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水龍国《スールン》の捨てられ姫  作者: 滝野れお
水龍国編・替玉王子
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エピローグ


 裏庭の池のほとりにある大きな石の上に、カナンはいつものようにハルノと並んで座っていた。

 暑い日差しも、それを遮る木々の枝ぶりも変わらないのに、あちらこちらから注がれる好奇の視線だけが違っている。

 きっと晩餐会に出ていた給仕係から、カナンの素性が伝わったのだろう。ここは噂が広まるのが一番早い。


 はぁーと、ハルノが大きなため息をついた。


「まさか、あんたがシオンさまの妹で、王子さまの替玉だったとはね……って事はさ、あたしが見たシオン王子って、あんただった訳?」

「うん。黙っててごめんね」


 カナンが両手を合わせると、ハルノはもう一度ため息をついた。


「いや、いいって。言えないのはわかるし、ちょっと前から、カナンがただの侍女じゃないのはわかってたからさ」


「あはは、そうだよね。王宮内で命を狙われる侍女なんて、おかしいよね!」


 カナンは豪快に笑ってから、両手を上にあげてうーんと伸びをした。


「でも、もう全部片付いて、あたしも帰るんだ。ハルノと別れるのは寂しいけどさ」


「そっか、帰るのか。確かに、あんたは王女さまってガラじゃないもんね。あのトゥラン皇子を勢いよく振ったって、みんな大騒ぎだったよ。まっ、あんたには全部窮屈なんだろうけどさ」


「そうでしょ? 王女さまなんてあたしには無理。田舎にいるのがあたしには一番合ってるんだ」


「そんな感じするよ。ああでも、あんたがいなくなると淋しいよ、カナン」

「あたしもだよ、ハルノ。きっとまた、遊びに来るからね」

「うん、待ってる」


 カナンとハルノは、互いの両手をぎゅっと握りしめた。




 裏庭から出て木々に囲まれた小道に出ると、カナンに集まっていた好奇の視線も届かなくなった。

 ホッとすると同時に、ハルノと会えなくなる淋しさが胸に広がってくる。


(ハルノみたいな友達は、今までいなかったなぁ)


 じわりと目頭が熱くなり、涙で視界がぼやけてくる。


「別れは済んだのか?」


 聞こえて来たのはトゥランの声だった。


「えっ?」


 声のした方へ目を向けると、トゥランが木の幹に寄りかかって立っていた。

 辺りを見回しても、近くにヨナの姿は見えない。

 カナンは慌てて涙を拭くと、両手を握りしめて身構えた。トゥランに会うのはあの晩餐会以来だ。


「トゥランさまが、どうして使用人の通路なんかにいるんですか?」

「おまえに、別れを言いに来た」


 木の幹から身を起こしたトゥランは、不敵な笑みを浮かべている。


(まさか、仕返しするつもりじゃ……)


 カナンは体をこわばらせた。

 衆目の前で恥をかかされたトゥランが、そもそも大人しく引き下がる訳がなかったのだ。

 眉間にしわを寄せて睨みつけるカナンに、トゥランは心外そうな表情を浮かべる。


「何だその顔は?」


 首を傾げながらトゥランが一歩近づくと、カナンは用心深くジリっと後退る。


「あたしはもともと、こんな顔です」

「何だよそれ……」


 後ずさるカナンに構わず、トゥランは近づいて来る。


「このおれが挨拶しに来たっていうのに、なぜ逃げる?」


 機嫌を悪くしたトゥランの長い手が、カナンのすぐ側まで伸びてくる。

 あっという間に腕をつかまれて、何が何だか分からないうちにカナンは木の幹に押し付けられていた。


「おまえも、明日出発するそうだな?」


 トゥランがじっと見下ろしてくる。


「……はい、その通りです」

 カナンは仕方なく、ニッコリと笑みを浮かべる。

「トゥランさまも、明朝ご出発ですよね。ご無事のご帰国をお祈りしています」


「わざとらしく笑うな。何か腹が立つな」


 トゥランはカナンの顎を乱暴につかむ。


「ちゃんと挨拶したんだから、放してくださいよ!」

「こっちはまだ終わってないんだよ」


 目を細めたまま、トゥランが顔を寄せて来る。


「いいか、おまえのせいで、ヨナが余計なやる気を起こしてしまったんだ。おかげでおれは皇帝を目指すことになった。全部おまえの伝言のせいだぞ!」


「へっ?」


 思いもよらぬ言いがかりに、カナンはポカンとする。


「仕方ないから、おまえの言う通りこの国に逃げ込むことはしない。その代わり、おまえは責任をとって、おれが皇帝になるまで待っていろ。誰のものにもなるな」


「は? どういう意味ですか?」


「おまえはどれだけ阿呆なんだ! おれが時期皇帝の座を奪ったら、おまえを嫁にもらってやると言っているんだ!」


 今にも噛みつきそうな顔で怒るトゥランを、カナンは睨みつけた。


「ますます意味がわかりません! どうしてあたしが、あなたと結婚しなくちゃいけなんですか。絶対にお断りします!」


「おまえは……小国の田舎貴族の娘が、月紫ユンシィ皇帝の求婚を断れると思ってるのか?」

「何が何でもお断りします!」


 大きく肩で息をするカナンを見て、トゥランはふわりと表情を緩めた。そしてそのまま強引に唇を重ねた。


「いいか、返事は一つしか受け付けない」


 カナンは目を大きく開いたまま、ぶるぶると首を振る。


「返事は『はい』だけだ。意味がわからないなら、わかるまで口づけするぞ」


 さらに大きく首を振るカナンに、トゥランはニヤリと笑う。


「返事は?」


 窮地に立たされたカナンは急いで辺りを見回したが、運悪く助けてくれそうな人はおろか、ただの一人もこの小道を通らない。


 風が吹いて、木の葉がさわさわと揺れている。


 カナンは震えながらトゥランを見上げた。


「け……毛虫! トゥラン皇子の頭に、毛虫が!」


「えっ?」


 トゥランが頭上に気を取られた隙に、カナンはトゥランを突き飛ばして駆け出した。


「こらっ、カナン、待て!」

「さよーなら、トゥラン皇子!」


 カナンは一瞬だけ振り返ってから、王子宮の門の内側へと駆け込んで行った。



「あーあ、逃げられてしまいましたね」


 どこからともなく現れたヨナに、トゥランはチッと舌打ちをする。


「おまえ、喜んでるだろう?」

「はい。カナンさまは本当に面白い方ですね」

「ヨナ、ふざけるなよ!」

「はいはい。急いで次期皇帝の座を奪いましょうね」


 ヨナに背中を押されて、トゥランはしぶしぶ王宮の回廊へと戻って行った。




 ────この年から三年ほど後、月紫国ユンシィの属領が一斉に蜂起し、大きな戦になった。長引くかに思われたこの戦を収めたのは、各国との絆が一番強かった外交上手な皇子だったという。

 次期皇帝の座についたこの皇子のもとに嫁したのが、異国の田舎貴族の娘だったとか、そうでなかったとか……。


                 おわり


拙い物語を最後まで読んで下さり、ありがとうございました!

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