閑話 薔薇姫と殲滅姫 Ⅰ
感想欄で人気の”エリルナ”編。
なかなかに長くなりそうなので閑話ですが数話構成です。
アヴァロニア王立学園、高等科。
この春から入学した生徒達の間では、数名の有名な生徒の存在があった。
中等科時代より有名であり、誰もが知るジェラルド率いる高位貴族子息集団。
そんな彼らに守られるように、あるいは侍るように集団に囲まれているアメリア。
公爵家令嬢であり、まだ早熟な十代中盤という年齢にもかかわらず、妖艶さすら思わせるような美しき令嬢、エリザベート。
深窓の令嬢にして可憐であり、いつも優しく見守るような目を周囲に向けつつ表には出ない。しかし発言による影響力は高いとされる、エレオノーラ。
有名生徒らの動きに敏感な生徒達であったが、しかし。
高等科の入学と共に、そこに新たな一人の少女の存在が加わった事に対しては、当初より賛否両論の声が上がっていた。
曰く、麗しき姫君であるエリザベートの従者。
曰く、高貴なるエリザベートに取り入ろうとする不届き者。
曰く、エリザベートの父である公爵の不義の娘にして、エリザベートの義理の妹。
噂が噂を呼ぶ中で、そう語られている少女――ルナの評判は、決して好意的なものではなく、むしろ否定的なものの方が多かったというのが事実であった。
しかし、一部女子によって『白百合の覚醒』と呼ばれる騒動によって、それら否定的な声は鳴りを潜める結果となった。
「――というかさぁ。ルナがエリザベート様に取り入るなんて、そんな事を考えて行動しているなんて……無理があると思うのよね」
騎士科の訓練棟、食堂。
そこでぼやくように呟いたのは、渦中の人物らと同じ騎士科に入った一人の少女、ジーナであった。
一度はルナと戦う事になった彼女は、エリザベートが噂以上に気さくで、かつ高貴なものとして相応しいと評価を改める事となった。
そんなエリザベートと親しい“埒外の存在”を思い浮かべて、呆れたように『白百合の覚醒』に興奮する女子集団を見てため息を吐いた。
「まぁ、あの子はちょっと特殊というか、不思議というか、ねぇ……」
親友の呟きに対し、共感しつつルナという少女を思い浮かべたフローラは、苦笑を浮かべつつもジーナの言葉を肯定した。
騎士科の授業でルナに対して二人が抱いた感想は、「ズレている」の一言に尽きた。
冒険者として様々な人物を見てきたつもりではあるが、そんな二人をしてもルナのような特殊とも言える魔装を持つ存在にも、そもそもエリザベートを公爵令嬢として敬ったり取り入ったりといった行動すらせず、それ以前に完全に“個”として接する事ができるような人間など、二人は見た事もなかった。
「だいたい、エリザベート様自身、なんだかんだでルナ以外とは一線を引いて接してきた訳でしょ? 本人がルナを気に入っているから一緒にいるのに、それを外部の人間が嫉妬混じりにあーだこーだと言うなっての」
「あらあら。ジーナってば、あの二人の事、よっぽど気に入っているのねぇ」
「んなっ!? そ、そんなんじゃないから! アタシは噂話だとかそういうのが嫌いなだけ!」
「はいはい、分かりましたからー。ほら、机叩かないのー」
――まったく、素直じゃないんだから。
あまりにも判りやすい反応を示してそっぽを向いたジーナを見て、フローラはくすくすと笑って肩を揺らした。
ジーナはどちらかと言えば素直ではない性格をしており、基本的に初対面の相手には斜に構えた態度で接する事が多い。
警戒心が強く、他人をなかなか信用しないような性格をしているからこその態度であるが、それ故に『近寄り難い』といった判断をされる事も多く、苦手意識を持たれやすい少女だ。
冒険者として見れば、決してジーナの態度は悪くはない。
仕事内容によっては複数のパーティと行動を共にする事になる以上、必然的にうら若い少女というのは下に見られたり、または下心ありきで近寄ってくる男が少なくはない。
