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人形少女は踊らない  作者: 白神 怜司
幕間 Ⅱ
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閑話 大司教と教皇

 アヴァロニア王国、王都アヴァロンにある創世教の大聖堂――大聖堂奥にある上位聖職者専用の居住スペース。

 創世教の司教以上でなければ侵入すら許されない一角となる、更に最奥部とも呼べる一室にて、フラムは跪いたまま言葉を待っていた。


「――……ほう、神子とな?」


「はっ」


「……なるほど。よもや天使を連れている程の高位の――それこそ上級神に連なる程の上位神が現世に生まれておるとは、さすがに(わらわ)も想像しておらなんだ。いやはや、神々がお隠れになって実に数百年、これ程めでたい事もあるまいて」


 老練とも言える空気を孕み、しかしながら心から喜んでいるのか、以前フラムが大司教に任じられていない会話すらする事もなかった相手の声は、しかしそれらの放つ重圧感には相応しくない、まるで童女のような甲高い声色であった。


「あぁ、すまぬな。面を上げよ。楽にしてよい」


「……ありがとうございます――教皇聖下」


「なに、そう気負うでない。教皇と言えど、妾は所詮ただ長生きなだけに過ぎぬよ。それこそ、お主の言うような神子様には遠く及ばぬのじゃ。お主が出会った御方に比べれば、少々珍しい程度の存在じゃろうて」


 それが多少の謙遜であったのなら答えようもあったが、しかしフラムの正面に位置する壇上の椅子に腰掛ける童女は、心の底からそう思って口にしているのだから、否定する訳にも肯定する訳にもいかない。


 そもそも、童女――教皇は、お世辞にも“ただの人”とは到底表せる存在ではなかった。

 何せ教皇は、かつて神が地上に姿を現した際に、人間との間に生まれた子供――半神人(デミゴッド)、あるいは現人神とも呼ばれる存在。

 そして同時に、初代教皇として創世教を守り続けてきた、『炎と光による生誕』を司る太陽の神イーファスの娘――アリス。それが創世教の教皇の正体であった。


 それをまるで気にしていない様子で口にされているが、フラムからすれば教皇であるアリスは神の一柱とも言えるような存在であった。


「しかし、フラムよ。お主は大司教であるが……次期枢機卿に確定じゃのう」


「は、い……?」


「お主が言う“精霊の愛し子”の真実――つまりは神子様の存在については、枢機卿以上の者ならば皆知っておるのじゃ。もっとも、表向きには隠しておるがのう」


「そ、そうなのですか?」


「うむ。妾は父上から聞いておったからの。というより、そもそも“神子様”を“精霊の愛し子”として偽っておるのは、他ならぬ創世教じゃからの。妾の父上が神である上、妾がこうして創世教のトップにおるのじゃ。なのに真相を知らぬ訳がなかろう?」


「確かにそれはそうですが……」


「という訳で、お主には枢機卿となってもらうぞ。分かっておると思うが、創世教の枢機卿は国に所属せず、表向きは出奔という扱いになった上で創世教に帰依する事となる。アヴァロニア王室には妾から伝えておくゆえ、案ずる事はない」


「お手数をおかけいたします、聖下」


「よいよい。その程度、造作もない事じゃ」


 それについてはフラムも理解していた。

 元より彼女はそれを覚悟した上で創世教に所属する事を決め、大司教となった時点で貴族家から籍は抜いてあるというのが実状だ。今更躊躇する事はない。

 すでに捨て去った家に戻る場所もなければ、迎えてくれる家族もいないのだから。


「ところで、フラムよ。お主が会った神子様は、どの神様の器なのじゃ?」


「『生と死、破滅による再生』を司る月の女神、ルナリア様かと」


「――なんじゃと!?」


 突然声をあげて椅子から立ち上がり、アリスがフラムへと駆け寄った。

 鷹揚に答えるばかりで、決してそのような素振りをしてみせた事がなかったアリスの突然の行動に思わず目を丸くするフラムであったが、それでも彼女の目はしっかりと捉えていた。


 ――教皇聖下が明らかに目を爛々と輝かせており、その目がどう見ても興味津々といった様子である、と。


「どのような御方じゃ!? やはり闇夜の漆黒を湛えた黒髪と、吸い込まれそうな紫紺色の瞳なのじゃな!?」


「え、えぇ、その通りです」


「お顔は!? ご尊顔はどうなのじゃ!? やはり人形のように整った御方なのか!? 父上が言うには『神界の誰もが見惚れる程の美姫であった』としか聞かされておらんのだ! 妾が作らせたルナリア様の石像は見劣りしておらぬか!?」


「え、あの、そう、ですね。ルナ嬢はまだ若いので、石像に比べればもう少し幼い感じはしますが……」


「ほうっ! ルナ様というのじゃな!? ルナリア様の愛称であり、父上の呼び名であった“ルナ姉上”という呼び名にピッタリじゃな!」


「――え……?」


「なんという事じゃ! まさか創世神様の娘の長女様が降臨しておるとは! そうじゃ、フラム! 父上からはかなり気難しい性格と極度の人間嫌いじゃと聞いておったが、その辺りはどうなのじゃ!?」


「ちょ、ちょっとお待ちください……!」


「なんじゃ、もったいぶるつもりか!?」


「いえ、そうではなく……! あの、今のお話は本当なのですか……?」


「なんじゃ? 父上は『炎と光による生誕』を司るイーファス様じゃぞ? そんな事も知らぬのか?」


「いえ、それは存じております! そうではなく、今、ルナリア様が創世神様の長女、と……! それに、イーファス様の姉と……!」


「なんじゃお主! そんな事も……む? おぉ、そうであったな。お主は“創世神話”を学んでおらんかったの。いや、すまぬすまぬ。ついルナリア様と聞いて、妾とした事が興奮してしまったわい」


