彼女以外、王子には塩対応
初投稿です。
「私は…いや、僕は…今でこそ皇太子として立太子しているが、3歳から10歳まで…ずっと、辺境の地で、育てられていたんだ…」
「アルフォンス様…」
彼は、寂しそうに笑っていた。
第一王位継承権をもつアルフォンスが、王と王妃の住む王都ではなく、王都から遠く離れた海辺のマーレメアで育てられたのは、この国の国民であれば誰しも知ることである。
だが、なぜアルフォンスが辺境の地で育てられることになったのかを尋ねると、誰もが口を固く閉ざした。
勿論、幼いアルフォンスが両親と離れ離れになる辺境へ、自ら好んで向かったわけではない。
「アルフォンス様は、幼い頃、どんなことが好きで、何をして過ごされていましたか?」
「僕は…特に体を動かすことが大好きで、晴れた日には、庭で犬達と走り回っていた」
「まぁ!活発なお子様だったんですね!」
「あとは、海が近かったから…よく、海で…泳いでいた…」
「それでは、泳ぎも得意なんですか?」
「そうだな…。普通の王族は、毎日のように海で泳いだりしないだろうが」
幼い頃のアルフォンスが過ごした辺境の地。
アルフォンスにとって、辺境伯の息子らと共に、訓練と称して海に入っていたことは、あまり思い出したくない出来事である。
「でも…マーレメアは、隣国と海を挟んで目と鼻の先ですから…アルフォンス様の身の安全などは…」
「あぁ…それについては、海の向こうにある隣国の領地は、母方の…僕を王にしたい叔父上の納める地だから、他の国境沿いの領地に比べれば安全だった。よく従兄弟も会いに来てくれたし、土産も貰った…」
「それなら…一時でも…アルフォンス様は寂しさを忘れることができていたのでしょうか…」
彼は、少し驚いたような、そして困ったような顔で笑った。
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【8年前】
「おいっ、アルフォンス!従兄弟のグラナリースが会いに来たぞ!」
「グラナ、そんなに叫ばなくても聞こえてるよ」
「HAHAHA!お前は将来、この国の王になるんだろう!もっと腹から声を出して、元気に話せよ!」
「はぁ…。本当に『王』になるのなら、こんな辺境の地で何年も過ごしていないと思うけどなぁ…」
「何言ってんだ!どう見ても!国王も、王妃である叔母上も!お前のことを大事にしてるだろうが!」
「だって…」
「ほら、海に行くぞ!」
「何で、辺境伯の子らといい、君といい、僕を海に連れていきたがるのか…」
グラナリースは、訪ねてきて早々に、渋るアルフォンスを連れ海へ向かった。
マーレメアの海沿いは、領民や子供達が海へ入っても、流されたり、船と接触して怪我をしたりしないように、先代の領主が整備した。そのため、子供のアルフォンス達が海へ入っても遠くへ流されたりはしない。
「ちなみに!今回の土産も、うちの領地で搾ったオリーブオイルだ!食べてよし、肌に塗ってよしの、高品質なものだぞ!」
「またか…」
「母上や姉上にも、髪と肌の調子が良いと好評だったんだぞ!」
「僕は男なんだよ…」
「HAHAHA!小さいことは気にするな!」
数時間後、海辺にはHAHAHAと楽しそうに笑うグラナリースと、会いに来てくれた従兄弟に満更ではないものの、既に疲れ果てて素っ気ない態度になっているアルフォンスがいた。
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「たぶん…僕は、7歳の時に初めて会った婚約者からも好かれてはいない…」
「まぁ、なぜですの?」
「いつも…ことある毎に、僕へ『塩』を送ってくるんだ」
「ふへっ!?し、塩…??(敵に塩を送る…的なやつかしら?)」
アルフォンスは、ポカンと口を開け、目を真ん丸にする少女を見て愉快な気持ちになったのだろう。
「ふはっ!君でも、そんな風に驚くんだな」
「あっ…も、申し訳ありません!」
「いや、これは周知の事実なんだ。でも、何故だか彼女の行動を誰も嗜めたりしない」
そう。何故だか、アルフォンスへの贈り物は『塩』が多い。
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【6年前】
「お久しぶりです、アルフォンス様。こちらへ戻ってこられましたのね。もう、マーレメアへ戻らなくても宜しいのですか?」
「あぁ…クリスティーナ…」
「まぁ、嬉しいですわ!」
半年ぶりに会った婚約者は、花がほころぶように、ふわりと微笑んだ。彼女との婚約は、政略のために結ばれた婚約であるはずなのに、僕が王都へ戻る度に会いにやってくる。そして…
「アルフォンス様、お土産ですわ!」
今回も『塩』を持ってきたようだ。何故…?