そういった男達相手に過剰に嫌われるのは面倒事を呼び込む事になるが、かと言って気に入られても厄介だというのが現実的なところである。
アヴァロニア王国内で育ち、冒険者一本で行動している者ならば冒険者同士の諍いは極力避けるべきであると理解しているが、他国で傭兵として活動していた者がアヴァロニアへと流れてきて冒険者となった場合、女というだけで下卑た行いを画策する者は珍しくはないというのが実状だ。
魔装と契約精霊のいないアヴァロニア国外では、荒事を生業とする傭兵という稼業は必然的に男性が多いため、時折そういった厄介事を引き起こそうとする者が湧いて出るのだ。
そんな時にジーナのような、他者を寄せ付けたがらない態度というものは存外役に立つのだ。
もっとも、懐に入れてしまえば仲間思いで優しかったりするのだが、そういう一面も含めてフローラはジーナという少女を気に入っていた。
「よお、来たぜ」
「ツンツンヘアーじゃない」
「クラウスだ! お前までそんな呼び方すんじゃねぇよ!」
「お調子者さんと岩男さんも、おはよう」
「おいおい、お調子者ってのはやめてくれよ……。ラルフ、お前も……って、お前はそういや気に入ってるんだっけ」
「む? なかなかどうして的を射た渾名だと思っているぞ? 特に俺のこの鍛えられた筋肉を岩という無骨さに喩えてみせたルナ嬢のセンス。なるほど、確かに俺の筋肉はまだまだ荒削りである。だがそれは、つまりいずれは磨き上げられ、職人によって鍛えられた鋼のようだと表現される日が――」
「黙れ筋肉バカ。ジーナ、フローラ。セレーネとクロは?」
「まだ見てないけど……って、あぁ。来たみたい。セーレ、クロ! こっちよ!」
ラウレンツがラルフの筋肉談義を中断させつつ訊ねたところで、セレーネとクロの二人もちょうどそこへと向かってきている事に気が付いて、ジーナが二人を手招きしつつ声をかけた。
「お、遅れてごめんなさいぃ~」
「ん、人波に攫われたセレーネを見つけるのに手間取った」
「はわわ、巻き込んですみませんでした、クロさん~」
「いい、気にしない」
相変わらず、どうにも頼りない印象が強いセレーネではあるものの、彼女が魔装を展開して戦いとなると憑依型である特性上、苛烈な女王様スタイルになる事は知られている。
いざとなれば放っておいても魔装を展開して歩けば必然的に人波が割れるのではと思わなくもないが、クロがそれを口にする事はなかった。
一通りそれぞれに挨拶を済ませたところで、今回の発起人であり、彼らを集めたジーナが改めて口を開いた。
「みんな集まってくれて良かったわ」
「いきなり声かけてきたけど、一体なんだってんだ?」
「それを今から話すんだから、そう慌てないの。――で、改めて訊ねるけれど、ここにいるみんなは騎士科からの転科予定はないって事でいいのよね?」
「まぁそりゃそうだ。俺は殿下……あー、ジェラルドにすり寄る為に騎士科に入った訳じゃねぇし」
エリザベートとルナはここにはいないが、現在騎士科の魔装持ち近接戦闘クラスに所属しているのは、二人を除けばこの七人のみにまで減っていた。というのも、ジェラルドとジャックの退学により、彼らにすり寄り近づこうと考えていた貴族子息らもまた、騎士科から転科して他の科へと移る事になったのである。
見事にジーナとフローラを除けばエリザベート班の面々だけが残る形となったのだが、元々ジーナとフローラは貴族家の娘とは言え冒険者である。
実戦慣れしている彼女らが騎士科に入ったのはジェラルドを相手にすり寄る事が目的だった訳ではないため、今回の退学騒動をきっかけに転科する予定はない。
そもそもジェラルドらがいる頃からエリザベートとルナとも交流があったため、すでにジーナとフローラはクラウスらにとっても仲間意識のある相手とも言えた。
