3-11 魔法研究塔と今後について Ⅲ
「古代文明が現代とは全く異なる文化だとは聞いていましたけれど、こうして目の当たりにすると言葉になりませんわね……」
研究所の入り口にて認証部分に手を当てながら魔力登録なるものを行うと、近づくだけで自動開閉する扉。中に入れば、ツルツルとした床と壁面に、採光された陽の光が白を基調にしたロビーに射し込んでいて、非常に明るく。
見たこともない硬質な机はツルツルに磨き上げられているようで、とても再現できそうにはありません。
それらを目の当たりにしたエリーの感想であったようですが、同行していたオレリアさんも言葉を失っており、内部を知っていたらしいアナさんだけが、唯一見慣れた様子でエリーとオレリアさん、そして私を微笑ましげに見ていました。
「ここはどうやら、もともと研究所のような場所であったようです。内部には使い道の分からないガラス製の器具等も置かれておりましたが、そのどれもが今でも使える状態で置かれています」
「今でも……? 劣化しませんでしたの?」
「どうやら、この建物は人が入っていない間は内部の時間が止まっているようなのです。飲み物を零してそのままにした検査員が数日後に再びこの施設にやって来た際、まったく乾いていなかった事から仮説が立った、というのは少々情けない話ではあるのですが……様々な実験を行ってみたところ、時間が止まっているのだろうという結論に至ったのだとか」
「つまり、この施設自体が……魔道具、だと?」
エリーが驚愕しながら呟いた一言に、アナさんは頷いてみせました。
「おそらくはそうでしょう。それだけでも滅びた古代文明がどれ程の魔道技術を有していたのかが窺い知れるというものです。たとえば、この時間を止めるという技術を流用できれば……」
「お肉様狩り放題、ですね」
「……ええと。えぇ、まぁ。そう、ですね……?」
「ルナの相変わらずのお肉様欲は置いておくとしても、実際そこにも大きな利点がありますわね。新鮮でなければ薬効の消える植物、食べ物。そういったものを持ち運びする事さえ可能になる。それはもはや革命的とさえ言えますわ」
ふむ……惜しいですね。
お肉様だけでも革命的だと言えると思ったのですが、それ以外にも、ですか。
思い当たるものは特にありませんが、確かに魚などを港から遠い場所で新鮮に食べられたりするのであれば、便利かもしれませんね。
「え、エリザベート様の言う通りです。しかしながら、この建物に置かれていた書物はどれも読めないものばかりでして、解析が進まず、そのため半ば放置されていたのが実状なのです。たとえば……これですね」
アナさんが手に取ったのは、ロビーの出入り口から程近い場所にある一冊のノートでした。
そこに書かれている文字を見て、アナさんはともかく、エリーもオレリアさんも眉を寄せて目を細めました。
「読めませんわね……」
「なんだか妙に角張っているというか……うーん」
私も覗き込ませていただきましたが……ふむ。
「受付帳と書いてありますね。精霊魔道研究科、名前は正確な読み方が分かりませんが、おそらくはそちらは名前だと思います」
「よ、読めるんですかっ!?」
「古代精霊語と混ざって使われている単語が多いようですが、前後の文脈から意味だけなら。もっとも、先程も言った通り名前までとなると正確には読み取れませんし、いくつかの資料を照らし合わせながら解析しなくては理解できそうにありませんが」
単純な話ですが、文脈から理解できる単語を抜き取りさえすれば、分からない単語は浮き彫りになります。その単語が使われている文面をさらに探し、それらの共通項を抜き出しつつ洗い出していく作業になりますので、時間がかかりそうではありますね。
「それはおかしいですね……」
「何がです?」
アナさんがどこか腑に落ちない様子で続けました。
「当時の魔道具――つまりは超古代遺物を作っていたのなら、古代精霊語を理解しているはずですし、混ざっているというのは……」
