惜別
「主には感謝してもし足りぬな」
天野が天鬼教本部の、昨日木原と面会した部屋の上座に座りながら言った。テーブルを挟んでその正面に仁、両隣を挟むようにテセアラと奈々華が座った。
「あんなにぼろ泣きするとは思わなかったですけどね」
テセアラが兄を見遣って茶化す。出会った当初より幾分テセアラとも打ち解けたように感じていた。兄に対して同じ想いを抱く連帯意識のなせるわざかもしれない。
「お兄ちゃんは泣き虫なんだよ」
「そうかなあ…」
「良いではないか。本当に心が熱くなった時に泣けない人間より余程いい」
「それはそうですね」
兄は褒められて、むず痒そうに後頭部を掻いている。
「それに…あれは皆泣いてたしね」
兄の魂の慟哭とも呼べるような…心を突き動かす演説に、あの場にいたほとんどの人間は涙した。
「でも、あの一瞬でよくあんなにスムーズに演説出来たものですね」
それは奈々華も気になっていた。もし作戦に暗雲が立ちこめてから、即興であんな演説を行うことを考え付いたのだとしたら、脱帽するしかない。
「ああ、あんなん勢いだよ」
「え?」
本当に感謝感激していたらしい天野が顔を強張らせる。
「しかし俺に任せろ、みたいなこと言っておったじゃろう?」
「だから勢いで乗り切るから任せろってことだよ」
「な…なんと…」
いい加減な、と続くのだろう。奈々華もその意見には同意だ。隣のテセアラも開いた口が塞がっていない。
「あんなもんは考えてたってしょうがないんだよ。うじうじ考えてる間にも人が死んでいくんだぜ?」
実際に作戦を練り直していたら、三十余名の犠牲ではすまなかったかもしれない。だがあまりにも無計画が過ぎるとも思う。
「人も物も力を加えなきゃ、動かねえし止まらねんだよ」
「……」
演説の再演のように三人は黙って、兄の言葉を待った。もっと単純に、自分の想い人の思考に興味があるだけなのかも知れない。
「人の心を動かせるのは…人の心だけだ」
「しかし、念には念をってやつだね」
兄が言っているのは、千人会の伏兵をテセアラが近くに潜ませていたことだろう。
「褒めてもらう資格は私にはありません…」
「気にすんなって。しょうがないことだよ」
天野を助けるという計画が露見してしまったのは、兄と奈々華がテセアラと共にいたという目撃情報からだと、木原の証言で分かっている。おそらくは仙台で天鬼衣を着ていたとはいえ、外国人丸出しのテセアラが通行人の目に留まってしまったのだろう。ちなみに木原とその腹心の少年(柳という名らしい)は現在、司法を司る天鬼宗教裁判所とやらでその処遇を検討中とのことだ。
「そうだよ。大丈夫だろって根拠もなくゴーサイン出したお兄ちゃんが悪いんだから」
「まあな」
「褒めてはいないよ?」
三人が兄のとぼけた顔を見て笑った。兄もつられて笑った。