3-14 魔物暴走 序 Ⅰ
大変おまたせしました。
なかなか仕事が忙しくて時間が取れず、集中して執筆できず…。
ともあれ、落ち着いたので徐々に更新ペースを戻していくつもりです。
魔法研究塔の完成以来、私とエリーは昔の技術――古代文明とでも呼ぶべき代物のデータを調べながら、あらゆる技術を学んでいます。
幸いにもこの建物は、もともと魔工学という名の技術を研究していたようで、研究所内に用いられているような超古代遺物を彷彿とさせる技術のデータが入っていました。
古代精霊語と混ぜ合わせているらしい言語も、古代精霊語が分かるおかげで法則性が見つかりやすく、解析も進んでくれましたからね。
エリーは「なんだかルナを見ていると、色々と自信をなくしそうね」と呆れ混じりに言われてしまいましたが、その立派な女性の象徴があるのなら自信を持っていても問題ないと思います。
ともあれ、そういった訳で魔法研究塔から出ないまま数日が過ぎた、ある日。
私とエリーの研究室は今、騎士科の生徒であるセレーネさんとジーナさん、フローラさん。それにツンツンヘアーのクラウスさんと岩男のラルフさん、無口なクロさんといった面々が集まっています。
いい加減名前で呼んでくれと言われましたが、ようやく顔と名前が一致してきたので問題はなさそうです。
「――凄いな、ここ」
「わたくしとルナだけの専用研究室ですけれど、他人の目を気にせず集まれるという点でここ以上の場所はないでしょうね」
「ふむ。つまりエリザベート嬢は、他人の目を気にするような相談があると、そう俺の筋肉に語りかけている、と?」
「……概ね間違ってはいませんけれど、決して筋肉に語りかけたりはしていませんわよ」
「む、さすがだな。一方的に語りかけるものではなく、相互の理解が必要だ、と。さすがエリザベート嬢、分かっている」
「そういう意味でも、分かりたくもありませんわよ!?」
ムキッと何かのポーズをして微笑むラルフさんにエリーのツッコミが飛びました。
あのポーズに独特な意味合いでもあるのでしょうか。
「ルナ、真似しようとしないの!」
「フッフッフッ、ルナ嬢は華奢だからな。その程度の筋肉では美しさを体現する事はできまい」
何故かエリーには止められ、ラルフさんには生暖かい目を向けられました。
「と、ところでルナちゃん? どうして集まってほしいなんて急に……?」
「あぁ、そうでした」
ポンと手を叩きながら今日集まっていただいた本題を思い出しつつ、声をかけてきたセレーネさんからちらりとアルリオへと視線を向けると、アルリオはなんだか疲れ切ったような、燃え尽きたような、とにかく無気力な状態でソファーに寝転がっていました。
数日前の話し合い以来、アルリオはあんな空気を纏っていますね。
元気を出させる為にベッドに投げ飛ばせば跳ねて元気になりそうな気もしますが、そっとしておくようにとエリーにも言われましたし、放っておけばいいでしょう。
「少し情報を共有しておこうと思いまして」
「情報?」
「はい。神子という存在と、そして同時に魔物という存在について」
きょとんとした表情を浮かべる皆さんとは対照的に、エリーは僅かに緊張した面持ちで頷いてくれました。
◆
――古代文明の消失と、神々が神子となり人間へと転生する。
それらがどこでどう繋がっているのかまでは定かではありませんが、私の中に眠る月の女神――ルナリアの感覚が、それらが無関係ではない事を強く語りかけているような、そんな気がしてなりません。
ざわつく胸の内が雄弁に物語るそれを抑え込むように胸元で手を握り締めつつアルリオを見つめれば、アルリオは僅かに困惑した様子で目を泳がせ、やがて観念したかのようにその場で嘆息しつつ項垂れました。
「……世界は最初、“神界”と“精霊界”、そしてこの“物質界”の三つに分けて生み出されました。平穏な日々の中で、神々は“精霊界”と“物質界”に生きる人間との交流を認め、界を繋ぎ、人と精霊はお互いに交わり合うようになったのです」
――それはまだ、平和な時代のお話です。
そう付け加えて、アルリオは滔々と当時の事を語りました。
「人と精霊の交流により、精霊もまた人との暮らしの中で良い方向に導かれる事もありました。人の中で英雄と呼ばれる者の多くはその導き手であり、精霊と人の暮らしは順調に育まれ、一時は“精霊界”よりも“物質界”の方が精霊が多い、なんて事になったりもするぐらいには、親しい間柄にまで発展したのです」
アルリオが言うには、神々はそれらの交流によって人と精霊が共に育ち、世界を形作っていく姿を見て喜んでいたそうです。
「平穏な暮らしの中で精霊との交流を深めた人間は、まさに英雄と呼ぶに相応しく、それらの肉体が朽ちる時、魂が精霊の力と同化するように英霊になりました。契約精霊の英霊とは、そういう存在が元になって生み出された存在です」
「そうでしたのね……」
エリーも知らなかったようですし、これはあまり一般的に知られていない事のようですね。
私も当然知りませんでしたが、そもそも私はあまり一般的な知識というものには疎いですし。
「――ですが、人間はそのような存在ばかりではありませんでした。精霊に認められず、しかしその理由が己にあると決して認めない者。精霊の力を利用して、周りを支配しようとする者が現れたのは、人間という性質を考えれば至極当然な流れであったとも言えます」
