イモリ料理 ※黒コゲ
「とりあえず契約したのはいいけど、どうやって魂と力を返してくれるんだい? 特に変化は感じないんだが?」
ユリウスは自分の体を見ながら、差異を感じようとした。しかし契約前と特に変わったような感じはなかった。幼い頃感じた、熱く強い魔力も消失したままだ。
「いきなり返すとユリウスが耐えきれませんからね。私の魂とユリウスの魂が癒着してしまってますから、お借りした魂の形が少し変わっています。魔力の質も私のものが入り混じってますから、そのままお返しするとユリウスの体が弾けて死にますわ」
えぇ……!? ユリウスは驚いた。だってそうだろう、すぐに取り戻せないと言われたのだ。
「流石に体が弾けるのは嫌だな。しかし何か別の方法があるんだろう?」
ヴィクトリアは俺の目元を見ながら説明を続けた。よく見るとヴィクトリアの睫毛は長い。綺麗にカールしていて、引き込まれてしまう。
「私と一緒に生活していけば、ユリウス自身の魂と私の魂が親密に近づきますわ。リハビリみたいなものですわね。ある程度馴染んできたら、少しずつ魂をお返しします。そうすれば、問題なく事が進みますね」
魂のリハビリか。ヴィクトリアは魔王を滅ぼす程の魔女。それは凄まじい力があるのだろう。うだつの上がらなかったユリウスとは釣り合わないってことだろうな。
「なるほどね。じゃあ早速だけど何をするんだい?」
「そうね、まずは食事にしましょう。交遊を深めるためにもね」
ヴィクトリアは片目を小さくウインクした後、台所へそそくさと向かってしまった。とてもキュートだが、よく見るとヴィクトリアも恥ずかしそうである。
グゥとユリウスの腹の音が鳴りった。どんな食事が出てくるのだろうか。少しだけ待つと、何だか焦げた臭いが……
「お ま た せ。イモリの素焼きを作ってみたの、どうかしら?」
ユリウスは目を覆った。まずイモリなんて食わないし、そもそも真っ黒に焦げている。付け合わせのパンは問題なさそうだが。ヴィクトリアを見てみると、不安げにユリウスを見ている。これは食わないといけない奴だとユリウスは直感した。
「料理は見た目じゃないしなぁ。まぁどれどれ。うぉツ……」
これは……、効くな。独特の触感と味覚だ。昔、死にそうになった時に食べた野草の味である。このイモリ料理は全てが間違っている。断言できるが……
ユリウスはヴィクトリアが様子を伺っていることに気が付いた。ヴィクトリアの表情が抜け落ちたように真顔だ。もしかしたら食べた時の苦渋が顔に出ていたかもしれないと思い至る。
そんな風にユリウスが評価していると、ヴィクトリアはおそるおそるイモリの素焼き(?)に手をばした。ヴィクトリアの顔が一気に渋みのあるものに変わり、目には涙が溜まり始めた。いやいや、まずいよ、二重の意味でこれは。というか味見してなかったのかよ! ユリウスの頭に様々な考えが巡った。
「ご、ごめんなさい。美味しくなかったわね。失敗作だわ。魔王と戦ってばかりだったから、料理なんて数千年ぶりで……!」
数千年ぶりか、それなら仕方ないな! 年齢が気になるが女性にそれを尋ねるなんてとんでもない! しかし見た目でダメだと分からなかったのだろうか。ユリウスの疑問が湧くばかりである。何はともあれ、このままではまずいッ。亡き母も言っていた。女性を泣かせてはならぬと。
「ははは、俺は毎日ひどいもの食ってるから、俺にとってはご馳走みたいなもんさ。それにこれから一緒に暮らすんだ。いくらでも練習できるよ。食材が傷んでいたのかも知れないし」
下手なフォローだな、そうユリウスは自嘲したが、効果は悪くないらしい。
ヴィクトリアは感極まったように俺の手を握った。
柔らかい! 手が! 小さい!
「ユリウスは優しいのですね。無理なさらなくてもいいのに。確かにこのイモリは美味しくないですし、傷んでいたのかもしれません。魔法で保存したのも数千年前ですしね。私も数千年ぶりに自分の家に帰ってきまして、すぐにユリウスの元に向かいましたから、失念していてよ」
ヴィクトリアはそう囁いてから手を離した。少し恥ずかしかったのだろう。またもや頬を染めている。いや何この可愛い生き物。ユリウスはそう思いながら、数千年ぶりというイモリの素焼きを見つめた。
「そりゃ仕方ないよ。てかここは何処なんだい? ヴィカの家なのはわかるんだけど」
「ユリウスを見つけた後、鉱山の近くの森に適当な空き地を見つけたので、そこに私の家を転移させました。小さな家ですけど、二人で住む分には問題ありませんわ。街も馬で行けばすぐにつくような場所ですし、過ごしやすいでしょう」
おぉ、すごく魔女っぽい。確かに魔女の家は人里外れた森の中ってイメージがあるな。
「お褒め頂いて何よりでしてよ。魔女にとって魔女らしさは大事ですからね」
そういうわけで、魔女との新生活が始まった。