はて、それのどこが不思議なのでしょうか。
小首を傾げていると、エリーが私にそっと近づいて耳打ちしてきました。
「ルナは知らないかもしれないけれど、古代文明期に超古代遺物を作れたのは、『古代文明期に古代文明人は精霊より古代精霊語を与えられ、そのおかげで超古代遺物を生み出さるようになった』と言われているのよ。なのに文字が違うなんて記述はないのよ」
「単純な話では?」
「え?」
「そもそもの話ですが――古代精霊語と言われているこの言語ですが、これ、精霊は読めませんし」
「「――は?」」
私も知らなかったのですが、以前ニーナ先生に魔道具の事をお話した後、私は私で古代精霊語に興味を持ったので、調べてみる事に。
早速とばかりに、アルリオに古代精霊語を紙に書いて読めるかと問いかけた事があるのですが、アルリオから返ってきた答えは「見た事ないし読めませんごめんなさい!」でした。
もしやアルリオだけが知らないのかと思い、アルリオを通して他の精霊――かなり長寿な方もいたようですが――にも訊ねてみたのですが、返ってきた答えはやはり「わからない」の一言でした。
一度は魔道具の仕組みについて暗礁に乗り上げかけた訳ですが、そんな話をしている時にふと気になり、アルリオに問いかけたのです。
――「そういえば、アルリオのように言語を喋れない精霊はどうやって意思疎通するのですか」と。
そんな質問に返ってきたのが、「精霊同士なら『魔力紋』で意思疎通できるから、そもそも言語はいらない」でした。
詳しく聞くと、どうやら精霊には“魔力を通して出る紋様”とやらが見えるらしく、その魔力紋とやらが出す紋様――曰く、オーロラのような光の波に見えるそうですが、これを通して精霊はお互いに意思疎通を図るそうです。
であれば、です。
その魔力紋とやらを意図的に調整し、魔法陣で魔力を循環させ、特定の効果を出す事ができればどうなるのか。
野良精霊には物事の判断基準に善悪を用いられる程の知能がないものが多いようで、魔力紋が「光を出して」という信号を発していれば、それに呼応して精霊が光を放ったりもするそうです。
つまりこれが、超古代遺物の真相だった、という訳です。
意図的に魔力紋を生み出し、精霊の力をアテにして発動させるという代物でしかない、という訳ですね。
有り体に言ってしまえば、です。
古代精霊語とはつまり言語ではなく、“魔力紋を歪ませる為の図形”であり、その図形が持つ意味を組み合わせる事で言語のように扱われていたが、実際は言語として機能していなかった代物、という事です。
「――そういう訳ですので、当然使いにくい部分もあったりします。そんな文字、日常使いはしないのでは?」
使いにくい文字をいちいち使うなんて嫌でしょうし。
所々で使われているようですし、幾つかは取り入れたりもしたみたいですが。
そういえば、これを見ていると古代精霊語で本を書いた人は一体何がしたかったのでしょうか。
たまにちゃんとした歴史を綴っているらしい本もありましたが、内容がメチャクチャなものもありましたし、もしかしたら適当に書いたものだったりしたんでしょうか。
そんな事を考えながらエリーとアナさん、それにオレリアさんが無言のままでしたのでそちらに視線を向けると、目と口を真ん丸にした三人がこちらを見ていました。
「……そんな、真相が……あっさりと語られるものなのですか……?」
「……まぁ、ルナだものね。えぇ、分かっていたわ。分かっていたけれど……やっぱりこう、腑に落ちないのよね。この他愛もない感じで言われる驚きの真相とか……」
「ルナちゃん……さすが常識殲滅姫だね……」
「ちょっとオレリアさん、その呼び名、どこから入った情報ですか?」
「へっ? あ、えっと、イオ様とアリサ様から……?」
……てっきり学園だけでの渾名だと思っていたのですが、どうやらイオ様やアリサ様にも知られているようですね。




