閑話 エリルナの日常
学園の授業が休みの週末、私はエリーと共に王都へと繰り出していました。
事の発端となったのは、エリーが白百合寮の私の部屋を見て、ぽつりと呟いた一言です。
――「……ルナの部屋、生活感がなさすぎますわね」と。
私にとって部屋と言えば、寝起きができれば特に問題はないのです。
フィンガルでの暮らしに比べれば、比較にならない程に寝心地も良く、寒くないですからね。
しかし、エリーにとってはそれだけでは足りなかったようです。
イオ様が用意してくださった服のおかげで色々な私服はあるのですが、曰く「女子らしい小物が必要ですわ」との事で、王都内のお店を見て回る事となったのです。
「そういえば、ルナの私服らしい私服って初めて見ましたわね……」
「そうですね。制服が便利ですので、正直私としては制服のままでも問題ないのですが」
「ちゃんと着飾りなさいな。せっかく整った顔をしているのだから」
「そうですね。顔のパーツはどこも欠損していません」
「そういう意味ではありませんわよっ!? というかその意味なら整っていると言わずにパーツも揃っていると言いますわよ!?」
「なるほど、そうですか」
「まったく、時々破天荒な勘違いをするのだから……。それにしても、今日の服装は悪くありませんわね」
私の今日の服装は、イオ様が一式をコーディネートした状態で収納されていた服をそのまま着ただけです。
イオ様は元々服装に拘るタイプだそうで、アリサ様も時々指摘される事があるのだとか。
王都の道を歩きながらそんな話をエリーにしていると、エリーが感心したように頷きました。
「『双翼の戦乙女』のイオ様と言えば、かなり有名な御方ね」
「そうなのですか?」
「えぇ。イオ様の御家であるフロックハート家は、デザインに拘る家柄よ。それこそ服はもちろん、建築物にも独自のデザインを次々と打ち出していると耳にするわ。伯爵家ではあるものの、その歴史は十分過ぎる程に有名で、フロックハートブランドと呼ばれるそれらは多くの貴族に愛用されているのよ」
「ふむ。詳しいのですね、エリーは」
「貴族社会じゃなくても有名と言えば有名だもの、流行に敏感な女性なら誰でも知っているわ。それに、今日行こうとしているお店はフロックハートが出資しているデザイナーが開いたお店なのよ」
聞けば、そのお店というのはエリーが普段遣いの小物などを買うお店だそうで、気取り過ぎず、なおかつ安っぽくないというのが気に入っているのだとか。
「てっきり公爵令嬢ともなれば、しっかりとしたもの、高級なものが多いと思っていたのですが、そうでもないのですね」
どうしても高級な品々や無駄に高そうなものが置かれているイメージを思い浮かべてしまうのは、きっとフィンガルでの影響なのでしょう。
高位な方の私室と呼べる部屋はそこしか知りませんし、赤竜騎士団の騎士舎はそういった環境でもありませんでしたからね。
「人それぞれだけれど、わたくしの家はそういったところにはあまりお金を使う事はないわね。貴族家がお金を消費するのも、一流の品を使うのも、それらを宣伝するという点やお金を回すという点では義務と言えば義務でしょうけれど、さすがに普段使いのものに金貨数十枚もかかるようなものを使うのは気が引けてしまうわ」
「金貨数十枚……」
「……お肉で換算して想像しないの」
何故かバレました。
顔には出ないと定評のある私を相手に、よく判るものですね。
「エリーの〈才〉は【読心】か何かですか?」
「いきなり何を……って、そういう事ね。あのね、ルナ。あなた、顔には出てなくても普段は意外と分かりやすい性格しているわよ?」
「そうでしょうか?」
「こうして一緒にいるんですもの、それぐらいは分かるわよ。もう慣れちゃったわ」
笑いながら楽しげにそう言うのなら、良しとしておきましょう。
そんな事を考えていると、エリーが私の耳にそっと顔を寄せてきました。
「それと、わたくしの〈才〉は【炯眼】よ。読心程の力はないけれど、文字通り物事を見抜く力はある方かしらね」
「面白い能力ですね。私のよりも使い勝手が良さそうです」
「……ルナの能力はなかなか難しい能力ってイメージよね」
「そうですね。生き物に通用しないので」
「それで良かったと思うわ。もしも生き物相手に――いえ、人相手にその能力が使えたりしたら、何か事件が起こる度にルナが疑われかねないもの」
行方不明者が出る度に私が【滅】を用いて消滅させたり、という事でしょうか。
以前そのような話をイオ様やアリサ様ともしましたが、死体であれば消せるのかまでは試していませんが。
「まぁ、〈才〉の話はここまでにしましょ。あまり町中の、不特定多数がいる場所で話すようなものじゃないわ」
「そうなのですか?」
「いくらアヴァロニアが〈才〉を重要視していないとは言っても、気にする人は気にするのよ。望まない〈才〉を持った事で他人に嫉妬してしまう人もいるの。だから、親しい相手以外には〈才〉までは言わないのが一般的よ。もちろん、職業柄お互いに把握しておいた方が良い騎士とかなら別だけれど」
「なるほど」
言われてみれば、確かに〈才〉を教え合う事はありませんね。
私もあまり気にした事はありませんし、そもそも私が〈才〉を手に入れたのは最近の話ですので、そういった常識があるなんて知りませんでした。
「では、どうして教えてくれたのですか?」
「わたくしの〈才〉を、って事かしら?」
