強敵
薄茶色の布を張り巡らせたテントは、人が数人入るのがやっとのサイズで、
難民キャンプのように、ランプが吊るされた一つの周りに同じようなテントが点在していた。
ランプの点いたテントから金髪の女性が顔を出す。
年のころは兄と同じくらいか。金髪の髪に青い目。西洋人特有の筋の通った高い鼻。
きれいな女性だった。
「勅使河原さん」
兄がその女性に人懐っこい笑顔を向けた。
勅使河原?どうみても日本人には見えない。ハーフだろうか?
いや、そんなことはどうでもいい。この女性と兄はどういう関係なんだろう?
「随分遅かったですね…その子が?」
勅使河原と呼ばれた外国人女性が、奈々華にどこか好奇の混じった視線を送りながら言った。
「ああ、妹の奈々華」
「へえ」
女性の好奇が強くなった気がした。なんなんだ一体。
「奈々華。この人は勅使河原…」
「テセアラ・バーンと申します」
テセアラと名乗った女性が、日本人のように折り目正しくお辞儀をする。
奈々華も形だけのお辞儀を返した。語感が似ているから勅使河原。兄らしいくだらなさだ。
同時にまずいな、とも思った。兄は気に入った人間にしかあだ名はつけない。
視線のこともあり、奈々華はあまり良い感情を持てなかった。
「テントの中へ…」
誘われるまま兄と二人テントの中へと入っていった。
テントの中は小さな蝋燭にぼんやりと照らされているが、全体的に薄暗かった。
中央に小さなテーブルがあるだけ。食器が隅のほうに乱雑に転がっている。
「これが中国地方…やっぱり信仰心は篤いね。東京へは五時間弱。支部にはあまり有用な人間はいない」
兄が淡々としゃべる。戦力調査とやらの報告だということは奈々華にもなんとなく分かった。
「そうですか…ご苦労さまでした」
向かいに座るテセアラの顔は少し翳っているように見えた。千人会とやらからすれば、
兄からの報告内容が芳しくないのだろう。
でも彼女以上に自分の表情は優れないだろうな。自分がこの場にいる意味がわからない。
兄が自分の知らない女性と話しているのも気に入らない。
「妹さんも退屈でしょうし、今日はこのくらいにしておきましょう」
テセアラが奈々華を気遣うような言葉をかける。意外と人の感情の機微に敏い。
ひょっとするとこのような状況で出会わなければ印象も違ったかもしれない。
「そうだね。休ませてもらうよ」
テセアラに一言言って兄はテントを出ていった。
兄がいないのでは、こんなテントにもこんな女にも用はない。
兄の後を追って、奈々華も立ち上がりかけると…
「お兄さんはいつもあんな感じなんですか?」
とテセアラが抑揚のない声で言った。
「あんな感じ?」
「なんだか飄々としていて、掴みどころがない。そのくせいざというときは
敵じゃなくて良かったって思うほど頼りになる…」
テセアラの顔はどこか熱に浮かされたようだった。あえて言うならそれは恍惚。
しかし気に入らない。兄の何を知っているというのか。
兄にどのような感情を抱いているのか。
「そうですね」
ひどく投げやりな返事を返し、奈々華はテントを後にした。