道程
そもそもテングル教は、多神教であり、主神が天鬼と呼ばれる鬼である。
陰陽道などに見受けられる鬼の概念と、日本神話などで散見される多神教的側面が融合した
ものだと考えられているそうだ。歴代教祖には神通力のような超常の力が備わっており、
その座は世襲制ではなく、どこからか資質のある子供を現教祖が見つけて来て、いくつかの
審査を経て次期教祖に任命される。チベット密教の転生活仏に似ている、と兄は説明した。
そしてテングル教は古くから日本国民の信仰を集め、宗教国家を作り上げるに至っている。
一方千人会はテングル側から見た、いわゆる異教徒の一派で、日本にもその教えをもたらそうと、海外からやってきた一団だそうだ。しかし土着の宗教と排他的なその教えにより、
布教活動は思うような成果を挙げていないらしい。
「そこで俺が招聘されて、その類まれなる戦闘能力と若さで布教の手助けを
することになったんだ」
兄がわざとらしく自分の胸を叩いた。
若さはよくわからないが、実際仁は剣道、空手の有段者であり、特に剣道は去年の
インターハイ個人の部で優勝したほどの腕前だ。
「でも危なくないの?」
「まあ大丈夫だろう。俺がやっているのは戦力調査だから」
「戦力調査?」
また聞きなれない言葉だ。
「各地の支部の規模、首都部へのアクセス。戦闘要員、非戦闘員…」
「何のために?」
「革命」
今度は聞きなれてはいるが、穏やかな言葉ではない。
兄に説明を求める旨の視線を投げたが、兄はこれ以上語る気はないようで、
フロントガラスとにらめっこを始めてしまった。
兄の運転する車は海延町を離れ、数時間走ったところで山道に入っていった。
舗装どころか車一台が通るのがやっと、といった狭い山道が螺旋状に山頂まで
続いているようだ。タコメーターの上の時刻表示は夜の七時を回っていることを告げている。
街灯もない山道はおそろしく暗く、兄は前のめりになって目を凝らしながら慎重に運転
している。車のヘッドライトだけを頼りに車はのろのろと山道を進んでいく。
兄の集中を邪魔しないように奈々華も口を噤む。この深い宵闇に世界は包まれてしまって、生者は自分と兄の二人だけになってしまったような錯覚を覚えた。
「どこに向かっているの?」
少し沈黙が怖くなった。
「アジト…いや千人会の活動拠点」
ほら見えてきた、と兄が暗闇の向こう、僅かな明かりを指差した。
暗闇の中にぽつんと蛍のような小さな明かり。目を凝らすと明かりの下にテントのような
ものが見える。奈々華と仁が安堵の息を吐いたのはほぼ同時だった。