敵地
木原悠一は、みたところ四十代前半の男で、短く刈り上げた黒髪と大きな瞳に薄い唇をした二枚目だった。だがその整った顔立ちと精力的な双眸からは冷たい印象を受けた。自分とは相性が悪そうだとも思った。
「まあかけたまえ。もう少ししたら準備は整う」
優しさの欠片も感じられない声に聞こえるのは先入観のせいか。
「恐れ入ります」
兄が座るのを見て、なるべくフードが浮かないように気をつけながら奈々華も木原の対面の座布団に腰掛けた。柔らかい肌触りからこの座布団も安物ではないことを教えてくる。
「その少女が…天野様の仰った?」
「ええ」
探るような視線はこちらに来てすっかり慣れたものだった。
「天野様と同じ歳だと聞いたが?」
「そうです。今年十四になります」
不意に思った。まだ十四歳の天野が後継を選ぶのは常識的に考えておかしい。自分達は天野がこのままだと目の前の木原に暗殺されると知っているが、普通は十四の子供が今すぐにどうこうなるとは思わないんじゃないか。仮にそれがテングルの慣例だとしても、天野の後継だというのだから彼女より若い子供を選ぶのが筋ではないのか。
その時、障子が開いた。奈々華と同じくらいの少女が遠慮がちに両膝をついている。
「木原様、城山様…準備が整いましたので」
部屋を出て、縁側を降りるとまた砂利道が続いていた。顔を上げてその先を見遣ると真っ白い壁に真っ白の瓦屋根の庵が見える。敷地の最奥に位置するその建物。兄が言っていた神聖な間というのはあれのことだろう。どきどきと心臓の鼓動が耳の奥で大きく響いた。
左手に温かい感触がして、そちらに目を向けると兄が手を繋いでくれていた。そんなに不安そうな顔をしていたのか、と右手で顔を撫でるが、そもそもフードを目深に被った奈々華の表情が見えるはずがない。敵わないな、この人には。右手に顔の筋肉が緩む感触がした。
庵の中も外装同様に真っ白い壁紙に覆われていて、部屋の奥に立つ天野の白装束が壁と同化しているように見えた。表情なく佇む姿に、先日見た同年代の少女の面影はない。
「よく参られた」
「……」
兄の手の感触が不意になくなる。顔を上げると兄は寂しそうに微笑んでいた。
「神聖な儀式だからね。ここからは奈々ちゃん一人だ」
言い終わると、兄は木原とともに庵の白い扉を開けて出て行ってしまう。奈々華は初めて幼稚園に行った時、母が手を離して同じように申し訳なさそうに笑っていたのを思い出していた。
「そう固くなることはない」
天野が気遣ったような声を出すが、空っぽになった左手を握り締めると、奈々華は再び心臓が締め付けられるのを感じた。