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人形少女は踊らない  作者: 白神 怜司
第二章 人形少女と悪役令嬢
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2-29 Epilogue Ⅱ

 新入生歓迎パーティーで起こった、エリーに対する残念殿下からの婚約破棄宣言から始まった騒動は、瞬く間に学園、延いては貴族社会に伝わりました。


 ローレンス宰相閣下の息子であるシリル様――いえ、シリルさんは投獄され、ジャックさんはその日の内に学園を退学させられ、それぞれに廃嫡。

 エレオノーラさんはランベール子爵家すらなくなり、本人も公爵令嬢であるエリーを狙った一件や“精霊の愛し子”であるアメリアさんを暴走させ、その場にいたエリーや私を含む多くを殺害しようとしたため、斬首が確定しました。執行日までは地下牢獄に投獄されている予定です。


 そして、婚約者がいながらアメリアさんに引っ付いていた、もう一人。

 ルシエンテス財務卿の息子であるロレンソ様は今、創世教の大司教でありアラン様の幼馴染であるフラム様と一緒に、白百合寮にある私の部屋にて、私とエリーの前に姿を見せていました。


「――創世教“侍祭”のロレンソ・ルシエンテス。なるほど、アメリアさんは“聖女”候補として創世教から監視されている対象であった訳ですか」


「さすがに“精霊の愛し子”を放置する訳にもいかないからね。かと言って、アメリア嬢を“聖女”と自覚させる訳にもいかなかったんだ」


「何故ですの?」


「単純な話だよ。彼女の言動に見られる稚拙さや、精神的な幼さ。それらを“特別”にしてしまうのは危険過ぎると判断されたのさ。幸か不幸か、アメリア嬢は“精霊の愛し子”としては影響力の弱い部類に入っていたからね。だったら何も知らないまま、市井の民として生きてもらう方が、下手な騒動に巻き込まれるリスクを背負うよりも都合が良かったんだ」


 聞けば、創世教の中でも“聖女”と一括りにはされているものの、その位階というものは存在しているようです。

 アメリアさんは影響力の弱い“精霊の愛し子”であるため、その位階は第一階梯と呼ばれ、『余程の事がない限り精霊は静観しており、“聖女”としては最下位』という立ち位置であると判断されていたそうな。


 ロレンソ様がそんなアメリアさんを監視する為に派遣される事になったのは、偶然にも同じ学園内にいるアメリアさんが“精霊の愛し子”であると発覚したから、というものだったようです。

 婚約者であるナイナ様もその任務については理解があったようで、だからこそ唯一怒り心頭といった素振りがなかったのですね。


 中性的な見目の麗しさもあって、アメリアさんに取り入るのは簡単だったらしく、それだけでもアメリアさんが単純かつ危険な存在であると分かりやすい指標にもなったのだとか。


 そんなロレンソ様ですが、現在はフラム様の斜め後ろで控えるように立っており、こちらをじっと見つめ……なんだか恍惚とした表情を浮かべていますね。


「フラム様、そろそろ僕の次のお役目について、ルナ様にお話を……」


「あぁ、そうだね。――ルナちゃん、キミが“精霊の愛し子”……いや、ボクら創世教で言うところの“聖女”の中でも最高位に位置する影響力の持ち主、第七階梯であるという点について、今回の騒動で知られてしまった」


「第七階梯、ですか?」


「そう。『精霊を従えられる程の稀有な力の持ち主』として、ね。これは今までにはなかった階梯だよ。故に、創世教としても本格的にキミを放置できないと判断されてしまっている」


 どうやらこれまでは第六階梯の『精霊と意思疎通を行える』という立場が最高だったようで、それはどうもアヴァロニア建国の『英雄王』以外にたった一人しか現れなかった階梯だったようです。

 それが今回、私のお肉様に対する怒りが爆発し、アメリアさんの精霊が力を留めた事によって、私という存在はあのパーティー会場にいた生徒達によって知られてしまっている可能性が高くなっており、ロレンソ様は取り急ぎフラム様に私の事を報告したようです。


「精霊は本来、お気に入りとも言える“聖女”を守りたがるものだ。階梯の近い“聖女”同士が精霊を操ろうとした結果、力の優劣が判明したという過去の記録もある。けれどキミの場合、そもそも優劣以前の問題で、精霊が命令に従った、というのが看過できないんだ」


『――ハッ、何それ。精霊は純粋な存在だよ。単純に神子様を守ろうとする事や、気に入った相手と契約して守ろうとするぐらいしか考えられない、意思なき存在だ。守りたがるなんておかしな話だよ』


『そうなのですか?』


『そうなんですっ! ちゃんと考える意思があったら、ルナ様相手に力を暴走させる助力なんてできっこないんですからっ! だから先日のアレは本当に僕のせいじゃないんですーっ!』


