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人形少女は踊らない  作者: 白神 怜司
Ⅲ 人形少女と二人の神子
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3-10 魔法研究塔と今後について Ⅱ

「――これは……?」


超古代遺物(アーティファクト)の“門”とは、物理的な扉とは異なります。“繋ぐ”という役割を果たすという意味での“門”であり、その先に広がる空間は異界と言われております。この魔法研究塔に使われた“門”は、かつての英雄王が利用していたという、『湖畔の隠れ家』という空間に繋がる“門”です。ジーク陛下より使用許可をいただきましたので、こちらに使わせていただきました」


 アナさんの言う通り、目の前に広がるのは手入れの行き届いた森のような空間でした。

 陽光とも言える陽射しが間伐された木々の枝葉から射し込まれてきていて、なんとも柔らかな光に包まれています。


「というと、もしも“門”以外から出入りしようとしたら?」


「いえ、不可能でしょう。“門”以外からは出入りできません」


「……なるほど。防犯上、これ以上のものはない。つまり、王家としてもそれだけ魔道具開発には力を入れている、という訳ですわね」


 確かにそれはそうでしょうね。

 異界との出入りは“門”を通るしかなく、他に出入りする事はできないのですから、出入り口となる“門”さえ押さえておけば他からの侵入も脱出もできない、と。

 守りやすく攻め入られにくいという点ではこれ以上のものはなさそうですね。


 エリーの言葉にはアナさんも同感であったらしく、頷いて肯定を示しました。


「アヴァロニア王国としては、魔道具研究には多大の期待を寄せています。超古代遺物(アーティファクト)でも珍しいタイプとなる『結界系』がもしも擬似的に作れれば、魔物に対する防衛度は一気に高まります。また、攻撃系が充実すれば魔物に対する対抗策が赤竜騎士団という精鋭でなくとも手に入るとなります。そういう意味では他国よりも戦力面に期待が高いのは言うまでもありません」


「我がファーランドの交易都市としても、魔道具研究には期待していますわよ。マジックバッグのような重量と質量が変わらないにもかかわらず、中に大量の物資を保存して携帯できるというのは大きいですもの。それに、交易には魔物に対する防衛手段というものが増えるのは喜ばしいものですわ。護衛費用も馬鹿になりませんものね」


 ふむ、そういうものですか。

 私としては、目下としてお肉様を新鮮かつ大量に手に入れる方法を確立する、という目標があったりもするのですが。

 そういうものを国の防衛力や戦力に活かす事ができるのであれば、確かに実用性は高いのかもしれません。


「では、奥へまいりましょう」


 アナさんに促され、私達は森の奥へと向かって再び歩き始めました。


 その先にあったのは、『湖畔の隠れ家』という名が相応しい美しい湖と、そのすぐ側に佇む落ち着いた雰囲気でありながら大きな木造りの家が佇んでいました。

 隠れ家と謳われているようですが、あれではお屋敷ですね。


「あちらが元々王族が利用していた『湖畔の隠れ家』です。居住スペースとして利用できるよう、ほぼそのまま流用していますが、多くの資料を運び込みましたので蔵書量は一般的な住居の比にはなりません」


「あそこは研究所ではありませんの?」


「もちろんです。研究所として設けられた建物はあちらのお屋敷の奥にございます」


「新たに建てたのですか?」


「いえ、もともとあった建物です。どちらかと言えば、あのお屋敷の方が隠れ家として使う為に新たに建てられたものです。研究所となっているのは不思議な建物で、“門”と似たように認証した者しか入れない建物となっているようです。かつては有事の際の避難所として使えると考えられていたのですが、幸いその出番がくる事もなく今日を迎えました」


 有事の際の避難所では、確かに出番がない方が幸いではあるのでしょう。


「――おーい、ルナちゃーん!」


 お屋敷の方から声が聞こえて視線を向けると、オレリアさんがこちらを見て手を振っていました。どうやらちょうど二階を掃除していたようで、私達に気が付いたのでしょう。

 向こうも窓に背を向けて慌てた様子で駆けていましたので、おそらく降りてくるつもりでしょう。私達もお屋敷に向かう事にしました。


「久しぶりだね、ルナちゃん!」


「お久しぶりです。残念殿下についてはお悔やみ申し上げます」


「死んでないよっ!?」


「そうでしたか。社会的には死んだと思っていたので、間違ってはいないものかと思いましたが。すでに王族身分を剥奪されて、社会的にはお亡くなりになったと言っても過言ではありませんし」


「た、確かにそう言われると間違っていない、のかも……? あ、あれー?」


「落ち着いてくださいまし。ルナもそれっぽい事を言って納得させないの」


「すみません、オレリアさんなら適当な事を言っても納得してくれそうだったので」


「えっ、わたし騙されそうだったの!?」


 騙そうとしたと言うと人聞きが悪いものです。実際私はそういうものだと思っていましたし。


「オレリアさん、しっかりと挨拶を」


「あ、すみません、アナさん! えっと、元赤竜騎士団侍女隊所属のオレリアです! 実はジェラルド様付きの侍女になったばかりだったんですけど、ほら……エリザベート様とルナちゃん相手なら事情を言わなくても分かると思うけど……」