「皆様、アルフォンス様へ『塩』を送られるようなので、今回は違うものも用意しましたわ!我が家で春に摘んだカレンデュラを、グラナリース様から送られてきたオイルに漬け込んだものです。アルフォンス様も、是非お使いください!」
「クリスティーナ…カレンデュラの花言葉を知っているかい?」
「えぇ…。ですが!私はアルフォンス様にも、こちらのオイルを使っていただきたいのですわ!」
カレンデュラの花言葉は、『悲嘆』『悲しみ』『別れの悲しみ』『失望』だ。カレンデュラの花は、贈り物に向かない。
彼女は、第一王位継承権を持ちながら、辺境の地に送られた僕に失望しているのだろうか?流石に、不満を口には出さないけれど…
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「僕は、認められたい…」
アルフォンスがポツリと呟いた。
「あ、アルフォンス様!わたくしは、アルフォンス様の全てを受け入れ、認めますわ!だから…私を頼ってください…」
少女が儚げに笑うと、アルフォンスは頬を染めた。
「マリア…」
「「はい、ストーップ!!」」
アルフォンスの従者と護衛騎士が声を揃え制止した。
「ねぇ、アルフォンス様?」
「まさか…」
「「知らなかったの(かっ)!?」」
「自分のことなのに?」
「クリスティーナ様の好意にすらっ!」
「……何がだ?」
二人の勿体ぶった話し方にはイライラしたが、取り敢えずアルフォンスは、儚げな少女マリアの肩を抱こうとしていた手を引くことにした。そして、苦々しい表情を浮かべ、
「説明してくれ」
「アルフォンス様は察しもいいし、国王様が指名した家庭教師達からの評判も良かった。貴方は、今まで特に不満を漏らすこともなく、それは理由を知っているからだと思ってたのに」
「あり得ないっ!」
従者の説明に護衛騎士からの合いの手が入る。
「まず。3歳までの貴方は肌荒れが酷く、身体中をかきむしり、常に全身に血が滲んでいました。そのため、王妃様が国中から塗り薬や軟膏を取り寄せ、試されました。しかし、多少は良くなるものの完治には至らず」
「原因不明っ!」
(ふむ、記憶に無いが何らかの皮膚病にでも侵されていたのだろうか?)
アルフォンスとマリアは、黙って二人の話(正確には、従者と護衛騎士の合いの手)を聞いた。
「次に、国王様が貴方への毒物の使用を疑われ、貴方の身の回りに仕える者や使用される物を詳しく調べさせました。しかし、こちらについても何も出てきませんでした」
「毒殺疑惑なしっ!」
(まぁ…当たり前だな)
「更に、宰相様です。この頃に認知され始めていた、食物アレルギーというものに着目し、貴方が食べたものを材料や調味料から全て漏らさず記録し、除去食とかいうものを料理人へ試すように指示されました。しかし、こちらも効果を出すことはありませんでした」
「成果なしっ!」
(いつも厳しく小言を言ってくる宰相が、意外にも幼い僕を気にしてくれていたのか!?)
