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水龍国《スールン》の捨てられ姫  作者: 滝野れお
水龍国編・替玉王子
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15 水龍宮の日常


 玉座に座った王は、相変わらず氷のような無表情で、目の前に跪く兄妹に言葉をかけた。


「そなたらの働きに、余は満足している。好きなだけ王都に滞在してから南へ帰るがよい。褒美は後で届けさせる」


 月紫ユンシィ国の皇子が水龍スールン宮を旅立った翌日、王宮に呼び出されたカナンとナガルは玉座の前に跪いたまま王の言葉をきいた。

 顔を上げる暇もなかった。


(結局、何も出来なかったなぁ……)


 王が奥の扉に消えてゆく後ろ姿を見送りながら、カナンは初めてここへ来た時、一矢報いるつもりでいたことを思い出した。

 あの時感じた王に対する怒りのようなものも、今となってはどうでも良いことのように思える。

 たとえ血のつながりがあるのだとしても、結局のところ自分と王は他人にすぎないのだ。



〇     〇



「疲れただろう?」


 部屋に戻るなり、浮かない様子で長椅子に座り込んだカナンに、ナガルが声をかけた。


「うん、疲れた。今すぐ南に帰りたい気もするけど、ハルノに都を案内してもらう約束してるからなぁ」


 カナンは目の前に立つナガルを見上げて、疲れたように笑う。


「帰るのはその後でいいさ」


 ナガルの大きな手が頭に触れる。久しぶりの長兄の大きな手に、カナンは思いきり甘えたくなった。


「ねぇ兄さま、お土産は何がいいかな? 母さまには何か奇麗なものをあげたいな。父さまには何がいいかしら? サウォル兄さまとトール兄さまは?」


「あいつらが喜ぶのは食べ物だろうが、南へ帰るのに二日はかかるからな。まぁ、何でもいいだろう。父上も母上も、おまえが戻るのが一番嬉しいさ」


 ナガルはカナンの隣に腰かけた。


「本当にそう思う?」


 カナンは神妙な顔で兄の顔をのぞき込んだ。南に戻っても良いのかという不安は、いつも心のどこかに絡みついていた。


「ああ。母上はずっと、娘が欲しくて仕方がなかったそうだからな。おれたち三兄弟を生むたびに、がっかりしていたらしい」

「それ本当?」

「ああ。誰よりもおまえを可愛がっていただろう? ようやく手にした娘が、きれいな衣には見向きもせず、毎日真っ黒になるまで兄たちと遊び回ってもな」


 ナガルはゆったりと腕を組んだまま、からかうような目をしてカナンを見る。


「それは……近くに女の子の友達がいなかったからじゃない?」

「おまえ、お茶会の誘いを断ったりしてなかったか?」

「だって、つまんないんだもん。あの子たちの話は、いつも新しい服や髪飾りの話ばっかりでさ」


 頬を膨らませてふて腐れるカナンの髪を、ナガルは目を細めながらもう一度くしゃくしゃにした。


「おれたちは、おまえをもう少し女の子らしく育てるべきだったな」

「何よ今さら。もし女の子らしく育ってたら、王子さまの代役は務まらなかったと思うけど?」

「まあ、確かにそうだな。とても無理だったろうな」


 ナガルはカナンの頬を優しくつねる。


「兄さま、あたしハルノの所へ行って来るね!」

「ああ、行ってこい」


 化粧を落とし、久しぶりに侍女のお仕着せに着替えたカナンは、部屋を飛び出した。



 王子宮の建物から出ると辺りに人影は見えなかった。カナンは近道をしようと庭園の真ん中を突っ切って王子宮の門へと急いだ。

 誰も来ないだろうと思い込んでいたのがいけなかった。

 カナンは門の手前で、今まさに門をくぐって来た人に真正面からぶつかってしまった。


「うわっ!」


 声を上げて後ずさった相手は、一瞬ジィンかと思うほど彼に似ていた。


(やばい、ユジン王子だ!)


 ぶつかった拍子に尻もちをついていたカナンは、あたふたと平伏した。


「も、申し訳ありません!」

 ぶつかった事はもちろん、顔を見られたのではないかと思うと気が気ではない。


「ユジンさま、大丈夫ですか?」

 後ろを歩いていた従者が声をかける。


「ああ大丈夫だ。そなたは王子宮の侍女か? このような場所で走るとはどういう了見をしているのだ!」


 いつも穏やかなユジンとはまるで別人のような厳しい声だった。


「も、申し訳ございません! 申し訳ございません!」

「ちっ、もういい。行くぞ!」


 従者を引き連れて歩き出したユジンをそおっと見送ってから、カナンはホッと息をついて立ち上がった。ユジンたちがだいぶ離れたことを確認してから、カナンは今度こそ門をくぐって行った。


 そんなカナンの後ろ姿を、ふと立ち止まったユジンがふり返って見送っていた。


「ユジンさま? いかがされましたか?」

「いや、何でもない」


 ユジンはほんの一瞬だけ不思議そうな表情を浮かべたが、すぐにかぶりを振って歩き出した。



 〇     〇



「久しぶりじゃん。どうだった、月紫ユンシィ国の皇子さまは?」


 中庭へ行くと、ちょうど通りかかったハルノに会うことが出来た。

 ハルノは仕事の途中だったので、カナンは今、ハルノが薬草園の手入れをするのを見よう見まねで手伝いながら話をしている。


「みんな騒いでたみたい。あたしは裏方だったから、ちゃんとは見てないけどね」

 カナンは慌てて、頭の中で侍女カナンの設定を作り上げた。


「うちの王子さまも元気になったみたいじゃない」

「う、うん。びっくりだよね」

「あたしさ、王子さま方が剣の練習をしてる時にちょうど近くを通りかかったんだけどさ、あんなに動けるほど回復してたなんて、ほんと驚いたよ」

「そ、そうだね。でも王子さまも疲れが溜まってたみたいで、昨日からはずっとお休みになってるみたいだよ」

「へぇー、まぁそうだよね。かなり無理してたのかも知れないね」

「うん……」


 冷や汗をかきながらカナンは答えた。

 仕方がないとはいえ、親しい人に嘘をつくのは心が痛む。


「で、カナンは休みが取れるようになったんだね」

「うん。ハルノの休みに合わせるから、都を案内してくれるかな?」

「いいよ。丸一日は無理だけど、あさっての午後からなら案内できるよ。それでいい?」

「うん、大丈夫。ねぇハルノ、都の名物ってどんなものがあるの?」

「名物って言ってもいろいろあるよ。食べ物とか土産物とかさ。カナンは何が見たいの?」

「うーん、土産物かな」

「土産物ね。いいよ。おすすめの店に連れてってあげる」


 ハルノは雑草を引き抜きながら、にっこりと笑った。



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