 いえ、それは別にどうでもいいですが。

 っと、そういえばフラム様との会話の最中でしたね。


「そう言われても、私は宗教に興味ありませんが」


 神子という立場ですけど、私は私が神だとかどうのとか、そんな実感はありませんし。

 神に祈ってお肉様が降ってくるのなら敬虔な信徒にもなるかもしれませんが、神に祈っても何も変わらないのですから、信じるだけ無駄だというのが私の考えです。


 そんな風に考えての発言ではあったのですが、どうにもそれは関係なかったようです。

 ロレンソ様が興奮気味に口を開きました。


「ご安心ください、ルナ様ッ! あなた様は神を信じる側ではなく、いっそ神に近い御方! 神と人の架け橋となれる唯一無二の御方なのですよッ! 是非創世教へ――!」


 そこまでロレンソ様が言った、その直後でした。

 突然、膝の上にいたアルリオが机の上へと飛び乗って、フラム様とロレンソ様を睨みつけるような態勢を取ったかと思えば、ざわざわと空気が騒ぎ始め、濃密で纏わり付くような気配が漂い始めました。


 私の横にいたエリーはともかく、それらを発しているらしいアルリオの正面に睨めつけられているフラム様とロレンソ様は、顔を真っ青にしながらも息苦しそうに浅い呼吸を繰り返し、額に汗を浮かべながらアルリオを見つめ、動きを止めました。


『コイツバカなの? ルナ様は神子様だよ? 本物の神様――それも上位神様の一柱だよ? 人との架け橋とか、死にたいの? 処す? 処すよ?』


『やめておきなさい、アルリオ』


 アルリオとしてはロレンソ様の言い分はあまり面白いものではないようですね。

 私に注意されても、珍しく口を噤む――いえ、念話ですが――事はありませんでした。

 いつもの元気さは鳴りを潜めて、真剣な雰囲気で続けました。


『そもそも神々に感謝するもしないも人の勝手ですけど、神様の意向を笠に着るような真似をしている連中です。僕、コイツら滅ぼしたいぐらいですから』


『珍しいですね、アルリオがそこまで怒るなんて』


『だって……ッ! ……コイツらは知らないんです。何故神々が神子となって人になるのか、その本当の意味も、理由も、誰のせいなのかも! 神子様となった方々の決意だって……! なのに、人の分際で神様と繋がろうとするなんて、僕には許せない。赦さない。コイツらは……――ッ!』


『アルリオ』


『……ッ、はい』


『アルリオが言いたい事は私には分かりませんが、神々が決意したと言うのなら、その決意を知っていながらも、個人的な感情であなたが動くというのは、それこそ神々の決意とやらへの侮辱なのではありませんか?』


『そ、れは……』


「――ルナ、これはどうなっているんですの……?」


「すみません、アルリオが怒ったようです。――アルリオ、やめなさい」


 改めて命じれば、アルリオはその場に項垂れながらも従ってくれたようで、徐々に先程までの空気が戻ってくるような、弛緩していくのが感じ取れました。

 安堵するフラム様とロレンソ様ですが、それでもアルリオが唐突にそんな真似をしたという事実を知っている以上、目が離せないといった様子です。


 アルリオもアルリオで、どうにも元気がなくなっているようですので、私は椅子から一度立ち上がり、アルリオを強引に抱きかかえてロレンソ様に視線を向けました。


「先程の話ですが、どうやらアルリオも面白くはないようなので、遠慮させていただきます」


「なぜ、ですか……?」


「色々と理由はありますが、何より私も面白くないから、ですね」


 アルリオの頭を撫でながら答えると、アルリオが顔をあげてつぶらな瞳でこちらを見上げました。


「神と人の架け橋。そういったものを欲して、その先には何があると言うのですか? この国ではともかく、創世教はすでに他国では政治にまで介入しているようですし。よもや、神の代わりに人々を導くとでも言いたいのですか?」