クラウス同様、騎士科から移るつもりはないと肯定するラウレンツやラルフ、セレーネやクロの姿を見てから、ジーナは改めて口を開いた。
「――多分だけど、これから魔装持ち近接クラスには、転科希望生が大量に現れるわ」
「は? なんでだよ?」
「……クラウス。アンタ、今エリザベートとルナの人気がどれだけ高まっているのか知らないの?」
「……へ? なんだ、そりゃ?」
「薔薇姫と殲滅姫は男子よりも女子人気が高いもの、しょうがないわよ~。まぁ男子にも密かに人気みたいだけれどねぇ」
ジェラルドとエリザベートの婚約破棄騒動。
あの騒ぎを目の当たりにした生徒達にとって、今やエリザベートとルナは男女問わず熱狂的なファンがついている、というのが現実であった。
そもそもが『白百合寮の“覚醒”』と呼ばれているのは、決して白百合寮でルナがジェラルドらを言い負かせた一件で、ルナという存在が覚醒した――という訳ではない。
白百合寮の騒動によって薔薇姫と殲滅姫という仰々しい呼び名がつく程度に、エリザベートとルナの人気が一気に高まり、“ファンとして覚醒した”というのが『白百合寮の覚醒』の実態である。
「はわあぁ~~……。エリザベート様、ルナ様の御二人は至高ですぅ……」
「げ、ここにもいたのね……」
うっとりと、恍惚とした表情を浮かべて呟くセレーネに気が付き、ジーナが表情を強張らせた。
しかしながらいまいちソレがどれだけ危険であるかを理解していない男子勢は、ジーナがわざわざ自分達を呼び出した理由が理解できずに首を傾げるばかりである。
故に、ジーナは改めて現在のエリザベートとルナを取り巻く環境を一から説明した。
「アンタ達に集まってもらったのは、他でもないわ。――薔薇姫と殲滅姫の二人が今、どれだけ危険なのかを理解しておいてもらった方がいいと判断したからよ」
「……は? 何言ってんだよ、お前。エリザベートとルナが人気とか、そんなん別に俺らにゃ関係ねぇだろ? 人気なのはジェラルドだってそうだったし、いちいち呼び出してまで話すような内容じゃ――」
「あ? おい、ツンツンヘアー。何アンタ、あの御二方をディスるの? 処されたいの? お?」
「――へ?」
いつの間にか魔装を展開して背後に立っていたセレーネの怒りぶりに、クラウスはもちろん、事の重大さを理解していなかった男子勢全員が言葉を失った。
そんな男子陣とは対照的に、ジーナは頭が痛いとばかりに額に手を当ててため息を零し、フローラは苦笑を浮かべた。
「……端的に言うのなら、セーレみたいなのが今、ウチの学園には多いのよ」
「なんでだよっ!?」
「強いて言うのなら、あの二人が“絵になる”かしらねぇ……」
「知らないというのなら、その足りないおつむにしっかりと刻み込んであげるわ。しっかりと傾聴なさい――」
魔装を使って憑依してまで嬉々としてセレーネに語られたのは、エリザベートとルナという二人に対する真実と、噂に尾ひれどころか背びれを通り越えて翼が授けられたような内容ですらあった。
数十分に渡る、“エリルナ”談義。
いつしかクラウスらだけではなく、偶然この場に居合わせた生徒さえも席を近づけ、憑依によって語り手として白熱するセレーネと、その場に居合わせた女子生徒によってさらに熱を帯びる。
結果として数十分後には、“エリルナ”を知らなかった生徒達さえ、まるで英雄譚や物語を聞いたような気分を味わい、何故か「守らなくては」と「尊い」という謎の言語が流行する事となるのであった。
「……ルナ。なんだか寒気がするわ」
「そうですか? 今日はむしろ暖かい方だと思いますが……何か燃やして暖を取りますか?」
「物騒ね!?」
食堂に入ろうとしたところでエリザベートとルナがそんな会話をする事になったのは、それらの騒動が表面的に沈静化した後の事であった。
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