3-12 魔法研究塔と今後について Ⅳ
すみません、遅くなりました。
研究所内は広々としたロビーを抜けると、真っ直ぐ伸びる廊下の左右に個室と実験室と思しきガラス張りの部屋が幾つもあるという、非常に整然としている造りをしているようです。
廊下は採光用の窓もありませんが、壁面の右上と左上部分に光る筒のような代物が取り付けられており、白い壁と天井のおかげもあって昼間のような明るさがありますね。
部屋の一つ一つは人が暮らすには向いているとは言えない、質素なものです。
まぁ私の奴隷時代の部屋よりも清潔感がありますし、私ならば難なく生活できますが。
そうして歩き続けた先――廊下の突き当りとなる最奥部には、再びこの施設の入り口と同じように魔力を登録して開く扉がありました。
「この先は、ルナ様とエリザベート様のみが入れる専用研究室としてお使いください。その他の者の魔力登録は禁止させていただきます」
「アナさんやオレリアさんもですの?」
「例外はございません。内部にルナ様かエリザベート様がいらっしゃらない時には誰も入れない。そうしておく事で、情報漏洩を防ぐ一助となります。そして同時に、万が一の事態に陥った際、私やオレリアさんに要らぬ疑いがかからぬようにする為の措置でもあります。すでにこの奥に入る為の魔力認証は、ジーク陛下によって登録者を初期化していただいてありますので、他の誰かが入れるという事はありません」
詳しく聞けば、魔力認証はこの部屋の奥にある端末で消去もできるようです。
ただ、認証が消えた人は当然侵入者と同じ扱いになってしまうため、セキュリティ装置とやらが動いてしまう数分以内に建物から出なければならないらしく、早急に外へと移動するはめになったそうですが。
「陛下や直属の上司となる方ぐらいならば、入れるようにしてもよろしかったのでは?」
「エリザベート様。この魔法研究塔に、直属の上司と呼べる御方はいませんよ」
「……どういう事、ですの?」
「国立研究所である以上、強いて言うのであれば“国”が上司となりますので。それと、表向きの最高権力者はニーナさんとなっていますが、法的手続きはエリザベート様の名前となっておりますし、後ろ盾には当然ファーランド公爵家がついてくださっております」
「……聞いていませんわよ?」
「内密に進められた話ですので、形になるまでは黙っていらっしゃるおつもりだったのやもしれませんね。かつて存在していたという魔法省を復活させ、エリザベート様を『魔法卿』とし、ルナ様を『国際魔導技師』という役職が与えられる予定となっておりますし」
「なんですの、その仰々しい名前は……」
エリーは頭が痛いとでも言いたげに額に手を当てていますが、私の方はおかしな争いに巻き込まれるような派手さもないみたいですし、問題はありませんね。
「……ちなみにルナ様は、この研究塔のトップ技術者ですので、実質的にはエリザベート様よりも上です」
「肩書きとしては劣っているようですし、問題ありません」
「ちょっ、ルナっ!? あなた、わたくしを囮に隠れ続けるつもりなのっ!?」
「そんな事は……ないと言えば嘘になりますね」
「否定すらしないの!?」
卿とつくのは貴族ですから、私には無縁ですしね。
ガクガクと肩を揺さぶられましたが、私には無理です、貴族。崇高な貴族ジョークが言えませんので。
「では、ご自由に見学なさってください。私は他の方々をご案内してまいりますので」
「ありがとうございました、アナさん」
アナさんが去っていった後、ようやく落ち着いた――というよりも開き直ったと言うべきでしょうか――エリーと一緒に、扉へと向き直りました。
「さて、入りましょうか」
「……そうね。ルナ、先に登録していいわよ」
先に登録したところで何が変わるのかは分かりませんが、譲り合っていても仕方ないですし、認証部に手を当てて魔力を込めてみます。
中空に浮かんだ四角い光に、先程も見た文字が羅列していく様は何度見ても不思議ですね。そっと手で触れようとしても実体はないようですし。
――認証完了。次……登録、するか?