 ――だとしたら。


「私が相手になりますので、お覚悟を」


「え……?」


「る、ルナ、ちゃん……?」


「ルナ、あなた何を……?」


 困惑する三人からの視線を受けつつ、私はアルリオを下ろし、『下弦の月』を具現化させてみせ、その切っ先を地面に突き立てました。


「――図に乗るな、人間風情が、と。そう言っているのですよ」


「な……ッ」


「アルリオ、私の名の下に命じます。――“精霊の愛し子”が何者であるのか、語りなさい」


 短く告げられた命令に、アルリオは僅かに困惑しながらも私を見上げ、本当に語っても良いものかと視線で問いかけてきましたので、頷いて肯定します。


 人々が“精霊の愛し子”と思っている存在が、神の器――神子であり、アルリオはその眷属である『天使』という存在だという真実。

 神子の格は神格によって比例し、“聖女”として弱い存在は下級神の器であると思われる事。

 そして私が、『生と死、破滅による再生』を司る月の神、ルナリアという存在の神子――つまりは生まれ変わりであるという事を、アルリオが語っていきました。


 アルリオが言葉を話せるという事はエリーも気が付いていますし、普通の存在だとは思っていなかったようですが、さすがにこの事実には驚きを禁じ得ないようでした。

 そしてアルリオが語ったそれらは、創世教に所属するフラム様とロレンソ様には想像を絶する真実だったようで、言葉を失って顔色をさらに悪くしていきました。


 僅かな沈黙が流れた後で、再び私が口を開きます。


「――ここが分水嶺です。創世教が“聖女”としている存在が神子であるという事実を知った上で、それでもなお担ぎ上げ、先程のように神と人の架け橋等というフザけた考えを捨てないのであれば、私が相手になりましょう。本来教会は神の為ではなく、人の為のものでしょう。であるのなら、神に近づこう等と考える必要はないはずです」


「――ちょ、ちょっと待って、ルナちゃん……」


「私は今、元奴隷のルナではなく、月の女神であったルナリアの神子として話しています。これ以上の問答は無用。これでもなお変わらないのであれば、創世教を根絶やしにしてでも止めてみせましょう。私の眷属であるアルリオがそう願うのであれば、私とて否やはありません」


「ルナ、さま……」


「アルリオ。私にはあなたがどうしてそんなに人を毛嫌い、思い詰めているのかまでは分かりません。ですが、エリー同様、あなたもまた私にとって大事だと言い切れる存在です。私は、自分が大事だと思った存在が苦しむのであれば、それらを破壊する事に躊躇するつもりはありません」


「……はい……、はい……!」


 何やらアルリオが感極まって足に抱き着いてきましたが、うっかり『下弦の月』の刃が当たらないように気をつけなくては。


「フラム様、それにロレンソ様。創世教が私を敵に回すか回さないかは、真実を知ったあなた方次第という事になります。今すぐ答えを出せとは言いませんが……――万が一にも私が大事だと思っている存在を利用したり、それらしい奸計を巡らせて私を利用しようと画策するのであれば、その瞬間、世界にいる全ての精霊を従えた私が敵となると知りなさい」


 ――話は以上です、立ち去りなさい。

 最後にそれだけ付け加えると、ロレンソ様はまるで逃げるように、フラム様は去り際に何故か力強い頷きを私に返してから、部屋を去っていきました。


「……ルナ、さっきの話は本当なの? というか、本気なの、ね?」


「アルリオが語った事も、私がいざとなれば敵となる事も、どちらも真実であって本気ですが」


「……まったく、あなたって娘は……」


「安心してください、エリー。先程も言いましたが、エリーも私にとっては大事な存在ですので、何かがあっても守ります」


「……そんな事、この前の誘拐騒動で十分に理解しているわよ」


「そうですか」


 何故かエリーが顔を僅かに赤くして、もじもじしながらそっぽを向いて紅茶を飲み始めました。

 もう十分に冷めていると思っていましたが、まだ熱いのでしょうか。


「……はあ。創世教がルナに接触してくるであろう事はわたくしも読んでいたけれど、さすがにルナが創世教相手に喧嘩を売るような真似をするまでは読めなかったわ」


「そういうものですか?」


「そういうものよ」


 そうらしいです。




 最初は、ずいぶんと物々しい魔装を手に入れ、過剰な力を手に入れてしまったものだと思ったものでしたが……悪くない、ですね。


 私が守りたいものを、私の手で守れる力があるのなら。

 私が失いたくないものを、私の手で繋ぎ止められるのなら。


 アルリオと出会い、魔装という武器を手に入れた私なら、“もう二度と全てを諦める必要はない”のですから。




「……もう、二度と……?」


「ルナ、どうしたの?」


「……いえ、何か引っかかったような気がしただけです」


 ――きっとそれは、私の何かがまた一つ変わり始めたという証左なのでしょう。

 そう思う事にして、私は机の上に置いたままの紅茶をそっと口に運んで、やはり冷めている事に気が付きました。


「エリー、猫舌だったのですね」


「えっ、なんの話!?」










第二章 人形少女と悪役令嬢 〈了〉


お読みくださり、ありがとうございました。

これにて第二章『人形少女と悪役令嬢』編は終了となります。


また、この二章の間に感想やお気に入り登録、多くの評価もいただけて、1000ポイントを突破しました。

ランキングには遠いものの、それでも徐々に伸びていくのは嬉しい限りです。

改めて、この場を借りて御礼申し上げます。ありがとうございます。


引き続き、閑話を数話挟んで第三章に入りたいと思います。

今後も宜しくお願いいたします!

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