中心
天鬼京駅から車で二十分ほど走ると、昨日見た天鬼教本部の大きな建物がいやが応でも視界を覆った。厳かな雰囲気の建物は昨日よりも少し、恐ろしく見えて手に汗が滲む。
しかも車中では、いつもは饒舌な兄も緊張しているのか、誰も何も喋らない。
いやな沈黙がかれこれ二十分は続いていて、もう目的地に着くまで
誰も話さないと思っていたが、
「ちょっとこのボタン押してみ?」
突然兄が左手の甲のほくろを助手席の奈々華に向ける。やはり雰囲気を和ませるのは兄だ。
奈々華が訝しみながら、そのほくろを人差し指で押すと、ブッという破裂音がした。
兄は満足気に笑っているが、奈々華は無言で窓を開けるだけだった。
「ここからは何も話さないでね」
先ほどの悪戯といい、兄は落ち着いているように見えた。これから敵の本拠地に乗り込もうというのに。黙って奈々華は、テセアラも恐らく、頷いた。
長い庭園を俯いて渡り、黒い門扉を目線だけ上げて確認した。近くで見ると扉は一枚の板から削り出されたもののようだった。まるで犯罪者だな、と思いながらもこれからやることを考えると堂々としていることは出来ない。
「城山が例の少女を連れてきましたと、木原氏にお伝え願えますか…」
「わかりました。少々お待ち下さい」
門扉の前に配備された男の一人が応対する。門扉がギイと大きな音を立てて開く。
男はその奥に消えていく。顔を少し上げて門の先を窺うと、砂利を敷かれた中庭のような空間のさらに奥にヒノキの縁側が見えた。もう少し顔を上げると、段差になった縁側の上を同じようにヒノキで出来た廊下が横長に伸びており、それに沿って障子が張り巡らされている。障子の奥はさしずめ応接間か。自分の家の何倍だろうかと、奈々華は思った。
「テシーちゃんはもう行ったみたいだね」
馬鹿みたいに大きな廊下を、勝手知ったる我が家といった風に迷いなく兄は進む。
「ああ、もう喋っていいよ」
ぴたりと着いて歩く奈々華を振り返って微笑を見せた。
「大きいね」
「まあ仮にも、宗教だけじゃなく政治も司る組織の本拠地だからね」
「…いきなり木原って人に会うの?」
いきなり黒幕と会うなんて聞いていない。こちらにも心の準備というものがあるのに。
「まあ…ね。でも木原だけと会うわけじゃない」
兄が廊下の角を曲がる。どうやら四角い建物を堀のように廊下が囲っているらしい。
いくつか障子の閉じられた部屋があったが兄は見向きもせずに、四角い廊下を闊歩していく。
入り口から一番遠い辺の廊下の丁度中間あたりの、奥まった一際大きな部屋の前で兄は遂に足を止めた。振り向いた兄の真剣な顔に、いよいよだと気を引き締める。
「城山です。例の少女を連れて参りました」
「どうぞ」
中からくぐもった低い声が返ってきた。