単純
奈々華達のいた日本でいうところの山梨にあたる場所に千人会関東支部があるらしく、
そこでテセアラを降ろすと、近隣で戦力調査とやらを開始することになった。
テセアラは一目で外国人だと分かるため、二人でやらなければならないらしい。
奈々華としては非常に助かる上、兄と二人きりなのだから文句はないが、
兄は不満であるらしかった。また頭を掻きながら渋面を作っている。
「どうしてあんなに突っかかるんだ?」
それをあなたが聞きますか。私に言えと言いますか。
沸々とやり場のない怒りが湧いてくる。いっそ言ってしまおうか。
兄が好きだからです。兄を取られたくないからです、と。
「まあ気付いてはくれないよね…」
本当のことを言う勇気がない奈々華の、精一杯の抵抗だった。
「風強いな」
手で覆っているにも関わらず、兄のジッポライターの火が、風に激しく揺られている。
「聞けよ」
「え?」
苦労の末タバコに火を点けることが出来て、兄は嬉しそうに微笑んでいた。
戦力調査とは、来たる革命の日によりスマートにテングル教を失権させるために、各地の
信者の数や状況、支部からの本部増援にかかる時間などを調べることが主目的である。
というのも千人会は無血革命を目指しており、また布教に際しても個々人の自主性を
重んじて行いたいという、慎重かつ道徳的な方針を掲げているらしいのだ。
「でもとっくに調査しているんじゃないの?」
ここは都心部に近い関東地方だ。第一に調べるべきだろう。
「彼女達は一目で外国人だと分かってしまう。もし顔を特殊メイクなんかで細工しても
文化が違いすぎるからね…外国人イコール千人会だと認識されているからバレるとことだ」
それで比較的文化も風貌も似通っているであろう、日本人の仁が来るまで迂闊に動けなかったということか。
「あとは関東と東北…北海道は遠いからいいだろうってことでこの二地域で終わり」
「終わったら?」
「革命」
短くなったタバコを踏み消しながら、兄が事も無げに言う。
奈々華はぶるっと身震いした。無血革命とは言え、時代の転換期になるであろう事件に
立ち会うことになるかも知れないのだ。それに血が流れない保障もどこにもない。
自分と兄はそんなことに加担している。そう思うとそこはかとなく怖くなった。
「大丈夫。血を見ることにもならないし、きっと良いことになるよ」
俺を信じろ、と再び頭を撫でられる。何にも事態は変わっていないのに、それだけで、
恐怖が消えてゆき、安堵に胸が満たされるのを感じた。