お前は、魔女!
ユリウスは馬車で揺られていた。奴隷は高く売れるが、より高く売れる場所があった。劣悪な環境を強いる、鉱山だ。鉱山労働は命と隣り合わせで、誰もやりたがらない仕事なので奴隷が使われた。鉱山から産出する鉱石は高く売れる。だから奴隷を高く買って、死ぬまで働かせる。
この馬車も鉱山へ向かう途中だろう。
馬車には、ユリウス以外の奴隷もいた。誰もが目から光を失っている。将来のことを考えれば、気持ちはわかるとユリウスは他人事のように考えていた。
「嫁も彼女もいない独り身だから、はは、誰も困らないな」
馬車に揺られ、ユリウスは人生を思い返していた。あぁ、どうしてこうなったのだろうか。思えば、人生は不条理だった。それでもユリウスは、忘れることが出来なかった。母のことだ。
◇◇◇
母が死んだのはユリウスがまだ神童だった頃の話だ。ユリウスの母は体が悪く、いつも床に臥せていた。しかし優し気な瞳と、聡明な母はユリウスにとって自慢だった。
母はユリウスが魔法を使えなくなる前に亡くなってしまった。しかし母の教えはユリウスにとってはどれもが大切な宝物であった。
「ユリウス、貴方がとても才覚溢れる優しい子で嬉しいわ。でも忘れないで、天狗にならないで。貴方の力はいつか世界を動かすわ。その時に、人に後ろ指を指されないように生きなさい。それが貴方の魂の高潔さを保つわ」
◇◇◇
ユリウスはそれを思い出し、自嘲した。魂の高潔さを大事に生きてきた結果が奴隷である。拾った財布もこっそりと逃げ出せば、こんなことにはならなかったのではないかと思った。
しかし、亡くなった母の教えを馬鹿にすることはできず、これも人生かと諦めることにした。
衝撃が馬車を襲ったのは突然のことだった。
「あらぁ、こんなとこにいたのねぇ。借りを返しにきたわよ」
突然馬車が壊され、ユリウスは外に放り出された。他の奴隷がどうなったのかは分からない。強い衝撃がユリウスを襲い、ユリウスは気を失った。
◇◇◇
気が付くと、ユリウスはベットに寝かされていた。ふかふかの布団に清潔なシーツは、ずいぶん久しく体験するものであった。体を起こすと、そこはまったくの知らない場所だった。部屋は埃だらけであったが、ベッドの周りだけは整理されている様子だった。
「ここは、どこだ?」
「あら、目が覚めたのね。私のこと覚えてるかしら?」
そこには忘れることのできない女がいた。空から落ちてきた女だ。ユリウスに不幸を被せるキッカケを作った女。
流麗な銀髪、少し垂れ目のめつき。そして何よりも豊満な乳に、ムチムチの太もも。間違いなかった。
「お、おまえはーっ!!!!!」
「私は、ヴィクトリア。ヴィカって呼んでくれたらいいわ。あの時は助かったわよ」
ヴィカと名乗った女は、その細く白い腕を使い背伸びをした後に、ユリウスの傍に座った。
「貴方のお名前を教えて下さらない? 私の名前を知っているのに、私が貴方の名前を知らないのは不公平でしょう?」
ユリウスは焦った。ユリウスはベッドに寝ていた。そしてその女はベッドに腰かけたのだ。
つまり、おっほん、下乳がエロい感じに見える。つい、視線が集中してしまった。
「エ……ッ、いやユリウスだ」
「お久しぶりね、ユリウス。さて、何が起きたか説明しないといけないようね、ユリウス。苦労をかけたようですし。隷属の魔法は解いておきましてよ」
ユリウスは首元を確認すると、奴隷の証である文様が消えているようだった。ユリウスは大きく驚いた。隷属の魔法は簡単に解けるような魔法ではない。ヴィクトリアはユリウスの反応を確認し、満足したよううなづいた。
「魂の高潔さを保ったなんて、素敵ですわ。おかげで魔力が尽きなかったのね。貴方から借り受けた魂と魔力、素晴らしかったですわ」
「あー、やっぱりそうか。あの日から俺はとびきりの無能だったんだ。いったい何があったのか教えてもらえると助かるんだが?」
「えぇ、そうね。説明しなければなりませんわね。ユリウスは魔王という存在を知っていますか?」
「魔物を生み出して世界を支配しようとした伝承のか? 知っているが」
「そう、私は戦っていたのですわ。こちらでいうと数千年とね。ただ、ユリウスと出会ったあの日、異界で戦っていた魔王の力で私は瀕死となりました。そして逃げ込んだ先にユリウスがいた。何と幸運かと思いましたことよ、貴方の魂と魔力は、卓越した才覚だった。私はその魂と魔力を借り受け、ついには魔王を倒すことに成功したのよ。力は供給され続け、ついには私が圧倒した。魔王討伐という偉業は、ユリウスの力あってこそでしたわ」
ユリウスは思った。頭が湧いていると。魔王なんて神話の存在だからだ。しかし神話では戦っていた魔女がいると伝えられていた。もしかしてこの女がその魔女なのだろうか。
「もしかして……、君は魔女なのか?」
ユリウスは一言、聞いた。
「ご名答、魔滅の魔女と呼ばれることになった、ヴィクトリアよ」