気侭
「奈々華、テントはどうしよう?俺と共用になるか、さっきの勅使河原さんとになるか」
テセアラのテントを出ると、奈々華を待っていた兄が聞いてくる。
一考の価値もない。
「お兄ちゃんと一緒がいい」
仁はふっと笑うと、奈々華に背を向けて歩き出した。
この鋭い兄は妹がテセアラに良い感情を持っていないことに気付いているように見えた。
後姿の兄が右手でぽりぽりと頭を掻いている。困ったときの癖だ。
兄の話によると自分たちが今いる場所は、広島県の山間部に当たるらしい。
ちなみにここから見た外国、つまり千人会隆盛の場所ではかなり科学技術が発展しており、
時空転移装置なるものも発明されていて、自分たちをここに連れてきたのも
それの仕業らしい。都市部から随分と離れているのは、それだけテングル教の影響力が
強いからとのこと。左翼のレジスタンスみたいだな、と兄は揶揄した。
左翼というのは、兄の言った革命とやらに関係があるのだろうか。
「革命って何をするの?私はどうして呼ばれたの?」
言って今更だなと思った。実際のところ興味はなかった。
兄が信じろと言った以上、自分に損になるようなことはしないはずだ。
久しぶりに兄とひとところで寝る高揚を抑えるために聞いてみただけだった。
「革命…テングルをひっくり返して、異教の神を民衆に勧めようってんだから革命だろ?
君を連れてきた理由は…おいおい分かるさ」
含みのある言葉だったが、無理に聞こうという気にはならなかった。
兄が一緒なんだから大丈夫。ある意味自分は兄を信奉していると言っても過言ではない。
「ところで…」
仁が珍しく言いよどむ。
「?」
「ところで奈々華は処女か?」
「は?」
兄の言葉を脳内で反芻する。処女?何故そんなことを聞く?
「えと…そうだけど」
「そうか。それは良かった」
兄が少し照れくさそうに、嬉しそうに笑う。
奈々華は鼓動が高鳴るのを聞いた。
「今日はもう遅い…寝るか」
一つしかない毛布を見つめ、奈々華は顔が赤くなるのを感じながら頷いた。
もしかして兄も自分と同じ気持ちなんだろうか。両想いだったのか。
「その…まだそういうのって早いっていうか…」
兄は自分をそういう対象と見ているのか。そういう行為に及ぼうと思って聞いたのか。
高揚と動揺で眩暈がしてくる。
兄が動く気配がするが、顔を上げるふんぎりがなかなかつかない。
何を躊躇う必要があるのだろうか。ずっと願ってきたことだろう。
決心して顔を上げると、兄は既に毛布も使わずにテントの隅でいびきをかいていた。
「なんなの、一体?」
テントに吹き込んできた山の夜風が、兄の前髪を優しく揺らした。