三人
今から不安になってもしょうがないとは思いつつも、自分のやることを考えると心は穏やかではいられなかった。奈々華は作戦当日テングル教指定の(初めて名称を聞いたところ天鬼衣という安直さだった)ローブに身を包み、兄に連れられて、教祖及びそれに準ずる一部の人間しか立ち入ることを許されない神聖な間に通され、そこで天野含め数人の幹部から、次期教祖に相応しいかのテストを受ける。
「大丈夫、ミスったらお兄ちゃんが全員鉄拳制裁するまでだから」
行きと同じように同室の兄が快活に笑った。それが不安なんだが。出来る限り穏便に済ますには、やはり自分がしっかり責務を全うするしかなさそうだ。
「まああまり関心はしませんが」
二人しかいないはずの室内に、第三者の、テセアラの声がする。
「やっぱり慣れても不気味だな」
兄がソファーのやや上に向かって、タバコの煙を吐き出す。途端にゴホゴホとテセアラの咳払いだけが聞こえてくる。試験を兼ねて既にテセアラは姿を消す薬を飲んでいる。薬を飲んだ人間に当たる光を屈折させるらしいが、詳しい原理なんかは説明を聞いたものの、奈々華にはちんぷんかんぷんだ。
「全く…今度やったらくすぐりますよ」
テセアラの声が聞こえたかと思うと、兄が身を捩りながら笑い出す。
「はは、やめ。ははは、もうやってんじゃん」
傍目からは兄が珍妙なダンスを踊っているようにしか見えない。兄がタバコを取り落とし、ズボンに穴を開けるまで笑い声は絶えなかった。
「上手くいくといいね」
ズボンの焦げ目をさすりながら、兄が不意に真面目な声を出した。こういうところがテセアラをして掴みどころがないと言わしめるのだろうな、と思った。
「そうだね」
「そうですね」
二人の声はほぼ同時。天野を助けるという気持ちもさることながら、二人は魅せられているのだろう。子供のように単純で、優しくて強い兄の気持ちに。
奈々華の責任。革命という社会変動が巻き起こるかも知れない。千年近く続いたテングル教の体制を覆すことになるのかも知れない。それに手を貸そうとしている。
不安が払拭されたと言えば嘘になる。それでも兄のために、兄が喜ぶ顔を見るためにやるんだと思うと少し力が湧いてくるような気がした。
「そろそろだな」
窓から見える景色は変わらないが、着実に列車は天鬼京に近づいている。車内アナウンスが、間もなく天鬼京に着くことを告げるとともに、列車の窓に天鬼京の街並みが見えてくる。相変わらず巡礼目的らしき、天鬼衣に身を包んだ人々が、忙しなく街を行き来していた。
隣を見ると、兄の真剣な横顔が目に映る。テセアラも兄を見ているような気がした。
上手くいくといいねと、心の中で兄にもう一度語りかけた。