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人形少女は踊らない  作者: 白神 怜司
Ⅲ 人形少女と二人の神子
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3-2 魔装の”解放” Ⅰ

すみません、更新遅れました。

本日は時間があるので2話更新予定となっております。

「――……ふむ。何やら奇妙な視線を感じたのですが、気のせいでしたか」


「ルナ、どうしたの?」


「いえ、どうにも舐めるような気色悪い視線を向けられたような気がしたのですが……気のせいだったようですね」


 季節も移ろい、初夏を迎えるアヴァロニア王国。

 夏らしいと表現するにはまだまだ暑さは柔らかなものですが、それでも夏の訪れを肌で感じられる程度には気温も上がってきたように思えます。


 学園の敷地内は人工的な森が広がった区画がありますが、その中に建てられたのが『魔法研究塔』です。

 そのおかげで木々の枝葉が遮ってくれている陽射しは柔らかく、比較的涼しいぐらいですが。


 さて、そんな魔法研究塔へとエリーや無口(クロ)さん、それにフィンドレイ商会の双子の片割れであるヘンリーさんとやって来たのですが、見学を終えて外へと出たところで向けられた不愉快な視線。

 姿を消したアルリオが私の言葉を受けて周囲をキョロキョロと見回していますが、どうやら特に変わったものはなかったようです。


「にゃはは、ルナっちも今や人気者だからにゃー。色々な種類の視線を向けられるのは有名税にゃ。私もだけどにゃっ!」


「ニーナ先生が人気者か晒し者かは置いておくとして、確かに今ルナ嬢は――いや、エリザベート嬢もルナ嬢も人気者なのは間違いないでしょうね」


「晒し者にゃ!?」


「あら、どうしてわたくし達が?」


「無視されてるにゃ!?」


「先生、うるさいです」


「ルナ嬢はいつも辛辣にゃ!?」


「決まっていますよ。殿下――いえ、ジェラルド殿が退学となった今、学園内で最高位の貴族家子息令嬢は公爵家のエリザベート嬢です。注目が集まるのは間違いありません。そんなエリザベート嬢といつも共に行動し、渦中の人物とも言えるルナ嬢もまたそうでしょう。そう考えれば、良くも悪くも視線が向けられるのは当然と言えますからね」


 ニーナ先生が皆さんから無視されてイジけている一方で、ヘンリーさんは当然だと言いたげに胸を張ってみせると、ふっと苦笑を浮かべて肩をすくめて見せました。


ヒース()はバカな真似をしたものですね。エリザベート嬢とルナ嬢、“本物”を持つ御二人を敵にして、見た目だけで可愛がられているような“偽物”につられてしまうのですから」


「ん、今はぼっち」


「クロさん、意外と的確に傷を抉っていきますわね……」


 ヘンリーさんの家であるフィンドレイ商会、その息子で双子のヘンリーさんと片割れの方は、アメリアさんの取り巻きとも言える面々の中で、唯一と言っていい程に糾弾されずに済んでいます。

 とは言っても、無口(クロ)さんの言う通り、現在は一緒になってアメリアさんを追いかけていた仲間達は全員が退学してしまい、ものの見事に独りぼっちになってしまっています。


「エリザベート嬢につくと決めたあの日から、弟には何度も『つくべき相手を見誤るような真似はするな』と注意していたのですがね。弟はそれを言う度に僕に噛み付いてきたものです。クロさんの言う通り、自業自得でしょう」


「弟に対してドライだにゃぁ」


「僕らは双子ですし、考え方や行動に似通った部分はあります。それでも全てが一緒、という訳ではないのですよ、ニーナ先生。ヒースは殿下とそのお気に入りにつく事で、僕を出し抜く機会だとも考えていましたからね」


「出し抜く? 兄弟で勝負でもしているのにゃ?」


「いえ、そうではありません。双子であっても先に取り上げられ、兄となった僕。フィンドレイ商会の次期商会長は慣例に則り、長男である僕に優先権が与えられるのです。ヒースはそれを面白くは思っていない節がありましたから。ヒースにとって、アメリア嬢――延いてはジェラルド殿や高位貴族と付き合う事で、人脈を手に入れ僕を出し抜く機会だったという訳です」


「結果として御破算。それどころか、廃嫡や幽閉。そのような方々と付き合ってきたヒースさんには悪いですが、そういう相手と付き合い続けた方と見られている以上、近づく者はいない、という訳ですわね」


 騎士科で残念殿下についていた方々も、すでに騎士科を離れています。

 エリー班と呼ばれた私達と、殿下班に入っていたジーナさんとフローラさんしか魔装持ち近接戦闘クラスには残っていませんし、どうやら他のクラスを選んでいた方々も何名かは転科したようです。

 そのせいもあってか、例年よりも騎士科に所属している生徒は減ってしまいました。


 科の先輩方にも残念殿下に近づく為に入っていた生徒はいたようで、そういった方々は今更転科を選択する訳にもいかず、惰性で訓練を続けていて練度も下がっているのだと、コンラッド先生が愚痴っていますし。


