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人形少女は踊らない  作者: 白神 怜司
第二章 人形少女と悪役令嬢
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2-24 決戦 Ⅰ

 エリーを救出して数日、エリーは大事を取って学園を休む事になりました。

 学園での授業にエリーが参加していない事に気付きもしない残念殿下はともかく、己の無実を証明する為にも学園に通い続けざるを得ないらしいシリル様とは、私も顔を合わせる機会すらありません。


 ローレンス様に今回の事件の背後関係を伝えた結果、さすがにシリル様がここまで馬鹿……げふん、愚かな真似をするとは思っていなかったようで、自害して責任を取ろうとするのを必死になってアラン様や陛下が止める騒動が起こりました。


「ローレンス様が死んでも何も解決しませんし、無意味ですね」


 目の前で死ぬだの死なせないだのと騒ぐ陛下やアラン様、ローレンス様に本音を告げてみせると、何故か皆様が動きを止めた後、何故かローレンス様は何やら納得したような表情を浮かべ、陛下とアラン様には何故か引き攣った表情に。

 ともあれ、騒動が止んで何よりですね。


 それ以来、シリル様には逃げ出せぬように監視もつけられています。

 非常に疲れた表情を浮かべていたローレンス様ですが、身内の恥とも言える今回の一件にはかなり激怒しているようで、敢えて王都のタウンハウスにも帰らずにシリル様を精神的にも追い詰めているようです。


 一方、残念殿下やアメリアさんは今回の顛末すら理解していないようで、相変わらずお花畑なままのようです。

 彼らが一切関与していない事は分かっていましたが、そもそも騒動が起こっていた事すら理解していない様子。

 さすがは残念殿下でした。

 現状はエレオノーラ様にも監視はついているようですが、本人は手を出していないという事もあってか、高みの見物を決め込んでいるようです。


「正直に言えば、現状でエレオノーラ嬢――いや、エレオノーラを捕らえて裁くのは難しいな」


「実際に手を出したのは愚息ですからな……。黒幕が判っていながらも手を出せないとは、口惜しい。誘導こそしていますが、本当にそんな事をするとは思っていなかった、ただの世間話のつもりだったと言われてしまえば、手の出しようがないのは事実ですな……」


 これには陛下やローレンス様、アラン様も何やら困った表情を浮かべていました。

 現状でエレオノーラ様にできる事と言えば、せいぜい釘を刺すぐらいしか手がないようです。

 同席して話し合いに参加しているエリーをちらりと見れば、何やらエリーも考え込むような素振りをして顎に手を当てて視線を落としていたかと思えば、ふと何かを思いついたように顔をあげました。


