エピローグ
よくわからない装置をテセアラが浮かない表情でいじくっている。
天野も兄の傍で笑っているがその笑顔に翳りが見えるのは気のせいじゃないはずだ。
奈々華ももはや二人を異世界に住む、自分とは関係のない他人とは思えず、気を抜けば泣き出しそうだった。
「準備は整いました…」
テセアラがゆっくりと、ゆっくりとこちらに近づいてきた。
「……そっか」
これでお別れか。こんな機械一つで私たちは今生の別れを迎える…親の仇を見るような目で天野がその装置を見つめていた。兄の無表情が無理をしていることを告げていた。
「泣いてはくれないんですね…」
テセアラの口調は責めるようではなく、ただただ悲しそうだった。
「……」
「私は…出来ることならあなたの世界に行きたい。けれど…」
「それはわらわも同じことじゃ。しかし我々には使命がある」
新たな道を歩み出したテングル教国家。その中心を担うのは間違いなくこの二人だ。
「留まることは出来ませんか?」
テセアラはもはや懇願するような声音だった。天野も泣き出しそうな顔をしている。
「俺達は元々この世界の人間じゃない。元いた世界に帰るのが道理さ」
同じ想いを抱く身としては同情を禁じえない。これじゃあ生殺しだ。出会わなければよかったんじゃないかとさえ思えてくる。
「だけど、俺達は…友達だ。困ったことがあればいつでも呼べ。力になる」
誰もそれ以上何も言わず、ただただ沈黙だけが続き、時間が流れた。
最後に見た二人の顔を奈々華は一生忘れないように心に刻んだ。
フランス人形のような西欧の美人。日本人形のような愛らしい美少女。
異世界にいる、決して交わることのない平行線ではあるが、確かに存在する友達。
右手に握った兄の手をきつく握りなおしながら、以前にも感じた浮遊感の中で奈々華は意識を手放した。
目を開けると、リビングの天井が見えた。
身を起こすと兄が見えた。虚ろな目でタバコをふかしている。
見慣れた我が家。見慣れた兄。帰って来たのだと思った。なんと声をかけようかと迷った。
兄が自分を異世界に連れて行った真意を尋ねようと思ったが、それは聞いちゃいけない気がした。また何となく分かっているような気もした。
兄は最初に異世界を見せてやると言った。だから決して自分本位ではなく、奈々華に何かを学ばせようとしたんじゃないだろうか。カタルシスのようなものを、啓蒙のようなことをしたかったんじゃないか。そしてそれは奈々華の心に起きた。
気が付くと兄はソファーで寝息を立てて眠っていた。気持ちよさそうに眠る兄の手から短くなったタバコを取り上げると、灰皿に押し付ける。
「お疲れ様」
最終話までお読み頂いた方がいらっしゃればここに感謝の意を述べさせていただきます。一応続編なんかも考えておりますので、機会があればまたお会いしましょう。