「お悔やみ申し上げます」


「またそれっ!? って、うん。そういう訳で、赤竜騎士団の侍女隊に戻るっていうお話もあったんだけど、ルナちゃんが凄い事になってるって聞いて、立候補してきました!」


 ふんすと鼻を鳴らしてみせるオレリアさんですが、その後ろでは頭痛がするとでも言いたげにこめかみに手を当ててため息を吐いているアナさんの姿が見えていますね。

 怒られる未来が手に取るように分かるのですが、黙っておいた方がいいでしょう。


「必要最低限の人数で、かつ必要な仕事を任せられるという人材となれば、必然的に限られます。オレリアさんは若くして侍女隊の一人として認められていますし、経歴面では信頼できますから。何よりルナ様とも面識があるとの事でしたので採用させていただきました」


「ありがとうございます、アナさん!」


「……ルナ様、問題はありますか?」


「アナさん!?」


「いえ、問題はありませんよ。むしろ助かります。――気楽で」


「気楽!?」


 オレリアさん相手なら、知らない相手よりは余程気楽なのは事実です。

 エリーは公爵令嬢ですし、しっかりと仕事ができる人がいてくれる方が良いとは思いますし、そういう意味ではオレリアさんは信頼できますから。


「オレリアさん、こちらがエリーです」


「はじめまして、エリザベート・ファーランドですわ」


「お初にお目にかかります、エリザベート様。『湖畔の隠れ家』付きの専属侍女として任命されました、オレリアと申します。何かあればお気軽にお申し付けくださいませ」


 先程までの明るい振る舞いからは一転して、エリー相手にはいかにも侍女らしい態度と挨拶をしてみせるオレリアさん。この変化にはさすがにエリーも驚いたのか、目を丸くした後でふっと小さく微笑んでみせました。


「なるほど、さすがは有名な侍女隊所属の御方ですわね。切り替えてみせる事ぐらいは簡単にできる、と」


「ふふっ、当然です。仕事中はしっかりと区別しています。――と言うよりも、ルナちゃんには素で接するようにって言われているだけですから……」


 ぽつりと呟いた一言に、「ちょっといいかしら」と半ば断る余地のない物言いでエリーがオレリアさんを連れて私とアナさんから離れていきました。


「どうしたのでしょうか?」


「おそらく、高位貴族令嬢の対応ができるかどうかを見極める為に色々と質問しているのでしょう。ルナ様が気にする必要はありません」


「そうですか」


 高位貴族令嬢のお世話と言われると、どうしても何人もの侍女に囲まれているような光景を思い浮かべてしまいます。

 エリーの私生活を見た事がある訳ではありませんし、学園に侍従や侍女を連れている方はいませんが、きっと家ではそんな生活に違いありません。

 そんなエリーのお世話をするとなれば、オレリアさん一人では不安にもなるというものでしょう。


「それで、何故ルナに対してだけ侍女らしく接しようとはしなかったの?」


「はい。ルナちゃんの環境が環境でしたので、もしかしたら同世代程度の女性に忌避感を抱くのではないかと……。万が一そういった部分が出るようなら、下手に同世代の子女に近づける訳にはいきませんから、そういった反応がないかを試すようにと」


「なるほど……。ルナの環境を考えれば、そういった事を配慮するのも必要だったという訳ですわね……。ありがとう、参考になったわ」


「いえ。ですので、公私を混同している訳ではないという点にはご理解いただければ、と。もっとも、ルナちゃんの事は私も好きなので、役得だとは思っていますが」


「……ふふっ、そう。なら、わたくしとしても問題どころか、いっそ歓迎したいぐらいですわ。よろしく頼みますね、オレリアさん」


 小さな声で喋っていたようですが、意気投合したようで何よりですね。

 二人の挨拶も落ち着いたところで、アナさんに先に研究施設を紹介すると言われ、私達は屋敷を通り過ぎるように湖畔から離れる事になりました。


「あれは……まさか、古代文明の建物ですの?」


「そうだと言われていますね。出入りに“門”と似た認証方式が採用されていますし、ほぼそれで正解ではないかと」


 前方にある建物は、まるで真っ白な巨大な箱のようでした。

 採光用と思しき窓ガラスが嵌め込まれているのも見えますが、全体的に白く四角いという印象が強いものです。

 これまでフィンガルで読んできた本には様々な文化と建築様式が書かれたものもありましたが、私もあのような建物は見た事もありません。


「建物の材質も解析できておりません。そもそも、一部を破壊して解析しように傷一つつける事もできませんでしたので、当時の研究者もお手上げだったようです。ですが、裏を返せばそれだけ強固な建物とも言えます。新たな魔法陣研究にも耐えうるであろう建築物という話が出た際に、陛下が真っ先に推したのがこの建物でした」


「確かに、傷一つつかないような代物なら、研究施設としてはうってつけですわね」


「消滅させたら消えるかもしれませんし、試してみましょうか?」


「いきなり器物損壊に走ろうとしなくていいわよっ!?」


 壊せないと言われると、つい試したくなるんです。

 そんな私の気持ちはエリーには伝わってくれなかったようです。


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