「要するに、引きずり出せれば良い、という訳ですわね?」


「そうなるな。罰する事はできずとも、社会的に抹殺してしまうというのも手だ。最悪そちらで手を打つ事になるだろうが……エリザベート嬢、何か策が?」


「明日の高等科新入生パーティーで決着をつける、そう決めていらっしゃる殿下がたを利用して、うまく引き合いに出せれば、と」


「その話、詳しく聞かせてもらおうか」


 エリーの進言を受けてニヤリと笑みを浮かべる陛下に、エリーもまた「フフフ」と不敵な笑みを浮かべて返しました。


 ……なんだか、御二人とも似た者同士なのかもしれません。




 そんな風にして高等科の新歓と懇親会も兼ねるようなパーティーの日々が迫る中。

 私達とエレオノーラ様率いる残念殿下御一行との間では、特に諍いもないままに日々が過ぎていきました。




「――よく似合っていますわよ、ルナ」


「そうですか? 私にはエリーの方が似合っているように思えますが」


「あら、そうかしら――なんて、ね。わたくしも自分の為に作らせたドレスですもの。自分に似合うものぐらい、しっかりと把握していますのよ?」


 真紅のドレスを纏ったエリーがくすくすと笑ってみせました。


 エリーの十代中盤とはとても言い難い程に豊かに育った肢体に相応しい豪奢なドレスには、薔薇の紋様が刺繍されていて飾りは少なめです。

 夜会ではないのに装飾品を過剰につけるのはナンセンスとの事で、首元と腕に金で造られたというネックレスとブレスレットのみ。


 それでも十分に派手だとは思いましたが、夜会ではもっと装飾過多になるようで、夜会に比べればずいぶんとラフな装いなのだそうです。

 今一度、ラフな装いという意味を調べ直す事を密かに決意しました。


「それにしても……本当にこれらを貰っても良いのですか?」


「えぇ。ルナをイメージして作らせた、ルナの為のドレスだもの。ルナ以外には似合わないわ」


 私が今着ているドレスと装飾品を見て、エリーが満足げに頷いて言い切りました。


 エリーが私をイメージして手配してくれたという、エリーの真紅のドレスとは対照的な、黒に近い程に深い藍色のドレス。

 胸元がエリーのように豊満ではないので、全体的にすとんとした見た目にしか見えませんが、それでもイオ様やアリサ様曰く、全体的なバランスが整っていて綺麗、との事です。

 私をイメージしたという銀のネックレスとブレスレットには、少し大振りな金色の宝石が嵌められていて、これらも含めてプレゼントしてくれるとか。


 これを売ればお肉様がたくさん食べられると聞いた時は心が揺らぎそうになりましたが、他ならぬエリーからの贈り物を売るつもりはありません。


 自分の為だけに用意された自分の物に拘る。

 そんなフィンガルの王女様をふと思い出しましたが……なかなかどうして、ふわふわとした心地良い感情が芽生えるものですね。

 少しだけ、あの御方が妙に物に対して固執していた気持ちが分かるような気がします。


「ルナ、覚えておきなさいな」


「何をですか?」


「女にとって、ドレスはあくまでも己を良く見せる為のものですわ。パーティーも夜会も、そうやって自分を良く見せる事で相手を威嚇する意味を持っているの。財力、美貌、優雅さ、審美眼。それらは否応なくドレスと本人の魅力に似合っているかどうかで見極められますのよ」


「そういうものですか」


「えぇ、そういうものよ。もしもそれらが足りないと思われれば、相手は自分を認めようとはしないものですわ。同じ舞台に上がるのに、相手が見劣りしているのならば舞台に上がる必要なんてないわ。たった一日のパーティーや夜会だけれど、その準備から戦いは始まっていますのよ」


「なるほど……――」


 ドレスは戦闘服、という言葉は私も書物で読んだ事があります。

 てっきり、ドレスというものは派手なだけではなく、戦闘に適した特殊な何か魔法的な代物なのかと思っていましたが、そういう意味だったのですね。


「――つまり、ドレスを【消滅】させれば私の勝ちという訳ですね」


「なんの話ですのっ!?」


 おや、どうにも何かが違ったようです。

 わざわざ準備したものが瞬間的に消滅してしまえば、それで勝てるものかと思っていたのですが、奥が深いものですね。


 半ばエリーに呆れられつつも、私達もパーティー会場となる執務棟へと向かいます。


 アヴァロニア王立学園の学科が多岐に渡るというのは知っていますが、この執務棟と呼ばれる建物は、パーティーの設営、侍女や執事の見習いとして実際にどう動くのか等を実践する為、大規模なホールが幾つも用意された棟です。

 高等科の恒例行事である新入生歓迎パーティーは二年生と三年生の執務科に所属する生徒達が会場や料理等を手配し、調理科の生徒達もまた料理を行う実地訓練という訳ですね。


 そういった役割をしっかりとこなして、将来貴族家等で仕えたり、または王城で仕える際にはどういった事が起こるのか等を考慮しつつ、経験を積む生徒たち。饗される側の新入生はパーティーや夜会ではどういった事が行われているのかを体験して学んでいくのが目的だそうです。