ふむ、どうやら続いて登録する人物がいるかを訊ねているようです。
「エリー、どうぞ」
「えぇ、分かったわ」
続いてエリーも登録しました。
続いて登録するかと再び中空に浮かんだ四角い光の中に文字が浮かびましたが、登録するつもりもありませんので完了させる為のボタンをポチッとすると、扉に光の線が奔り、中央から左右に分かれるように開かれていきました。
小さくエリーが頷いたので、二人で足を踏み入れました。
「これはまた、ずいぶんと不思議な場所なのね」
眼前に広がった光景にエリーが呆然とした様子で呟きました。
室内訓練場を彷彿とさせる広々とした部屋は、右側には階段が備え付けられていて、二階部分が存在しているようです。
正面には腰程の高さはある四角柱の物体が置かれ、どうやらこれは認証部と同じように手を当てると反応するようですね。
手を置いて魔力を込めると、光が走ったかと思えば、正面中空に先程までと似たような、けれど大きさは似ても似つかない巨大な光の四角が浮かび上がりました。
何に使えるのかは後で試してみないと分かりませんね。
右手側の階段から続く二階部分を作っているロフト下は、数段ばかりの下り階段があり、その中心部にはL字型のソファーが二つとローテーブル。その横にはキッチンもあるようです。
逆に左手側はガラス張りの部屋となっていて、その中には見た事もない機材等が大量に置かれているようで、使用用途が不明ですね。
「――ルナ、二階は居住スペースになっているみたいよー!」
吹き抜けの手すりから身を乗り出したエリーが、珍しく楽しげに大きめな声を出して私に手を振ってきました。
階段を昇ってエリーのいる二階部分へ行くと、大きめのベッドが二つ置かれており、十分に眠れる環境が整っているようでした。
奥にはどうやらシャワールームもあるみたいですね。
「……十分に衣食住も揃っているようですし、これは白百合寮に戻るよりこちらで暮らした方が楽そうですね」
「研究が忙しい時はそれもいいかもしれないわね。わたくしも使いたいわ」
「私とエリーしか使えない部屋ですし、使っても問題ないのでは?」
「それもそうね。じゃあ、こっちのベッドはわたくし用でいいかしら?」
「分かりました」
こういう時は年齢相応に楽しそうですね、エリー。
アルリオにも姿を現すように伝えると、早速とばかりに私が使う予定となったベッドの上へと飛び乗り、飛び跳ね始めました。
「ルナ様ルナ様! このベッド、跳ねにくい!」
「跳ねる為のものではないですし、その情報はどうでもいいです」
何故アルリオはベッドを見ると跳ねるかどうかを確認するのでしょうか。
私はベッドに跳躍力を求めた覚えはありませんが。
ひとしきり部屋を見て回ったので、せっかくですからソファーの置かれた談話スペースへ移動する事に。
ソファーの跳ね具合を報告しなくていいので、こっちを見て訴えようとしなくていいですよ、アルリオ。
「そういえば、ルナ。魔力紋というものを利用したのが超古代遺物だという話だったけれど、新しい魔道具を作る時はその魔力紋とやらを新しく作っていく、という事になるのよね?」
「それについてなのですが、わざわざ精霊を頼らずに使える魔道具を作ってみようかと」
「――え?」
「確かに魔力紋とやらを駆使すれば、従来の魔道具を作れます。ですが、この建物を見ている内に思いついたのですが……この建物、超古代遺物とは少々違った技術を使用していると思うのです」
精霊が介在して初めて効果を齎すとされる超古代遺物の劣化模造品――それが魔道具です。
ですが、こうしてこの建物を見ている限り、どうにもそういった技術とは異なった技術が用いられているような気がしてなりません。
「アルリオ、この建物に魔力紋は確認できますか?」
「んーっと……うん、ないですねっ!」
「先程の私やエリーの魔力を登録した技術や、あの文字を映し出す時に浮いている光の板らしき何かも、精霊が手を貸している訳ではないという事ですね」
「あれー? そういえばそうですねー。でも、魔力は感じられますよー?」
「やはり、ですか」
この施設に入ってから見てきたものは、これまで見た超古代遺物の模造品である魔道具とは、どうにも方向性が違うような気がしてなりませんでした。
どちらかと言えば、この建物の技術は『利便性を追求した、人間らしさ』、とでも言いましょうか。そんなものを感じさせられます。
故に、この建物は『一足飛びに人間では生み出せない力を齎す超古代遺物を用いた』のではなく、『技術の進歩を重ねて行き着いた先で造られた』のではないかと、そんな感想を抱いたのです。
だからこそ、アルリオにも訊ねてみたのですが……やはりそうだったようですね。
「ど、どういう事ですの?」
「つまりここは、超古代遺物とは別の技術によって――いえ、『人間の手によって研鑽されたであろう技術によって作られている』のではないかと」
その言葉に返ってきた反応は、エリーとアルリオで対照的とも言えるものでした。
エリーは驚きに目を見開き、対するアルリオは明らかに苦い表情を浮かべたような、そんな気がしました――兎ですが。
「アルリオ、そろそろ話してもらいます」
「……何を、と訊いても?」
「そうですね……。古代文明が滅びた理由――いえ、“それ故に神々が神子となるに至った経緯”を」
そんな一言を告げてみせれば。
アルリオは先程のエリー以上に驚きに目を剥いて、そうして観念したかのように肩をがっくりと落としてため息を漏らしました。
「……ルナリア様が目覚めた影響で、記憶が……?」
「分かりません。ですが、直感めいたものはありますね。この建物を作るに至った古代文明が滅びた理由と、神々が神子となる選択をした理由が、全く繋がりがないという事は有り得ない、と」
――この建物の技術を知らないかのように振る舞った、先程のような誤魔化しは通用しませんよ、と。
そんな意味を含めた視線を向けてみせれば、アルリオはぽつぽつと語り始めたのでした――――。
少々リアルが立て込んでしまっているので、11月中は更新速度が落ちるかと思われます。
なるべくペースを落としすぎないように頑張るつもりですので、宜しくお願いしますー!