 残念殿下、意外と影響力はあったようです。

 正確に言えば“王族”という肩書きが、でしょうけれど。


「この状況ですり寄ってくる相手など、おおかたフィンドレイ商会に取り入ろうと考える者ばかりでしょう。ヒースはそういった相手を毛嫌いしていますから、なおさら孤立するのは目に見えていますよ」


「自分も似たようなもの、なのに」


「……先程から結構言いますわね、クロさん……。でも、確かに同族嫌悪という言葉がお似合いではありますわね」


 ふむ、独りぼっちですか。

 別に大した支障はないのですし、周りを煩わされるよりは楽だと思うのですが、なんとなく独りぼっちというのはよろしくないような物言いをされるもののようですね。

 人それぞれだと思いますし、私は何も思うところはありませんが。


 そういえば、昔読んだ本に書いてあった一説がありましたね。

 あれは確か……――


「すり寄ってくる者に許容範囲内で蜜を吸わせつつ、それ以上の見返りを得る為に利用するのが一流。それができずに毛嫌いするだけなのは二流であり、孤立している自分を省みないのは三流の証明」


 ――でしたか。

 こういうものを思い出せるとスッキリした気分になれますね。


 そんな事を考えていると、エリー達の声が止まって歩みも止まってしまったようです。

 振り返ってみると、何故かエリーは何かを考え込むように、ヘンリーさんは表情を引き攣らせ、ニーナ先生は軽く引いた様子で私を見ていました。


 ……はて、なんでしょう?


「……ルナ、あなたもなかなか言うわよね」


「はい?」


「父にも似たような事を言われた事はありましたが……なるほど、確かに至言ですね。ヒースも一流になってくれれば良いのですが」


「わたくしも似たような事なら言われた事がありますわね。お互い、すり寄られる立場にいる以上、毛嫌いして相手にしないだけではキリがありませんものね。ルナ、いい事を教えてくれて助かりますわ」


「はあ……そうですか」


 何に対して言っているのかは判りませんが、まぁいいでしょう。


「先生、この研究塔はいつから正式に使えるようになるのですか?」


「にゃ、もう建物はできているから、あとは搬入作業で明日一日かけるそうにゃ。早ければ明後日から使えるにゃ。さすがはフロックハートの職人にゃ」


 この魔法研究塔は建築系の〈才〉や【地】の契約精霊を持っているという、イオ様の領地から紹介されてやって来た方々が凄まじい速度で建ててくれました。


 フロックハートの職人が動くのは最先端のものを造る時と、“自分達が納得できるものを造る時”だけと言われています。たとえ国からの依頼であっても、それらの条件をクリアしなければ力を貸さない程だと言われている、まさにこだわりの職人集団です。

 それ程までの実力者達だけあって塔の内部は色々と真新しい技術が組み込まれているそうですが、塔という構造上、どうしても最上階との行き来は面倒になります。


 魔道具で勝手に登ってくれるようなものが作れれば楽になったりするかもしれませんし、試してみる価値はありそうですね。


 そんな事を考えつつ、ニーナ先生の喜びぶりに相槌を打つエリーや他の皆さんと歩いていると、前方からコンラッド先生が歩いてくるのが見えました。

 私達がコンラッド先生に気が付いて視線を向けると、コンラッド先生は軽い調子で手をあげて挨拶してからこちらに近づいてきました。


「ニーナ先生、授業はもう終わりですか?」


「新しい塔ができるまで、授業らしい授業は予定してないにゃ。色々と資料なんかも運ばれていて、やれる事がにゃいんだにゃー」


「そうですか。では、ルナ嬢とエリザベート嬢の御二人を少々借りてもよろしいですか?」


 私とエリーを、ですか。

 お互いに顔を見合わせて小首を傾げていると、ニーナ先生から承諾を得たコンラッド先生が私達に視線を向けました。

 心なしかいつもの柔らかい雰囲気が消え、騎士らしく表情を引き締めているように見えます。


「――ルナ嬢、エリザベート嬢。魔装持ち近接戦闘クラスの生徒として、赤竜騎士団より依頼が届いている」


「依頼、ですの?」


「詳細は後ほど説明させてもらう事になる。だから一度、王城内の赤竜騎士団の騎士舎に同行してもらいたい。すでに他の面々には招集をかけて集まってもらっているんだ」


「……分かりましたわ。ルナ、行きましょうか」


「はい」


「そういう事ですので、御二人は預かりますね」


「了解したにゃ」


 短いやり取りではありましたが、エリーもあっさりと承諾したようですし、私も断る理由はありませんからね。

 その場でニーナ先生と無口(クロ)さん、ヘンリーさんに別れを告げて、私とエリーはコンラッド先生に連れられて学園を後にしました。




 赤竜騎士団騎士舎内にある一室、作戦室(ブリーフィングルーム)

