1-7 襲撃 Ⅰ
本日は3話投稿予定となっておりますー!
行軍するのであればそのコースはある程度決められています。
町と町を繋ぐ踏み固められた街道を進むのは、竜車を牽く竜や馬にとっても疲労が溜まりにくいという点や、街道沿いに町が築かれているため、補給がしやすいという点もあります。
もっとも、昨今ではマジックバッグと呼ばれる空間魔法を利用した、見た目や重さを無視して収納できる優れものがあるので、物資の運搬は比較的楽なものであるそうですし、食糧等を載せた馬車等を連れていく必要もなければ、ゆとりを持って食糧を運べるそうです。
便利な魔道具があるものですね。ちょっと仕組みが気になります。
さて、何故そんな事をつらつらと考える羽目になっているのかと言いますと。
「――よりにもよって崖崩れか……」
「迂回して旧道から行くべきだろうな。崩れた場所だけならともかく、一箇所が崩れたら周りも崩れやすくなってるだろうよ。下手に近づいて巻き込まれる訳にもいかねぇ」
アラン様と顔を突き合わせて相談していらっしゃるのは、レイル様という赤竜騎士団の副団長様。
黒みの強い茶色い髪と、黒い髭をこさえた御方で、騎士然としていらっしゃるアラン様とは正反対のタイプですね。
気安い関係なのか、レイル様の物言いは粗野なもので、アラン様もそれにつられて口調が崩れていますね。
そんな御二人の会話の内容は、今後の行軍予定についてです。
どうも私達がアヴァロニアへと出立したまさにその日、この辺りでは大雨が降り、崖が崩れてしまったとか。
「旧道か。平坦な道とはいかないな」
「あぁ。旧道は魔物の襲撃が予想される。素人集団じゃねぇんだから気にする必要はねぇんだが……」
「問題は侍女隊だろうな。彼女らを護衛しながら進むとなれば、必然的に行軍日程はかなりずれ込むだろう」
「本隊を連れてる訳じゃねぇからな」
問題はそこだそうです。
今回アヴァロニアに戻っているのは赤竜騎士団の中でもアラン様直属の精鋭部隊のみ。その数はおよそ三十名。
侍女隊は十五名程ですので、あまり人手が多いとは言えないですね。
数百、数千人規模であったなら掃討しつつ進むのも悪くない選択だとは思いますが、その手は使えません。
「旧道の魔物は増えてるだろうよ。戦争で騎士は出てた訳だし、今は春先だからな。冬ならまだ少なかっただろうが……」
「冬は冬で雪が積もっているだろうな。やれやれ、無事に国に帰ってきたのだから、問題なく帰りたいところだったのだが」
「ま、しゃーねーさ。んで、迂回して進むって事でいいか?」
「あぁ、そうしよう」
そこまで話して会話は終了したようで、レイル様が外に出ようと私のいる入り口へと振り向くと、まるで屈託のない子供のような笑みを浮かべて私を見てきました。
「相変わらず細っこいな、嬢ちゃん。無理してねぇか?」
「無理、とは?」
「頑張り過ぎて疲れてたりしてねぇか、って事だよ」
ふむ……よくそういう事は聞かれますが、肉体的な疲労はやはりありませんね。
あぁ、これこそが「ちゃんと休むように」とアラン様やイオ様、アリサ様やマリア様がよく言ってくる件の流れでしょうか。
迂遠な物言いですが、要するに「しっかり休めているか問いかけている」という意味合いなのでしょう。
「そうですね。アラン様にもよく身体については求められますので」
「えっ」
「はっ?」
御二人がピシリと音を立てて固まりました。
はて……通じていなかったのでしょうか。
「特に問題ございません。命じられれば応じさせていただいておりますので」
「ちょっ!? ルナ!?」
「……団長さんよう、ちょいと話を聞かせてもらおうか……?」
「ま、待て、誤解だぞっ!? る、ルナ! 何を言い出してるんだ!?」
「はい? 昨夜もそう命じられたと記憶しておりますが」
慣れない旅で疲れているだろうから早く休め、と。
そう言われたのは確かですし、私はそうさせていただいたのは事実です。