「まるで学園は社会の縮図のようですね」


「それこそが創設者でもある『英雄王』の狙いだったみたいよ。大人になったのだから、あとはどうぞご自由に、なんて言われても困惑する人だっているもの。こうして実践する事で、初めて人は自分に何が足りないのか、何が向いているのかを知っていけるのよ」


「そういうものですか。よく知っていますね、エリーは」


「ふふ、私の今の言葉はただの受け売りよ。本当は私も、最初はルナみたいな感想を抱いたもの。それに返ってきた言葉が、今私が伝えた言葉だったの」


「ちなみに、それは誰の言葉だったのですか?」


「さぁ、どうかしら。案外、年上から年下へと脈々と語り継がれている内容だったりするのかもしれないわね。あぁ、私に今の言葉を教えてくれたのは、先王陛下の奥様――つまりは王太后様よ。王妃教育の中で学園について、そう教わったのよね」


「王太后様ですか。そういえば、陛下は結婚なさっていないのですか?」


 よくよく思い返してみれば、そういった話はとんと聞きませんね。

 アラン様が独り身であるというお話は耳にした事がありますが。

 国王ともなれば世継ぎ問題が出る前に第一王妃を決めつつ子作りに励むものですのに、そういった話を聞かないというのも不思議ですね。


「あら、知らなかったの? 陛下は結婚なさっていないわよ」


「そうなのですか?」


「ジーク陛下の代になってから、アヴァロニア王国内は結構荒れていたのよ。正確に言えば、先王陛下の時代に色々と問題があったのよね。それで、ジーク陛下は即位後、早速国内の腐敗貴族を排除する事にしたの。そうなれば、必然的にジーク陛下に逆恨みする連中だって現れるわ」


「……つまり、王妃になろうものなら狙われた可能性が高かった、と?」


「表向きはそういう事よ。実際、誰が敵で誰が味方かハッキリしていなかった、というのもあったみたいね。だから陛下は、アヴァロニア国内が落ち着くまで特定の相手と結婚するつもりはないと宣言していらっしゃるわ」


「国内はそれで抑えられるかもしれませんが、国外は難しいのでは?」


 若き国王の妻であり王妃の座を射止められるのであれば、強国であるアヴァロニア王国に手を出したがる国だって多い事でしょう。まして、ジーク陛下はアラン様よりも若干鋭く冷たい印象を受けますが、顔立ちは非常に整った若い国王様ですし。


 そんな風に考えて問いかける私に、エリーはあっさりと「それはないわ」と言い放ちました。


「アヴァロニアは確かに強国よ。けれど、いつ魔物が襲ってくるかも分からない危険な国でもあるわ。かの『英雄王』の伝説が残っていると言っても、魔物はそんなものを配慮してくれるような存在じゃないわ。たとえ世界が平和であっても、魔物と戦争が続く国、というのが他国から見たアヴァロニアなのよ」


「そんなに殺伐とした印象のある国とは思えませんが……」


「あくまでも外から見た印象よ。実際、アヴァロニアは平和で豊かな国よ。でも魔物という危険な存在と対峙して、戦い続け、守り続けているからこそ、平和で豊かな国であると言えるの。そう考えると、アヴァロニアに慣れていない人には怖い場所なのでしょうね」


 確かにそう言われてみると、アヴァロニアという国はなかなかに危険と隣り合わせの国であるように聞こえますね。

 良くも悪くも他国から干渉されにくいのなら、陛下の結婚しない宣言も素直に受け入れられたのでしょう。


「――さあ、お話はここまでよ、ルナ。着いたわ」


 正面に見える大きな建物。

 執務科専用とも言える建物は、今日のパーティーに参加する高等科の新入生が色鮮やかなドレスを着た女子生徒や、騎士服にも見える礼服を羽織っている男子生徒を招き入れるように、その大きな扉を開いて私達を歓迎していました。


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