頷いて肯定してみせると、エリーは僅かにむっと唇を尖らせつつじとりとこちらを見つめ、やがて諦めたようにため息を吐きました。
「……はあ。ルナが相手だと、意地を張るのも馬鹿馬鹿しいわね」
「はい?」
「わたくしとあなたの仲でしょうに。その……少なくとも、わたくしはルナとは親しいと思っていますもの。〈才〉を教えても良いと考える程度には」
少しだけ顔を赤くして、そっぽを向いたまま小さな声で告げるエリーの動きに、何故か後方で先程からこちらについてきている学園の方々が何かを堪えるようにしながらよろめきました。
アルリオを通してついてきているのは知っていましたが、学園でも日常茶飯事なので放置でいいでしょう。
「そういう事なら、私もエリー以外に言う事はないでしょうね」
「え?」
「私が〈才〉を教える程に親しいと言える人は、エリー以外にはいませんので」
イオ様やアリサ様は、親しいと言うよりもお世話になっている方々という印象が強いですし、アラン様もそれは一緒ですからね。そもそもあの方々は私の〈才〉については知っていますし、教える必要もありませんから。
「~~っ、もうっ! これだからルナは! ほら、さっさと行きますわよ!」
何故か先程よりも顔が赤く、耳まで真っ赤になったエリーに腕を引かれて、私達は王都散策を続ける事になりました。
エリーに案内されたお店の多くは、いわゆる小物をオシャレにしているお店でした。
クッションや椅子用のカバーから、宝石入れなど。ありとあらゆるものがカラフルで、しかし派手過ぎない落ち着いた志向の女性向け商品などです。
今回はエリーが白百合寮の私の部屋をコーディネートするつもりらしく、どうやら最初からお店に当たりをつけていたようで、これを選ぶならあっちのお店、あれを選ぶのならあそこのお店と、お店毎に特色を把握しているようです。
なんだかんだで色々と注文しては、エリーの名義で私宛に白百合寮への配送も頼んでくれる事になりました。
「エリー、お金はどうすれば?」
「あら、言ってなかったかしら? お父様からルナへの御礼よ」
「エリーの父親から、ですか? 何故です?」
「……本当に心当たりがないのね。ルナ、あなたは攫われた貴族令嬢を単身で助けたのよ? そんな活躍をすれば、本来なら家に招かれて感謝を告げ御礼を渡すものなの。お父様も是非御礼をしたいって言っているのだけれど、学校の休みとお父様のお休みが合わないし、殿下の事もあって今は色々と貴族社会もごたついているものだから、なかなか招く機会がないのを気にしているのよ」
残念殿下の幽閉と高位貴族家子息の廃嫡というものは、さすがに貴族社会にも波紋を生んだようです。
アラン様も最近は陛下のお手伝いに駆り出されているそうで、なかなかお忙しく過ごしていらっしゃるとは聞いていましたが、こういう時は王族としての務めというものが優先されるのでしょう。
「別に気にしなくても良いのでは? 私がエリーを助けたのは、エリーの父親の為ではありませんし」
「そういう訳にはいかないのよ。もちろんわたくしだって感謝しているし、今回のはわたくしからのプレゼントにしたかったのだけれど、お父様がどうしてもってね。公爵でありながら御礼も渡せないままでは、ファーランドの家名を汚す事になるって言って聞かなくて。だから、今回のプレゼントは御礼を伝えるのが遅れている埋め合わせのつもりね。ルナがすんなりと受け取ってくれた方が、わたくしもお父様も喜ぶわ」
「そう、ですか。そういう事なら、ありがとうございます」
なかなかに面倒ですね、貴族というものは。
貴族ジョークだけではなく、こうした気遣いや、エリーが時折口にする貴族としての義務や責務を聞いていると、やはり私は絶対に貴族などという立場にはなれないというのが実感できます。
貴族になるなんて、私には無理な話ですね。
ともあれ、買い物が終わる頃には時間もお昼に差し掛かったようでした。
昼食はお店ではなく、一般的な平民がよく使うという露店通りへと足を向け、串焼きなどを幾つか買って噴水広場へと向かう事にしました。
王都の中心部にある噴水広場は馬車や竜車の出入りが禁じられているので、ゆっくりと過ごす事ができます。
時折行き交う人々がいたりもしますが、昼日中にベンチに座り込んで露店で買った串焼きを頬張るという人は決して少なくはないようで、それなりに賑わっているようです。
そんな中、私の目にはとある一団が目に付きました。
「あれは……」
「あぁ、冒険者でしょうね」
やはりそうですか。
前衛を務めていそうな屈強な肉体の男性や、弓を背負う見目麗しい女性。細身で無口さんを彷彿とさせるような短剣を持つ軽装の男性に、おそらくは契約精霊を用いて魔法攻撃をするような、ローブを纏った女性もいます。
「魔物の暴走現象が近いと言われている今、王都にはあちこちから多くの冒険者が呼び寄せられているわ。それに混じってガラの悪い連中も増えているみたいだから、気をつけないとね」
「いっそ装備を全て【消滅】させてしまえば……」
「やめなさい」
ダメなようです。
まぁ敵対してきたら消してしまえばいいだけですし、何もして来ないのであればこちらも一方的に消滅させる気もありませんよ。
そう付け加えてみると、エリーがぽつりと呟きました。
「あなたの場合、躊躇なく服も消し去ってしまいそうよね」
「服も装備品では?」
「そうだけど、それを消すのは絶対やめなさい」
何故か必死な様子でしたので、とりあえず頷いておきました。




