親切は人の為ならず
「はぁ~、届け出たぁ? 俺だったら借りパクっちゃうぜそんなの」
酒場のマスター、ドイルは素っ頓狂な声を上げて驚いた。
「そういうなって。俺は正直で真面目なんだ。神様は見てるんだって。前も言ったけどさ、魔法が使えなくなる心当たりがあるって言っただろう。アレも後悔はしてないのさ」
ドイルは少し濡れたグラスを手元の布巾で磨いていた。水滴が取れ、グラスは透明度を取り戻していく。
「はぁ~、またその話か。女が空から落ちてきて、助けたら魔法が使えなくなったって話だろ? もう少し設定考えてから話せよ。白金貨の財布だって、作り話なんだろ?」
ユリウスは真実だと告げるが、ドイルは困った顔をしてユリウスを諭していた。白金貨の財布を落とすなんてあり得ないことだ。ただ、白金貨に関わると碌なことがないことは同意していた。
「白金貨の財布を届け出たのは正解かもな。あんなもんに関わると碌な事がねぇ。白金貨はあまりに高額すぎる。人の血が固まって金貨になったようなもんだ。そんなもの手に入れたとあっちゃ、命がいくつあっても足りねぇよ」
ユリウスは話が盛り上がってきたので次の酒を頼もうとしたが、もう金がないことを思い出した。それこそ白金貨さえあれば、この店の酒を全て空にすることすらできたのだが。
「おっと、今日は金がねぇや。また来るよ」
ユリウスは勘定を済ませて、酒場を後にした。
◇◇◇
「大人しくしろ! おまえが白金貨の財布を拾ったのは知ってるんだ! どこへ隠した!?」
酒場を出たユリウスは黒ずくめの男に連れ去られた。何者かに頭を強く打たれ、気を失ったのだ。その後、人気のない倉庫へ連れ去られて暴行されていた。
「っへ、ガードに届けたって言ってるだろ、俺は持ってねぇよ」
黒ずくめの男は、ユリウスの腹を蹴りながら暴言を吐いていく。その顔は鬼気迫っており、ただごとではない。
「嘘をつくなっ! この街の遺失物にそんなものはなかった。お前が財布を拾ったのを見たと証言者がいるんだ。金に目が眩んだんだろう? 今なら命だけは助けてやる、正直に言え!」
ユリウスを連れ去ったのは財布の持ち主の関係者のようだ。ユリウスが財布を隠したと勘違いしているらしい。ユリウスとしてはガードに届け出たので、金額のあまりにガードがネコババを決め込んだんんだろうと勘づいた。
「ほ、本当だっての。まぁ信じちゃ、くれないか」
「ふん、まぁいい。知らないならお前を売り飛ばすだけだ。アレは領主様の財布だ。こうやって尻拭いさせられる俺らの気持ちがわかるか?」
ユリウスはそんなもん知るかよと毒づいた。ユリウスに落ち度は何一つなかった。
「おまえみたいなのが消えても誰も気にしないだろう。今からお前を簀巻きにして奴隷として売り飛ばす。まぁよろしくやってくれ。白金貨の一割ぐらいにはなるだろう。ちくしょう、見つけられなかったら俺がドヤさられるんだぞ」
そうして黒ずくめの男はユリウスを簀巻きにして、予め打ち合わせておいたのか馬車の奴隷商人へと売り飛ばした。奴隷商人は、魔法を唱えだした。ユリウスは震えた。アレは隷属の魔法だ。奴隷を奴隷たらしめる悪魔の魔法。あれをかけられれば、命令に逆らうことができない。
「あぁ、何故なんだ。俺は何一つ悪いことをしていないのに。どうしてこうなんだ。あんまりじゃないか」
ユリウスは奴隷商人にそう言うと、奴隷商人は笑い飛ばした。
「若人よ、そんなことは何も重要ではないのだよ。君は売られ、これから奴隷となる。それだけだよ。恨むなら、力の無さを恨むことだ」
ユリウスは全身に焼けるような痛みを感じた。結論から言えば、それは隷属の魔法を施された証拠であった。首元に奴隷の文様が浮かんでいる。
もう、逆らえない。