日常
「奈々華」
校門まで歩いて行くと兄は既にいた。
奈々華のナンパ事件以降、兄は自分の高校の授業が終わると、
奈々華を迎えに来てくれるようになった。
兄は過保護かな、と言っていたが奈々華は嬉しかった。
「ごめん、待った?」
まるで恋人同士みたいだ。顔が緩むのを感じる。
「さっき来たとこだよ」
「でも早かったね」
「ああ、俺数学嫌いだから」
サボった、と続くのだろう。
悪びれる様子もなく、仁は奈々華の中学の校門に背を預け、
眠たげな目をこすった。
兄は自分の目元をあまり好いておらず、キツネ目だとか死んだ魚のような目、と称することがあるが、奈々華はその細長く眠たげな印象を受ける目が可愛らしくて好きだった。
コンクリートの白が仁の黒い学ランを汚す。
「サボってばかりいると留年しちゃうよ?」
「大丈夫だって」
何の根拠もなく仁が鷹揚に笑う。
大丈夫じゃないって、と言いかけて止めた。
何を言ってもこの不真面目な兄には馬耳東風。
嫌なことからは全力で逃げる、と常日頃兄は豪語している。
深いため息だけを吐いて、
「まあいいや。帰ろう」
と奈々華も笑顔を返した。
なんだかんだ言っても兄のこういう所も嫌いになれずにいる。
「おう」
先に歩き出した兄の背中を半歩後ろから眺めつつ歩いて帰る。
春の夕暮れは風が気持ちよく、夕日は幻想的だった。
兄が赤い夕日に、その細い目をさらに細めているのが目に浮かんで小さく笑った。
「この日常が続けばいいな」
奈々華は本気で思っていた。