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神愛

再び天鬼京線に乗って、天鬼駅まで戻るとそこから天鬼鬼山線という、これまたおどろおどろしい電車に乗り込んで、東北地方を目指すことになった。折角東京まで出てきたのだから、山梨のベースに一旦戻るのは手間になると判断したためだった。

「なかなか快適な部屋だね」

鈍行の寝台列車は初めてで、奈々華はどきどきしてきた。二部屋取ろうとする兄を押しのけ、一部屋で頼んだ自分の機転を褒めちらかしたい気持ちにもなった。

「どうすんだよ。ベッドが一つしかないぞ」

押しのけられたとき、受付窓口のガラスに強かにデコを打ちつけた兄は少し不機嫌に見えた。

「いいじゃん、兄妹なんだから一緒に寝れば」

「……」

酔っ払いみたく赤くなっているであろう顔が見えないように、部屋の窓に張り付くように外を眺めた。東京、天鬼京から数十分離れただけなのに、もう田園と山々しか見えなくなっていた。テングル教指定の黒っぽいローブを半袖にした老人が農作業をする姿がゆっくりと流れていく。


「俺は簡単に言えば二重スパイなんだよね」

安っぽいソファーに深々と腰掛けた兄が他人事のような調子で言った。

「二重スパイ?テングルと千人会の?」

「そ。だから天野とも親しかったわけだ」

兄が多くの女の子と親しくなっている元凶とも言えるわけだ。

「あの子を救うっていうのも関係あるの?」

鋭い、と指を鳴らした兄だったが二の句を次げず、押し黙ってしまった。言うのを躊躇っているというよりは、言葉を選んでいるという感じだった。

「俺はこっちに呼ばれたあと、しばらくは千人会のために動いてたんだが…ある日天野が突然現れて、色々あって友達になったんだ。そしてあの子を取り巻く状況を知った」

「……」

無言で先を促す。兄は知ったのは偶然だったんだけどな、と前置いて

「あの子は…後三日で暗殺される」

剣呑な言葉に表情筋が強張るのを感じた。三日後にあの少女が暗殺される…

「あの子は若さも手伝ってか、臣民の情報統制や教えの名目で課される掟を緩和しようとしたんだ。それが教内部の保守派の逆鱗に触れた」

身振り手振りを交えてコミカルに説明しているが、兄が怒っているのは手に取るように分かった。引き攣ったように頬を歪めているが、目は笑っていない。

「どんな組織でも長く権力を持つのは、決していいことばかりじゃない」

「あの子は…天野さんは知ってるの?」

「気丈に振舞ってはいるが、毎日恐怖に怯えているはずだ」

膝の上で組んだ兄の手が少し震えているのに気が付いた。こんなことならもう少し兄と一緒にいさせてやれば良かった。自分を罵りたい気持ちで胸が熱くなる。


「でも…でもあの子は俺が助けてやるって言ったら…笑ったんだ。分かったって。

ありがとうって」

兄はもうほとんど涙声だ。奈々華の視界も怪しくなってきた。

この優しい兄が、死に行く運命の少女を、友と呼ぶ少女を見捨てられるはずがない。

「だから俺が絶対助けるんだ。例え人々が平和に、心豊かに暮らせている世界を壊すことになっても……君を巻き込むようになってしまったのは本当に申し訳ない」

「……」

「だって子供が犠牲になる宗教なんてクソ食らえだ。子供が泣いている社会なんか最悪じゃないか!」

本当にどうしようもなく優しい人。世界よりもたった一人の友達のために命を懸ける。

それはあなたにしか出来ないこと。だからこそ私はあなたを愛している。

狂おしいほどに愛おしい優しさ。奈々華が応えない道理は何一つない。

「水臭い。怒るよ?」

奈々華の言葉に、仁は涙でくしゃくしゃになった顔を笑顔に変える。

心からの感謝と愛情が伝わってくる。

鼻水を垂れ流しながら笑う醜い顔を、世界で一番キレイな笑顔だと思った。

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