日雇い労働者ユリウス
「おまえは本当にユリウスなのか!? 魂の煌めきも、燃え盛る素晴らしい魔力も、何処へいった!」
幼いユリウスへ怒号が飛んだ。敬愛する魔法の師匠であるテトラからの言葉だった。
ユリウスは混乱していた。空から降ってきた女を助けて、何かを吸い取られていたのは知っていた。しかし、人を助けたことは良いことで、怒られる筋合いはないと思っていた。
「魔法を使え、ユリウス! 何でもいい、頼む……」
ユリウスは手を前面に押し出し、得意の紅蓮の魔法を使った。いつもであれば、掌から人を丸呑みできる程の燃え盛る火球が出てきたのだが……
「テトラ師匠、すみません、できません」
「おまえは、ユリウスの偽物だ! 魂の形まで変わってしまって……! 魂とは魔力の源、人間を人間たらしめる根源だ。なのにおまえは……!」
テトラは拳を握り、ユリウスを力いっぱいぶった。
その衝撃はユリウスにとって計り知れず……
◇◇◇
「うぅん、嫌なことを思い出したな。あれは、痛かったなァ」
目を覚ますと、酒臭い匂いが鼻をついた。ユリウスは、酒場でそのまま酔いつぶれてしまったようだ。
「目ぇ、覚ましたか。ほら、仕事に行くんだろ、気をつけてな」
酒場のマスターであるドイルが、冷たい水をコトリと置いた。
ユリウスはグイっとその水を飲みほし、喉の渇きを癒した。
「酒代は置いて行くから。あとな、俺が昔魔法が使えたのは本当なんだぜ。今はこうして落ちこぼれちまったけどな」
「魔法を使えない奴はたまにいるから気にするな。まぁ落ちこぼれというか、社会的に逆風なのは認めるがな。魔法が使えないのは、ハッキリ言って重荷だ。程度の差はアレ、誰だって使えるんだからな。それでも腐らず働いて、こうやって飲みにくるんだ。大したもんさ」
ドイルは、ユリウスの目を見つめてそう言った。ユリウスはそれが何だかむず痒く、気恥ずかしかった。
「煽てても何も出ないぞ。ただそうだな。魔法が使えるようになったら、ドイルみたいに店を構えたいな。何でも屋だ。依頼を受けて颯爽と解決するみたいな奴な」
ドイルは少し苦笑いして、ユリウスの話を聞いた。魔法を使えないのは間違いなく不利だし、ユリウスの夢は叶わない。ただし叶わない夢を語る場所が酒場だ。
「魔法が使えなくてもできる仕事はあるんだ。俺が三時間かけてする仕事を、魔法ですぐに終わらせられるのは嫌だけどな」
ユリウスはそう言って、酒場を後にした。
◇◇◇
ユリウスは冒険者ギルドに向かっていた。
日雇いの仕事を探すためだ。日雇いの仕事はとにかくギルドにある。
冒険者ギルドは雑多としており、ユリウスのように身なりのよくないものから、高級そうな鎧をつけた騎士まで千差万別である。受けられる仕事も下から上までキリがなく、才覚のあるものは無限に稼ぎ、ないものはそのお零れにあずかることが普通である。
珍しい薬の調合とか、護衛任務だとか、街の外に跋扈している魔物の討伐だとか、まぁ色々とあるわけだが、ユリウスのような無能力者でもできる仕事が斡旋されている。勿論、労働条件は良くない。
ユリウスは冒険者ギルドの掲示板を凝視する。珍しい依頼があったからだ。
「依頼難度S:神話遺物探索」
その依頼を確認してみると、ものすごい高額な報酬が記載されていて、ユリウスは目を疑った。家が何軒も立つ。勿論ユリウスはそれを受けることはできないが、物珍しさから気になった。
神話で言い伝えられる時代、魔王が世界を統べていた。魔王は魔物を生み出し、人間を喰らい、そして世界を破壊していたという。ある日、美しき魔女が現れ、魔王を打ち倒さんと戦いを挑んだ。戦いは凄惨を極め、遂には異世界へと舞台を移し、今もなお戦い続けているのだという言い伝えである。
現存する魔物は、その魔王の残滓であり、人間が発展し生きていけるのは、その魔女のおかげだという伝承である。この高額な依頼はその魔女の伝承に纏わるもののようだった。
「魔女様ねぇ、可愛いなら、一度お会いしたいもんだっと」
ユリウスは、その依頼の隣に張り付けられていた街の清掃の依頼を見つけた。そのような手の届かない依頼のことは忘れて、ユリウスは街の清掃をすることに決めた。