辟易
山梨県の、これまた山間部にあるテント群に辿り着いたのは、日の暮れかかった午後五時を過ぎた頃だった。辺りには人気はなく、人を埋めていても見つかることはなさそうなくらい辺鄙な場所。隠れ潜むように、山の中腹に構えられたテント群はなんとも物寂しかった。
まずはテセアラを探そうということになり、テントの間をうろちょろしたが見当たらない。
「ウンコかな?」
さすがに女の子に対して無粋が過ぎる兄をたしなめようと、水筒を振りかざした時、
「おお、君が仁君かい?」
少女の声がした。振り返るとそこには茶髪の女の子が立っていた。
色白の肌にそばかすが見えるものの、やはり外国人然とした鼻の高い整った顔立ち。
ややあどけなさが残るその風貌から、奈々華と同じくらいの年恰好だと判断できる。
「そうです。テセアラさんのお友達ですか?」
友達という呑気な表現が兄らしいと言えるが、少し場違いに響いた。
「そうだよ。テシーはお手洗い。あたしのテントで待つといいよ」
兄が親指をつき立てて見せる。まだウンコかはわからないだろうに。
「あたしの名前はリジット・エヴァンス」
そばかすの少女が親指をつき立てながら自己紹介をする。どうやら兄がするのを見て、気に入ってしまったようだ。リジーと呼ぶのさ、と息巻いている。
リジットことリジーは、千人会の中ではそれほど重要なポジションにはなく、専ら日本での活動はこの山梨ベースでの雑用なのだそうだ。仁のことも仕事で知っていたわけではなく、友人のテセアラから聞いていたという話だった。
「テシーのヤツ、仁のことそれはもう嬉しそうに話すからさ…あたしも興味深々なわけよ」
「はあ」
「あいつアンタに気があるのかもね。今度かまかけてみるといいよ」
「考えておきます」
「でもさあ、蓋開けてみたら全然普通の男じゃん?」
「そう言われましても…」
兄はほとほと困ったという様子だった。敬語も崩さないところを見ると、このしゃべり続ける少女を苦手と判断したらしい。奈々華としては、ひとまずは安心ということになる。
しばらくして、テセアラがテントにひょっこり顔を見せたのは、兄の少女に対する相槌もかなり適当になってしまった頃だった。奈々華自身も優しく接してやった自信はない。
「随分と盛り上がってますね」
苦笑交じりのところを見ると、テセアラも本気で言っているわけではないようだ。
「ああ、有難いお話を頂戴していたところだよ」
兄の皮肉に、テントの入り口から差す夕日を背負ったテセアラが苦笑を濃くする。
「テシーが仁にホの字だって話してたんだ」
途端にテセアラが夕日に負けず劣らず、顔を朱色に染める。なにを、そんな、などと呟いているが、図星を突かれているのは火を見るより明らかだった。
恐る恐る兄を見遣ると、微笑ましいものを見るように穏やかに笑っていた。
何を考えているのか分からない。照れるでも、嫌がるでもなく、ただ笑っている。
奈々華は、混乱と焦りが胸を締め付けるのを一人感じていた。