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出会い

 リディアは、クライバー公爵領内の、シュリという町で暮らす6歳の女の子だ。シュリは、農村にかこまれた、領地で一番治安の良いと評判の町である。そんなシュリの町にある屋敷で、乳母のアネット、料理人のヘルマン、庭師のヤンに馬丁のジェラルド、その他10人程の使用人と共に、リディアはのんびり暮らしている。


 ある夏の初めに、父侯爵と父の友人であるウォルシュ卿がリディアをたずねてきた。


「リディアただいま、いいこにしてたかい?」


「はい、とうさま、今日は、ズッキーニをしゅーかくしました。」


「やぁ、リディアちゃん、ご機嫌はいかかがな?」


「いらっしゃいませ、アルバートおじさま。」


 リディアがアネットに習ったばかりの淑女の礼をしてむかえると、ウォルシュ卿は、後ろに隠れるように立っていた男の子を引きずり出し、リディアのほうへ生贄に差し出すように押し出した。


「この子はヴィクトール。とっても恥ずかしがり屋さんなんだけど、仲良くしてくれるかい?」


リディアは突然あらわれた少年をみて興奮した。その少年は、リディアの大好きな物語に出てくる魔法使いと同じ黒い目と黒い髪だったのだ。リディアは一目でその少年が気に入った。


「はい、わたし、やさしいおひめさまになります。」


  リディアは、嬉々として少年の骨ばった手をつかんだ、しかし少年はさっとふりほどいた。リディアは、今度は両手で少年の手を握ったが、また振りほどかれた。


 しばらく、掴む、振りほどく、掴む、振りほどくの攻防をくりかえしたが、少年はあきらめた。リディアは気分よくその子をぐいぐいひっぱって、とりあえず厨房に連れて行った。大人はそれをほほえましくみまもった。


 厨房で、菓子作りの準備をしているヘルマンにヴィクトールを紹介した。


「ヘルマン、今日はこの子もいっしょでいいかしら?」


「はいはい、もちろんかまいませんよ。ちゃんと手をあらってくださいね。」


「今日はなにを作るのかしら?」


「ふーん。それっておいしいのかしら?」


 リディアは、今日収穫した野菜のズッキーニを思い浮かべてヘルマンに聞いた。


「もちろんですよ。ところで、そこのぼうずは名前はなんていうんだい?」


「びぃるるーるよ」

リディアは胸をはって答えた。


「ヴィクトール」

少年は小さな声で言い直す。


「びぃるとーる」


「ヴィクトール」

少年は少しだけ大きな声で言い直す。


「はいはい、ヴィクトールっていうんだね。良い名前じゃーないか。」


「びぃるとーる。はなんさいかしら?」

リディアが尋ねる。


「9」


「ふーん、じゃあわたしがお姉さんね。」


 お嬢様は6才だけどなー とヘルマンは心でつぶやいた。



 一緒に菓子作りを終えたリディアは、達成感で満足していた。恥ずかしがり屋のヴィクトールは何をするにも消極的であったため、リディアはしっかりとお姉さんらしく面倒を見てあげたのだ。ヴィクトールの手を洗ってやったり(ヴィクトールを水浸しにしたり)ヴィクトールの顔についたラズベリーを拭いてあげたり(ラズベリーを顔に塗りたくったり)マフィンを手ずから食べさせたり(マフィンを無理やりくちに押し込んだり)したのだ。ヴィクトールは年下の子にさんざんやりたいようにあつかわれてひどく疲れた。


 それからヴィクトールは頻繁に邸に通ってきては、リディアの遊び相手を務めた。かくれんぼうや虫取り、水遊びやどろんこ遊びにつきあわされた。一番の苦行は人形遊びであった。


 ヴィクトールは無口で、表情に乏しく、楽しいのか楽しくないのかリディアにはわからなかったが、泣いたりしないしまぁいいか、くらいに思っていた。屋敷のものは、規格外のお嬢様に辛抱強く付き合うヴィクトールを陰ながら賞賛していた。


 ある日、馬丁のジェラルドに連れられて、二人は川釣りにきた。

魚を何匹かつりあげた後、ジェラルドに言われて薪のための小枝を二人で集めていた。ふいにヴィクトールがはじめてリディアに話しかけてきた。


「なぁ、おまえ貴族なんだろ?」


「きぞくってなに?」


「おまえの父様やアルバート様のことだろ。」


「ふーん、それって強い?」


「強い? まぁ、そうだな。」


「ふーん」


「おふくろ、えっと、おかーさまはいないのか?」


「いるよー」


「なんで、いっしょに暮らしてないんだ」


「えー、それはー、にーさまたちがー、がくえんでー いろいろなのよ。」


 ヴィクトールはそれ以上の追及をやめた。複雑な事情があるようだ、この子供は「庶子」なのかもしれないと思った。リディアは面倒くさいが、根は悪くない。いっしょに過ごすことに多少慣れてきた。


「俺のこと、ヴィーって呼んでもいいぞ。」


「ほんとう?やったー、ヴィーだいすきー。」


 突然に伝えられた、純真な好意に、ヴィクトールは固まった。


  ヴィクトールが、リディアと初対面して、1か月ほどたった頃、部屋を与えられ、共に暮らすようになった。そして、シュリの屋敷に新しい使用人がはいった。家庭教師のチチである。以降、リディアとヴィクトールはそろって勉強するようになった。のんびりとした性格で集中力のないリディアとちがい、ヴィクトールは非常に優秀な生徒であった。



「おい、なんで全部たしてるんだよ、それ掛け算だぞ」


 リディアは掛け算の問題の書かれた紙を斜めにかたむけてると


「こうすると、足し算になったの」

といけしゃあしゃあと答えた。


 チチは笑いをこらえているようで肩がふるえている。


「んなわけないだろ、ちゃんとまじめにやれよ」 


「えーでも、10より大きい掛け算なんてむりよ」


「だから、暗記しろって。まるごとおぼえるんだよ」


「ヴィーすごーい。ヴぃーかっこいいー。ヴィーがいつも私といっしょにいれば、私は覚えなくても良いと思うの」


「そーゆーことじゃないだろ」


「ヴィー 大好きー。」


 シュリの邸は今日も平和だ。


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