 私とエリーがコンラッド先生に案内されるままに室内へと入ると、すでにいつもの面々は集まっていたようで、私達の姿を見るなり何故か安堵したような表情を浮かべました。


 何かあったのかと疑問を浮かべる私とエリーが口を開こうとしたところで、前方の扉が開かれ、レイル様が入ってきました。


「よお、楽にしてくれや。そう緊張しなくたって構わねぇよ。話を聞いて協力するもしないも、お前さんらの自由だからな」


 レイル様らしい砕けた物言いに、堅苦しい態度が苦手らしいツンツンヘアー(クラウス)さんやお調子者(ラウレンツ)さん、ジーナさん、フローラさんは僅かに肩の力を抜いたようですが、それでもまだ緊張しているように見えますね。

 岩男(ラルフ)さんに至っては、じっと観察するようにレイル様の身体を見て感心したように頷いていますが……よく分からないので放っておきましょう。


 そんな私達の態度を感じ取っているのか、レイル様も苦笑を浮かべつつ肩をすくめました。


「ま、楽にしてくれって言われて本当に緊張感が皆無になっちまうのも問題っちゃ問題だからな、そんなもんで構わねぇ。――さて、お前さんら学生に集まってもらった件についてだが……コンラッド、どこまで話した?」


「はっ。自分が話したのは赤竜騎士団から依頼がある、という話だけに留めております」


「おう、ご苦労さん。――っつー訳なんだが……特にルナ嬢ちゃん。お前さんがいなきゃ、この依頼はそもそも無意味になっちまう」


「私ですか?」


「あぁ、そうだ。聞けばお前さん、“魔装の第二形態”の顕現に成功したんだよな?」


 ……ふむ、聞いた事がありませんね。

 小首を傾げる私の横で、エリーが「何をやらかしたの?」と私に耳打ちしてきました。

 おかしいですね。私は何もやらかしていませんし、やらかすような性格もしていないと自負しておりますが。


「あー……、そうだったな。魔装の第二形態っつっても、お前さんにゃ分からねぇか。誰か説明できるヤツはいるか?」


「はいっ!」


「おう、お前さんはクラウスだったか。言ってみろ」


「契約精霊の力を引き出す事で、魔装が新たな力を発現させる――それが魔装の第二形態です! 今までに発現できたのは数えられる程しかいなかったと言われています!」


「結構だ。っつかお前さん、もうちょい肩の力抜けよ。別に取って喰ったりしねぇんだからよ」


「す、すみません!」


 どちらかと言えば斜に構えた態度を取る事の多いツンツンヘアー(クラウス)さんにしては珍しく、なんだか固い感じがしますね。

 レイル様も変わらない態度に苦笑してから、私に視線を向けました。


「ま、そんな訳でコンラッドから報告を受けてな。【幻月】とか言うんだろ、お前さんの魔装の第二形態は」


「確かに【幻月】()使いましたね」


 以前、騎士科の訓練でなんとなく使えそうな気がして使った事がありますね。

 とは言っても、それが魔装の第二形態なんていう仰々しいものなのかは私も知りませんが。


「魔装の第二形態ってのは、強力な力を有している事が多い。だが、そっちのクラウスが言った通り、顕現できるヤツは限られていてな。そのせいか、魔装の“解放”だなんて呼ばれていたりもする代物だ」


「はあ、そうなんですね」


「ま、自覚がないってんならそんな反応になるのも……いや、ルナ嬢ちゃんが相手だから頷けるって気分だな、コイツは」


「そうですか?」


「とにかく、なかなかできるヤツがいねぇってのが“解放”なんだよ。んで、ルナ嬢ちゃんがそれをやれたっつー報告を受けて、集まってもらった訳だ。依頼ってのは、その“解放”に関する実験だ」


 コンラッド先生から報告を受け、アラン様とレイル様が話し合ったところ、“魔装の第二形態”とやらを発現するきっかけが掴めるのではないか、という話になったそうです。

 そこで、そんな“解放”を起こした私から話を聞きつつ、魔装持ち近接戦闘クラスに所属する皆さんで色々試してはどうか、と。


 レイル様から話を聞いて、皆さんはどうやらやる気になっているようですね。

 エリーも何故か私にその事については訊ねてきていませんでしたが、気にはなっていたようですし。


「っつー訳で、ルナ嬢ちゃん。協力してくれねぇか? 魔物の暴走(スタンピード)が近い今、少しでも戦力向上できるっつーんならやれる事はやっておきてぇんだ。頼む」


「……そうね。わたくしもあなたにばかり恩恵を貰っていては不公平だからと訊かずにきましたけれど、貴族として力を手に入れ、民を守らなくてはなりませんもの。ルナ、教えてくれないかしら?」


 レイル様とエリーから真摯に頼まれて、私は――首を傾げました。




「――そもそもの話、魔装の“解放”がしたいのなら、魔装に訊けば教えてくれますが?」




 私が当たり前の事を答えてみせると、皆さん揃って目と口を大きく開いて固まってしまいました。


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