 ようやく興奮が多少は落ち着いたようで、アリスは笑いながら頭を掻いた。

 金から毛先に進むにつれて紅く、赤く染まっていく長い髪を揺らしながら苦笑する姿は、数百年生きているにもかかわらずに幼く見えた。

 そんなアリスの姿に、先程までは詰め寄られる勢いのままに答えていたフラムも落ち着きを取り戻し、小さくため息を吐いてから改めて口を開く。


「ですが、創世神話でしたら私も存じていますが……」


 創世神話とは即ち、創世神によって無から世界が生み出され、神々が生み出されたという話である。

 それは創世教に所属し、神々に仕える神官、聖職者という立場にいる者ならば当然の知識だ。知らない者がいるはずもなかった。


 その程度の事を知らないと断じられたのかと、些か腑に落ちない気分で告げるフラムであったが、しかしアリスはひらひらと手を振って「そちらではない」と一言置いて続けた。


「お主らが識っておるのは改竄したものであるからの。いや、改竄と言うと聞こえが悪いの。どちらかと言えば、“真相を語っておらぬ”と表現するのが正しいところじゃな」


「――ッ、そうなのですか!?」


「うむ。創世神様が最初に生み出した、自身の対となる存在――それこそが神々の長姉とも呼ばれる御方、ルナリア様じゃ。『生と死、破滅による再生』とは即ち、全ての始まりであり、終わりを告げる漆黒でもある。始まりであり終わりでもある“表裏”の女神であるという意味じゃ」


「“表裏”の女神、ですか……」


「うむ。本来神々は同じ系統を司る傾向があるのじゃが、ルナリア様は全く異なる要素を持った存在であった。故に、長姉でもあり、創世神様と最も近いとされていたルナリア様は、神々からも敬われておった。しかし、同時に孤独であったとも聞いておる」


 教皇――アリスは父であった神イーファスの言葉を思い出し、虚空を眺めた。


「ルナリア様は不思議な御方であったそうじゃ。誰かと共にいる時は決してお姿を現さず、たった一人で何かをしている時のみ、ふと姿を現しておったと父上からは聞いておった。そして誰もが、誰かと共にいる姿を見た事がなかったそうじゃ。それは創世神様であっても変わらず、常に一対一でのみしか他者と関わり合おうとはせんかったそうじゃ」


「……何故なのでしょうか」


「うむ。いつか父上もそんな疑問を抱き、創世神様に訊ねたそうじゃ。しかし答えが返って来なかったそうな。父上が言うには、おそらくルナリア様は己の力が他の神々にさえも作用する事を理解しておったのではないか、という話じゃな」


 ――つまり、ルナリアの力は神ですら“殺せる”と。

 アリスが言下に告げた答えを耳にして、フラムは思わず息を呑んだ。


 元来、神々の力は創世神によって分け与えられたものでしかなかった。それはつまり、創世神は自らが生み出した神々に対し、あくまでも劣化させ、限定させた力を持たせたに他ならない。

 ルナリアという、己の抑止力を除いて、だ。


「創世神様がルナリア様に求めたのは、抑止力という立場であった。故に、創世神様以外では決して持つ事のなかった“同族殺し”の力を、ルナリア様に与えたのじゃ。それ故に、ルナリア様は決して他者と馴れ合おうとはしておらなかったのではないか、というのが父上の見解であり、妾もまたそう思っておる。いざという時、己が神を――親である創世神様を、そして妹神や弟神を殺さなければならないのだからの……。その重圧は、その役目は――あまりにも重い」


「それは……そう、なのでしょうね……」


「だからこそ、妾はルナリア様を尊敬しておるのじゃ。至高にして孤高、創世神様以外では唯一とも言える特別な神であらせられる御方じゃ。父上ですらルナリア様には憧憬を、そしてそれと同様に畏怖を抱いていたと言っておった程じゃからな」


 しかし――と付け加えたアリスの表情が切り替わる。

 今しがたまでとは打って変わって、爛々と輝いていた瞳は鋭く剣呑な光へと切り替わり、その目に射抜かれる事となったフラムは思わず息を止めた。


「そんなルナリア様じゃからこそ、人を嫌った。人は争い合い、憎しみ合い、殺し合う。殺さずとも良いものを、己の私欲の為に。その姿に、己が持つ“同族殺し”の御力を彷彿とさせたのじゃろう、と父上も嘆いておった。父上は対照的に、新たなものを生み出す人という存在に興味を持っておったからの。そこだけはお互いに正反対であったそうじゃ」


 人は決してそのような存在ばかりではない。

 助け合い、慈しみ合い、愛し合う事もできると言うのに、その一方ではアリスの言うような悲劇も起きる。

 そこまで考えて、フラムはそれら人間の姿がルナリアの“表裏”と全く似た性質を持っているように思えて、思わず目を見開いた。


「うむ、そうじゃ。ルナリア様はどこかで同族嫌悪にも似た感情を抱いておったのじゃろう。神の一柱でありながら、傾倒を許されぬ対極を持つが故に、疎外感を覚えておったのやもしれぬ。――まぁもっとも、これは妾や父上の勝手な推測でしかないのでな。一概にそれが真実であったとは限らん」


 ――だからこそ、妾はルナリア様に一度はお会いしたかったのじゃ。

 そう続けて会話を締め括るアリスの表情は、再び爛々とした輝きを取り戻したものへと再び切り替わっていた。


 ――あぁ、これはまた色々と訊かれるのだろうな。

 そんな事を覚悟するフラムに向けて、アリスはその期待を裏切らない勢いで再び質問攻めが始まろうとしていた。


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