誰も護衛騎士の合いの手に突っ込まない。
「国中の医師を集め、全身に血をにじませる貴方の肌を診察させました。その時に集められた医師の中で、唯一マーレメアの医師が病名と治療法を明示してくれたのです。『ただの汗疹だから、海水に浸かれば早く良くなるよ』と。そして、貴方はマーレメアへ行き、汗疹を完治させることに成功しました」
「汗疹には海水が効くからなっ!」
「「…あせも……」」
アルフォンスもマリアも声を揃えて繰り返した。
幼いアルフォンスが全身に血をにじませていた理由が、深刻な皮膚病などではなく、子供が一度は体験するであろう汗疹。
「では…なぜ、7年間もマーレメアで過ごすことになったんだ?やはり…」
「それは、幼い貴方が常に動き回って汗をかき、また汗疹を発症したからです。王都で『塩』を用意し湯浴みをさせましたが、何故だか海水ほどの効果が得られず、寧ろ乾燥肌になり悪化したため、マーレメアへ戻ることになったそうです。ち な み に、夏でも比較的涼しい王都で過ごす子供達は、酷い汗疹になりません」
「幼かった殿下は、一日中汗だくになりながら犬を追いかけ回していたっ!」
もう、開いた口が塞がらない…。
「だ か ら、貴方が王都へ戻る際には、皆さんが特別な『塩』や『薬草入りの塩』または『保湿用のオイル』を用意してくれていたんですよ」
「皆、わざわざ手間のかかる天日塩を作っていたっ!」
皆が『塩』を贈ってきた理由が分かった。
「グラナリース様やクリスティーナ様がオイルを贈ってくれていたのは、貴方の肌を守るためですよ?クリスティーナ様が用意してくださったカレンデュラオイルは『汗疹や乾燥、傷ついた粘膜や皮膚の修復』を目的とたものです。貴方の為だけにクリスティーナ様は、カレンデュラやローズマリーなどのハーブを育てる薬草園まで作られたそうなのに…」
「花言葉とか深読みしすぎ!女々しすぎっ!」
「…………っ、では…」
「言葉が出ませんか?」
「どうだっ!」
「あ、あのぅー…私…」
「あぁ、本日はお帰りください。アルフォンス様の攻略については後日、改めてご案内します。お疲れ様でした」
「本日は、アルフォンス様の話し相手となって頂き、ありがとうございますっ!」
合いの手とは違い、丁寧な言葉と態度で挨拶できる護衛騎士。
とぼとぼと去っていく少女を横目に、項垂れるアルフォンスだが、もうひとつ知りたいことがあった。
「なぜ…皆が知っているのに口をつぐむんだ?」
「……それは、最も汗疹が酷かったのが……「下着と擦れる足のつけね周辺だったからですわ」
「「クリスティーナ様っ!」」
出会ってから今日まで、アルフォンスを認め、支え、大切にし続けた婚約者。彼女は離れているときでも、アルフォンスの為に役立つものを育て続けた。
「アルフォンス様が大人になったとき、恥ずかしい思いをされないようにと、私の父が箝口令を出しましたわ」
「そうですね。クリスティーナ様達親子の協力があって、貴方は臀部をかきむしる幼い日の恥ずかしい行動を、言い触らされずに過ごせたのです」
「いよっ!尻かき王子っ!」
耳や首元まで赤くしながらアルフォンスは俯いていた。
「アルフォンス様。わたくしは、貴方が少しくらい恥ずかしい方でも構いませんわ。貴方の見目麗しい姿や地位だけてなく、見栄っ張りでおバカな所も含めて、全てを愛しておりますもの」
「「良かったですね」」
何だかんだ言いながらも、自分がクリスティーナからどう思われているのかを気にしていたアルフォンスは、クリスティーナの言葉に目を見開いた。勿論、頬を染めながら。
「あっ、でも今、クリスティーナ様、遠回しに『顔や地位も好き』って言ったなっ!」
「ばっ、お前は黙ってろよ!」
従者と護衛騎士を無視して、アルフォンスが口を開こうとする前に、クリスティーナが言葉を紡ぐ。
「アルフォンス様。貴方が『もし皇太子でなかったら』とか『見目麗しくなかったら』という質問には答えませんよ」
アルフォンスはギクリと肩を小さく震わせた。
「貴方が皇太子となったのも、見目麗しくなったのも、皆が幼い頃から貴方に尽くしたからですよ。わたくしだって、貴方の為に尽くしました。わたくしが追加したオプションは、勿論わたくしのものよ」
「「流石、クリスティーナ様!」」
アルフォンスは、深く考えることを放棄した。
取り敢えず、
「クリスティーナは、僕のことが好きということでいいの?」
「勿論ですわ!」
アルフォンスは、長年の憑き物が落ちたような、安心した表情で微笑んだ。
ただ、自分だけが疑っていたのだ。
周りの皆から与えられる愛情を。
「クリスティーナ、僕は君のことが好きだ」
「「「知ってる(知ってますわ)」」」
その後、アルフォンスは『ソルト王子』と国民に親しみを持って呼ばれていることを知った。クリスティーナと結婚後は、姉さん女房なクリスティーナの尻にしかれながらも、立派な王を目指した。
最後まで読んで頂き、ありがとうございます!