最近はそういった事を命じられる事が多いので、より正確に言えば毎日の事ではありますが。
「嬢ちゃん、これからちょーっと俺らオハナシがあるから、外で待っててくれるかい?」
「はい、かしこまりました」
「ちょっ、待ってくれ! せめて誤解を解いてからに――!」
アラン様が何やら叫んでいましたが、竜車の外へと出ました。
現在は旅程を決めている最中ですので、行軍は一時ストップし、ついでに昼食の準備に取り掛かっています。
侍女隊の皆様が忙しなく動いているようですが、私も手伝った方がいいのでしょうか。
マリア様にお伺いしようかと視線を彷徨わせますが、マリア様は他の皆様にテキパキと指示を出していらっしゃるようです。
ふむ……とりあえずは扉の前で待機して待っていましょう。
街道は森を切り開いた場所で、左右は森に囲まれています。
空は曇天で、雨が降りそうな程の重い色ではありません。
春になったばかりとは言え、まだまだ風は冷たいようで、吹き抜ける風に身体が震えます。
今までは城の中から見れるだけだった空が、眼前に広がる景色。
基本的に王女様の部屋の中か、私の部屋か書庫。それ以外に行き来する機会のなかったため、空がこうして視界に広がる光景というものは、まだ慣れません。
そんな風に考えていると、不意に甲高い笛の音が鳴り響きました。
「――前方に敵影! 狼型の魔物!」
どなたかの声が聞こえてくると同時に、今しがたまでの弛緩していた空気が一転し、ゆっくりと腰を下ろしていた騎士の皆様が咄嗟に動き出しました。
「侍女隊はすぐに荷物を移動しつつ馬車へ移動しなさい! 騎士様がたの邪魔にならないよう、固まって行動を!」
マリア様も慣れた様子で侍女隊の皆様に指示を飛ばしています。
そんな光景を見ていると、後ろの扉が開かれました。
「ったく、紛らわしいったらねぇな……――って、なんだ?」
「狼型の魔物が現れたそうです」
「チッ、崖崩れの影響か……? 団長、出るぜ! 魔物だ!」
「分かった、私も出る。陣形の指示を頼む」
「応ッ!」
なんとなく疲れた顔をして出てきたレイル様が、表情を引き締めて即座に駆けていきました。その姿を見送り、アラン様に視線を向ければ、アラン様もどこか疲れた様子で私に向かって苦笑を向けました。
「ルナ、誤解を招くような物言いは避けてくれると助かるんだが……」
「誤解、ですか?」
「あー……うん、そうだったな。これはイオかアリサに色々教わってもらうしかないのか……。とりあえず、今は魔物が先だな。私も行って状況を確認してくるから、ルナは竜車の中に入っていなさい」
「はい」
短く告げて向かうアラン様を見送って竜車の中に入ろうとして、ふとロープが目に付きました。
竜車の外にはいざという時の救助用に、ロープなどが巻き上げられた状態でかけられています。崖の下に落ちた者を引き上げたりする為か、その根本は竜車の下部にしっかりと固定されています。
そういえば、こういうロープを使って狩りをしようとして失敗した事が子供の頃にありましたね。
私は長女でしたから、幼いながらに食い扶持を増やす必要がありました。
その為に森で獣を捕獲しようと試みるべく、森へと進もうとして、猟師の方に引き留められたのです。
森の中は危険です。
今となれば判る事ですが、当時幼かった私は危険というものを度外視しており、そんな私に色々と語ってくれたものでした。
今思えば、当時五歳にもなっていなかった私に熱く語ってはくれていましたが、話す相手がいなかったのでしょうか。
ともあれ、あの話では確か――――
「――きゃああぁぁぁッ!」
――――『狼ってのは狡猾だ。群れで狩りをする時、囲んで襲いかかってくる。けど、それだけじゃねぇ。囮になって注意を引いて、他の狼が狩る場合もあるんだ』。
そう語られたあの日の言葉を証明するかのように、絹を引き裂くような悲鳴が聞こえてきました。
横合いから突如として飛び出してきた灰毛の狼が、逃げ遅れたらしい侍女の方へと襲いかかろうと駆けて行くのが目につきました。