよ、外は普通に宅配の人だ」
「ちぇっ、つまんないなあ、あ、これどうだ?」
鏡子ねえさんが見せてきたのは、フロアソファと言われる奴だった。
「いいかも」
「よし、買おう」
鏡子ねえさんはためらいなくポチった。
……、俺の部屋がたまり場になりそうだな。
まあ、いいけどな。
「ソファーベットとか良いんじゃ無いかな?」
「ああ、あれって片付けるのが面倒だから結局万年床になるって言うわね」
「あー、それはあるかもしれないね」
「色んな物がある、たのしい、ネコのマグカップ買おう」
「あ、可愛い、私のも頼んでっ」
「タカシはどうだ?」
「俺は良いよ」
なんだか、鏡子ねえさんが散財しているが、彼女も二週間後に隣の隣の部屋に来るのだから家財道具は必要か。
泥舟が一昨日置いて帰ったパソコンを広げて、Dチューブのニュースを立ち上げた。
『現在、司馬組本部では府警による厳戒態勢が引かれています』
『迷宮側の襲撃予告があったばかりですが、警察の動きは早いですね』
『はい、国家の威信を賭けて、悪魔側の思い通りにはさせないという意気込みが感じられます』
迷宮の外に出られる悪魔はサッチャンだけみたいだが、どうするのかな?
「芸能事務所の方はどうだったんだ?」
「それが酷いのよ、鏡子おねえちゃん聞いてよ」
「ひどいのか」
峰屋みのりが鏡子ねえさんと泥舟に事の顛末を説明している。
ああ、なんだか良いな、この雰囲気。
俺はそう思って峰屋みのりが入れてくれたほうじ茶を飲んだ。
うん、美味い。
「社長とケインをころす」
「あ、ケインさんはタカシくんが懲らしめてくれたから」
「タカシ、偉い!」
「しかし、これからDアイドルの構造が変わっちゃうね、峰屋さんはどうするの?」
「うーん、悩ましいのよねえ」
「六人編成になるから、楽団構成は難しいね」
「みんなでバンドやらない?」
「ヤダ」
「うーん」
「無理だ」
「そんなあ」
峰屋みのりはへこたれて床に倒れた。
「まずは『吟遊詩人』として出来る事を考えて十階のフロアボス突破を目指そう。他は……、まあ後で考えろ」
「そうよねえ、本気でアイドルだと、レッスンとかいろいろあって冒険がおろそかになりそうだし、私は『Dリンクス』のみんなを応援したいのであって、『Dリンクス』のみんなに応援されたい訳じゃないしねえ」
「リーディングプロモーションとの契約はどうする?」
「どうしようかしらねえ」
「大きい事務所だし、社長は強引だけど、アイドルは本当に大事にしているみたいだし、契約しても良いかもしれないぞ」
「お父さんとお母さんにも聞いてみるよ」
「ああ、それが良いな」
「社長はころすべし、慈悲はない」
鏡子ねえさんは高橋社長が嫌いになったようだな。
極端な人だ。
『こちら、大阪の司馬組本部です、動きがありました、サッチャンです、サッチャンが現れましたっ』
警察官で封鎖された夕暮れの道路にサッチャンが現れた。
「方向からすると難波地獄門から来たかな」
「大阪にも迷宮があるのねえ」
「札幌にも、博多にも、名古屋にもあるよ」
「同じ迷宮?」
「構造は同じだって、一階ロビーで、二階はレストラン街、三階草原」
「不思議ねえ」
世界各地の主要都市の近くに地獄門はあるが、中の迷宮の構造は同じだ。
だから、迷宮の攻略法も瞬時にDチャンネルなどでシェアされる。
初見は難しい謎解きなどがあるのだが、一度解かれたら後のパーティは問題無く通過できる。
ただ、最前線の初見の階を進むパーティの歩みは当然鈍い。
今は一階分を通過するのに一年以上掛かるようになっているな。
『サッチャンさん、止まりなさい』
『あら、Dチューバー対策本部の柏木さん、こんにちは』
『日本は法治国家だ、悪魔の私的な制裁は国家として許可出来ない、引き返しなさい』
「ああ、サッチャンさま、素敵」
『我々はあくまで悪魔ですので、失礼しますよ』
そういうとサッチャンは柏木部長に向けて拳を打ち上げた。
バキュン!
柏木部長の頭が砕け散り、血をまき散らしながら体が電信棒の変電器のあたりまで打ち上がった。
『あら、たいへんっ。この人、Dチューバー化してませんの?』
『柏木部長~~!!』
サッチャンは落ちてきた柏木部長の体を見て目を丸くしていた。
Dチューバーだと思って殴ったのか。
『公僕を殺しちゃうのも良くありませんね、『我は願う、命を失った我が友の肉体に再び命の炎を蘇らせたまえ』』
サッチャンが呪文を唱えると、柏木部長の体がフィルムの逆回転のように修復されていく。
「僧侶の最高奇跡【蘇生】だ……」
「サッチャンさますごいっ」
『わ、私は……』
『対策本部長さまというから、てっきりDチューバー化していらっしゃると思ってましたのよ、ごめんなさいね』
『そ、蘇生してくれたのか』
『はい、私、皆さんの為に働く方々は尊敬しておりますのよ。お仕事とは言え、社会のゴミをお守りになって大変ですわね♡』
機動隊員が気圧されたように一歩下がった。
サッチャンが両手を上げた。
空中からバラバラとガラスの瓶が落ちてきた。
『多少手荒になりますが、ポーションを出しておきますから、お怪我はご自分で治してくださいましねっ♡』
機動隊がビクリと震えた。
『行きますわよ~~♡』
サッチャンの姿がぶれたかと思うと、三十人ほどに分裂して、機動隊をなぎ倒し始める。
それが、後に『難波の地獄の夜』と言われる事件の開始の合図であった。
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