友人
鬼頭本線とは、首都天鬼京から近畿地方までを結んだ長い鉄道で、自分達と同じように巡礼目的から利用する者が大半だという。確かに客層を見ると年配の人間や、いかにもテングルに傾倒していますといった身なりをした人間が目立つ。兄が極右だ、極右だと騒ぎ立てるものだから肝を冷やした。普段は賢いのに、時々信じられないほど何も考えずにものを言うのは兄の悪い癖だ。
「テセアラ、何か元気なかったね」
兄が妹にはたかれた頭をさすりながら、独り言のように言った。今日は特にやるべきこともないらしいので、休暇を取って天鬼京まで足を運びたい旨テセアラに伝えたそうなのだが。
「…気になるの?」
「まあ。報告はそれほど予想外のものでもなかったはずなんだが…」
兄はしゃべりながら、キョロキョロと車内を見回す。車内、及び性能も新幹線に酷似しており、それほどもの珍しいこともないはずなのだが。
「……」
「やっぱり、俺との仲を疑われたことと関係あるのかな?」
「……」
さて、どう答えたものか。テセアラの想いを兄は完全に確信しているのか、否か。
兄がタバコを取り出すと、慣れた手つきで火をつける。顔からは何の感情も窺えない。
「…お兄ちゃんはどう思ってるの?」
墓穴を掘らないように慎重に尋ねた。なんだか結局テセアラに協力しているようにも思えたが、兄の返事がどうあれ本人に伝えてやるつもりはない。
「…いい娘だと思うよ。遠慮深いし、器量もいい」
車内アナウンスがどこかの駅にあと何分かで到着することを告げるのが聞こえた。
「じゃあ…じゃああっちがもし、もしも告白してきたら?」
自分が兄の顔を、穴が開くほど見つめているのに気がついたが、視線はそらせなかった。
兄は相変わらずの無表情でタバコの煙にわずかに目を細めた。
「どうだろうね。あの子は俺の良い部分しか見ていない。告白を受けたとして双方いいことにはならないかもしれないな」
「……」
「それに、付き合うとなれば遠距離恋愛どころか…異世界恋愛なんて」
初めて兄が歯を見せた。
「そっか…よかった」
心からそう言った。今のところ兄はテセアラと付き合うことには積極的ではない。緊張で乾いた喉を潤そうと水の入った紙コップに手を伸ばすと、電車は先ほどアナウンスのあった駅に停車した。鬼瓦駅というらしい。いちいちいかついな、と思った。
「なんで良かったんだよ?」
「え?」
やっと自分の失言に気付いたと同時に、汗が噴き出した。
まずい。何かそれらしい言い訳しないと。自分の思いに気付かれてしまう。今はまだそのときじゃない。軽蔑されるかもしれない。
「そんなにあの子を嫌うこともないだろう?」
兄がまた車内をちらちら窺いながら言う。どうやら兄は奈々華が、気に入らないテセアラと自分が懇意になるのを嫌がっていると思ったらしい。
「……」
「まあいいけどな。さあお迎えだ。行くぞ」
「え?」
兄は急に立ち上がると、発車したばかりの車内を歩き出した。
兄が向かう先には黒髪の少女が、兄に向かって控えめに、しかしどこか嬉しそうに手を振っていた。おかっぱに切りそろえた髪とパッチリした瞳に、柔らかそうな頬。日本人形みたいに愛らしい女の子だ。
「厄日かな…」
立ち上がろうとしたが、電車の揺れと虚脱感で再び座席に倒れ込んでしまった。