子供
「でも私は今日から何をすればいいの?」
何故連れて来られたのか追求する気はないが、行動の指針くらいは示して欲しい。
ちなみに昨晩のなぞの言動も追及しない。恥ずかしくて忘れたいくらいだ。
「俺と行動を共にしてくれたらいい」
地べたにテントの布一枚という劣悪な環境で眠ったにも関わらず、兄は元気そうだ。
「うん。わかった」
「ついでに勅使河原女史も一緒だ」
一気にテンションが下がるのを感じた。
兄の運転する車は、兄妹とその他一名を乗せてスムーズに山道を下っていく。
「今日は関東支部に行くの」
テセアラは奈々華の敵対心に気付いていないのか、気付いていてあえて気さくに接しているのかはわからないが、車に乗る前からずっと奈々華に笑顔を見せていた。
「はい」
兄から聞きました、と言ってやりたい衝動は奈々華の良心が辛うじて抑えた。
「ごめんね、奈々は人見知りするんだ」
「そうですか…カワイイですね」
あなたに褒められても嬉しくない。第一これは人見知りじゃない。
大人げないなとは思いながらも、窓の外に顔を向けた。
種類もわからない木々がゆっくり流れていく。
「困ったもんだよ」
後部座席からくすくすというテセアラの忍び笑いが聞こえてくる。
奈々華はしかめっ面が映らないように、開閉ボタンを押して、窓を開けた。
「でも仲が良くていいですね」
テセアラと兄は、すっかり無口になってしまった奈々華をよそに会話を続ける。
「そうだな、仲はいい方じゃないかな」
なあ、と言って兄が頭をぐりぐりと撫でてくる。顔が緩むのを必死に抑えた。
兄は必ず、会話に入ってこれない人間にさりげなく話しかけたり構ったりする。
そういうところも奈々華は好きだった。
「昨日だって同じテントで…」
「お兄ちゃんお茶」
蒸し返すな。一人で舞い上がったことを思い出してしまう。本当何だったんだよ。
兄が苦笑しながら水筒に入っているお茶を、片手でやりにくそうに紙コップに注いだ。
「でも家族を大事に出来る方って素敵です」
それはそうだ。並の兄なら自分でやれと言うだろう。不機嫌な妹に気を配るのを面倒くさがるだろう。テセアラもたまには良いことを言うようだ。
「そうか?じゃあ結婚するか?」
兄の冗談は冗談にならない時がある。お茶を慌てて飲み干す。
「え?えっと…」
バックミラー越しのテセアラの頬が朱色に染まる。
「お兄ちゃんお茶!」
返事に戸惑っていたテセアラも、冗談だと言いかけていた兄も黙ってしまった。