妄信
街角の交通量調査みたいなものだった。道行く人々の格好からその信仰心のあるなしや
その深さを測っているそうだ。例えば若者は信仰心が薄く、自分達のいた世界とさほど変わらないチャラチャラした服を着ていることも多く、シンボルである偶像を模した鬼の角のペンダントをつけていない、もしくは少しアレンジした色形のものを首から提げていたりする。
逆に年配の人間はきちっとした服装か、袈裟ともローブともつかないテングル教が定める、信者の正装で歩いている者もいる。当然ペンダントも原型そのままで首にかかっている。
それぞれの数を、目立たないように両手に持ったカウンターでカチカチやっているわけだが…
「ねえ、退屈じゃない?」
「発狂寸前だね。全部殴っておとなしくさせるか…」
兄がタバコを乱暴に踏み消し、おもむろに立ち上がる。この人はやりかねない。
「もうちょっとで千人だから、落ち着いて」
千人が言いつけられた、計測人数だそうだ。
「大体俺にはこういう地味な作業は向いてないんだ」
渋々腰を下ろして再び往来に目を向けてくれた。間髪圧入れずにタバコに火をつけるくらいは目をつぶろう。逆に奈々華は内心なかなか面白いな、と感じていた。
宗教国家と言えど、その信仰心には個々人開きがあり、服装など目に見える形でそれが顕れている。
時折年配の人間が、若者に理解しかねるといった視線を向けているのも、国や宗教だとかいったバックボーンが違っても、人の本質が変わらないことを教えてくれるようで妙に奈々華を安心させた。
「何か安心するだろう?ここ」
「え?」
さっきまで人を殴りつけ、動きを止めて計測しようとしていたのに。どんな心境の変化だ?
「テングルは情報統制や経済介入なんかもやる、社会主義的なところがあるんだけど…
人は皆純朴で、憎めない」
「そうだね」
さっきまで自分が思っていたことを、実は兄も感じていたのか。
男女別々に暮らす掟もあって、ベンチに並んで腰掛ける自分達はさしずめ若い夫婦と見られるらしく、計測を始めてから何度も、老若男女問わず、ものをくれたり、話しかけてられたりしていた。
「トマス・モアの描くユートピアは孤島が舞台だったし、ネオリベラリズム経済はチリに格差社会をもたらしただけだった」
「……」
「人が暮らしていくのには、何か、何でもいいから信じられるものがあればいいのかもしれな い。たとえそれが妄信であったとしてもそれは人の支えになる」
兄は宗教には懐疑的な姿勢をとっていた筈なのに。どんな心境の変化だ?
ひょっとしたら兄は自分と同様に、奈々華にも視野を広げて欲しいという思いからこの世界に連れてきたのだろうか。もしそうなら兄は知らないが、それは必要ない。
自分には信じられるものが一つだけある。妄信とは呼びたくないものが一つ。
少し熱く語ってしまったせいか、照れくさそうに笑う兄の顔を見つめた。
全幅の信頼を瞳に込めて、兄が少し本音を語ってくれたことに喜びを込めて。
いつも飄々としている?あなたがまだ兄のことをよく知らないからだよ。
ほんの少しの優越感は、熱に変わって。