信仰
雑木林をしばらく歩くと、山間部の集落とも村とも判断しにくい規模の家々が見えた。
茅葺き屋根のぼろっちい軒並みは、やはり日本のそれらを彷彿させた。
家の数はせいぜい十といったところか。どれも似たような大きさだ。
やっぱり日本じゃないの?と前を歩く兄の背中に言いかけたが、
村の広場にある彫刻を見て口をつぐんだ。
大きさは一軒の家の半分ほどもあり、白く上質な石で出来ている。
天使を連想させるような鳥類の羽を背に、布を纏った人型の体。
しかし顔の部分は厳しい表情ととがった牙、ちりちりパーマの頭髪からは
二本の角らしきものが飛び出していた。
鬼。にしか見えなかった。
「お兄ちゃん…アレ」
「ああ。テングル教の偶像だよ」
授業をさぼった報告と同じように、こともなげに兄が振り返って言った。
「テングル教?」
聞きなれない単語だ。日本にはそんな名の宗教は奈々華の知る限りではない。
「そう。この世界の日本では、神道も仏教もキリスト教も目じゃない。
テングルの神。天鬼本尊こそ信仰の対象なのじゃ」
仁が語尾を茶化して言い切った。顔もにやけている。
兄は大事なことを言うときこそ、本気でふざける。
「でも…こんな片田舎にまで」
「なんと国民の98パーセントが天鬼様に御執心なのです」
「そんな…」
自分が聞いたこともない宗教に、国民の大多数が帰依している。
そんなことは考えられない。あるとしたら…
「この国ではテングル教徒以外は非国民。理解した?
ここがなっちゃんのいた世界じゃないってこと」
そのくせ突然、ふざけた調子のまま核心をつく。
なっちゃんは信じるしかなかった。