アルリオの口調が先程までのものとは一転し、怒りにも似た鋭さを伴ったものへと変わりました。
「やがて人間は人間同士で争い合うようになりました。お互いの縄張りを広げる、己の私欲を満たす為に周辺一帯を支配する。そういった小さな個のものから、やがて群れとなり、国となり、人と人との戦いは徐々に苛烈なものへと変わり、力と力、精霊と精霊までもがお互いに戦い合うような、そんな時代が続きました」
「……それは、人間らしいとも言えるかもしれませんわね」
「だから僕は人間が嫌いなんだ。勝手に殺し合えばいいのに、精霊を巻き込んで利用した。お互いに支え合うのではなく、ただただ精霊の力を利用するかのように戦争の道具にした人間ばかりだった」
「精霊が人同士の戦いに絶対に力を貸さない。それは当時の世界の教訓という訳ですのね……」
ふむ、なるほど。
それらは精霊が悪いのではなく、あくまでも人間がそういった方向に精霊の力を利用した結果のものです。だからこそ、アルリオは人間がそのまま諸悪の根源という考え方が根底にあるのでしょう。
最近はあまり人に対する苛烈な態度は表に出ていませんでしたが、それらの理由を知ると納得できる部分もありますね。
「人間の争いはやがて世界全体にまで及んだ。あちらで戦が起きれば、利を目論んで他が動き出し、あちこちで戦火が広がっていく。戦が苛烈になる程に、人間は更なる力を欲していきました。精霊の力を模倣し、強大な力を持たない精霊としか契約できずとも戦力として戦う為に発展していく技術。ルナ様が興味を持ったという、古代文明の礎となった存在――魔導技術はそうやって研鑽されたものでした」
「……戦争が技術を発展させた、と。皮肉なものですけれど、それは間違ってはいませんわね。実際、技術というものは他国に国力を見せつけるという意味でも分かりやすいものですわ」
エリーの言い分はいまいち私には分かりませんが、どうやらそういうもののようですね。
アルリオも頷いていますし。
紅茶のおかわりを準備しつつ、続く会話に耳を傾けます。
「魔導技術は短い時間の中で進化し、洗練されました。結果として戦火を広げる事にはなりましたが、やがて技術格差によって戦は終息へと向かおうとしていました。そうして、ようやく終わろうとしている負の連鎖に安堵しつつも神々が見守る中――とある国が、精霊を召喚できないのなら、その代わりとなる存在を召喚すればいいと考え、実行しました」
「精霊の代わり、ですの?」
「負の連鎖が生み出した存在――“魔”の者です」
「“魔”の者……? ――まさか、それって……」
「お伽噺程度には聞いた事があるでしょう。魔族と呼ばれ、神々によって“魔界”に封じられた者らの事です」
魔族、ですか。
私も古い本の中でそうした存在がいたという記述は拝見した事もありましたが、それはあくまでも空想上の存在だと認識していましたね。
実際、現在世界のどこかに魔族なんて存在がいるとは聞きませんし、てっきり、分かりやすいぐらいの『悪役』という位置づけをする為だけに生み出されたものかと思っていましたが……。
「魔族とは、いわば人の心と負の連鎖が生み出した精霊のようなものでした。享楽的な思考を持ち、人同士の争いを助長させて愉しむような、そんな危険な存在です。故に神々は、魔族というイレギュラーな存在を封じる事を決意したのです。ですが……新たな“界”を作った事によって世界はバランスを崩してしまい、それぞれの境界が揺らいでしまいました」
ふむ、存外境界とやらは脆いようですね。
入れ直した紅茶を口にしつつそんな感想を抱いていると、アルリオがさらに続けました。
「境界の揺らぎを生み出す事となった、この“物質界”を安定させなくてはならないと神々は考えました。ですが、神の力をそのまま使おうとすれば、“物質界”にどれ程の影響を与える事になるかが判りませんでした。その調査の為に“物質界”へと下った数柱の神々が出した結論は、『このままでは、やがて境界は消え去り、お互いの世界を呑み込もうとする』というものでした」
「……世界を、呑み込む……?」
「そうです。当然そうなれば、神々の力が及び、他の界とは比べるのもおこがましい程の力を持った“神界”が全てを呑み込む事となります。――故に、神々は世界の力のバランスを保つ為に、人の姿となりながら“物質界”で力を放出し、馴染ませつつ均衡を保つ事にしたのです。それが、神々がわざわざ神子となる道を選んだ理由でした」
詰まるところ、神々はこの“物質界”を守り、世界を守る為に神子となる道を選んだ、という訳ですね。これがアルリオが人間嫌いの理由であるだろう事は、アルリオがふるふると怒りに堪えるかのような素振りを見せているだけで推察できました。
とは言え、私は特段どうとも思いませんね。
正直に言えば、それはルナリアが選んだ事であって私自身が率先して選んだ事でもなければ、人として生きている事を嘆いたり苦しんだりしている訳でもありませんし。
それにエリーはもちろん、アラン様やイオ様、アリサ様がた。それにお肉様との素敵な出会いがあったのですから。
◆
――とまぁ、一通りの説明を済ませたのですが、どうやら皆様固まっていらっしゃるようでした。
ふむ……とりあえず紅茶を入れ直しましょうか。
そう考えて、そっと私は立ち上がりました。




