1-4 どうやら私は引き取られるようです Ⅱ
私が“第三独房”へと移されて二週間程。
戦後処理を含めた戦後特有の慌ただしさもすっかり落ち着き、アヴァロニア王国からは今後の元フィンガル王国領土を治める文官の方々や、こちらに派遣された騎士の方々などがやって来て、引継ぎも終わりました。
それにしても、戦後処理にしては早いですね。
普通は数ヶ月ぐらいかかりそうなものですし、反乱の可能性を考えれば戦力は残しておくべきかと思いますが。
「――反乱? あはは、ないない。元々この国の民は王侯貴族に不満を抱いていても、それを表に出せなかっただけだもの。ウチが面倒見る事になって、早速とばかりに税率も下げたから、反乱どころか歓迎されているわね」
そんな風に仰るアリサ様の言からも、やはりこの国はギリギリのところだったのだと再認識させられたものでした。
そして私はですが……。
「ルナもこの二週間で、少しはお肉もついてきましたねぇ。健康的になって髪も整えたし、女の子らしくなってくれて良かったわ~」
「えぇ、そうね。醜いものが嫌いだからって理由で治らない怪我を負わされなかったのは、不幸中の幸いよね。肌も綺麗だし、お人形さんみたいだわ」
「ちゃんと伸ばさなきゃダメよ~? きっとあなたは伸ばした方が似合いうんだから~」
「あら、イオもそう思う?」
……相変わらずイオ様とアリサ様から必要以上に構われつつ、まずは静養するようにと言われて軟禁状態の生活を送っております。
結局、処刑されるとばかり思っていましたが、どうやら私はアヴァロニア王国に引き取られる事となったようです。
ちなみにこれについては、団長様の決定でした。
承諾してみせる私に何度も「それでいいか?」と訊ねていましたが、そもそも私に決定権があるものではありませんし、むしろ決定権を委ねられても困ります。
ともあれ、そんな私の名前は月を表すルナと名付けられました。
漆黒の髪に紫紺の瞳というのは、月の女神様と同じ色彩だとされているらしく、女神様の御名前――ルナリア様から取った名前を与えられる事に。
女神様の御名前を奴隷風情に使うのはいかがなものかと抗議してみましたが、ルナという名前は特段珍しくはないそうですし、そもそもそれは私に非があるのではないし、もう奴隷ではないのだから、と説得され。
キャッキャウフフと話し合う御二人に、まるでペットの名付けのように決められました。
いえ、別に構わないのですが。
「そういえばルナ、あなたの〈才〉は調べていないのよね~?」
「はい。そもそも私は奴隷でしたので、『選定の儀』の対象から外れておりましたので」
齢十となる少年少女が受ける『選定の儀』。
教会で行われるそれにより、千差万別なく与えられる神の祝福は〈才〉と呼ばれ、その種類は多岐に渡ります。
ですが、この〈才〉に出自の貴賤はなく、誰しもが得られるものです。
そのため、一般的には平民であろうがなんだろうが、指定日に教会にさえ行けば受けられるものなのですが、奴隷として王城に飼われていた私には関係のない事でしたね、ハイ。
「そうだったのねぇ……。だったら、少し遅くなってしまっているけれど、国に戻ったらあなたの『選定の儀』を済ませましょう~?」
「そうね。〈才〉を与えられれば、ルナも〈才〉を活かす道に進む選択肢ができるだろうし……」
「誰だって受けるのだし、ルナはもう奴隷なんかじゃないんだから、ちゃんと受けなきゃダメよ~?」
確かに、〈才〉は重要です。
何せこの元フィンガル王国では、〈才〉が上位であればある程に認められ、徴用……重用されてくる程度には、本人の資質を物語る大きな役割を担う代物ですから。
しかし私としては……別にどうでも良いのですが。
そもそも〈才〉が絶対ぐらいの事を言われて生きてきましたが、私は〈才〉を与えてもらう事すらなかった奴隷の身でしたので、そこに不自由さや不便さを感じる事もありませんでした。
まぁ、今後いつまでも皆様のお世話になっている訳にもいきませんし、伸ばしやすい、分かりやすい目印が貰えるのであれば、否やはありません。
貰えるものは不要なものでなければありがたく頂戴しておくべきでしょう。
生きていく上で無駄になる事などありません。
「ちなみに私は【剣術/上級】なのよ~。契約精霊は【風】~」
「私は【属性/雷】。契約精霊は言うまでもなく【雷】ね」
「契約精霊……。さすがはアヴァロニア――『守護者』であり『調停者』の国、ですね」
「――ッ! 知っているの……?」
「はい、書庫にある古い本に書かれていた知識でしかありませんが」
アヴァロニア王国はそもそも大国ではありません。
国土だけで言うのであれば、いっそフィンガル王国と同等程度です。
しかし、この世界で最も有名な国と言える場所でもあります。
その理由こそが――アヴァロニア王国こそが『守護者』であり、『調停者』だから、です。
アヴァロニア王国には、魔物が生まれる地があります。
魔物はそのまま放っておいては危険な存在ですので、どうしたって魔物を抑える必要があります。
その為に立ち上がったのが、アヴァロニア王国の初代国王――『英雄王』であったとされています。
その概念は脈々と受け継がれ、おかげで世界は守り続けられてきたものです。
故に彼らアヴァロニア王国は世界の『守護者』として精霊の良き理解者であり、時には“世界のバランスを守るための剣”として――同時に、『調停者』として戦を起こす事もあります。
魔物が生まれる原因となる、人の嘆き、苦しみ、怒り、憎しみ。麻薬や人身売買に手を染めたフィンガル王国は、そういったものを多く生み出しかねない環境でもありました。
故に今回、彼らアヴァロニア王国は『調停者』として動く事となったのでしょう。
そんな彼らは精霊の良き隣人です。
そのため、彼らは生涯を供にするパートナーとして精霊と契約するそうです。
そして精霊は、具現化するために契約者の能力に合わせた存在――契約精霊という形となり、パートナーである契約者に魔装という力を授けるとか。
どこまで知っているのかと問われたので、以上の知識を引き出しながらお話しますと、御二人ともぽかんとした表情を浮かべ、やがて頭が痛いのか深いため息を零しました。
「……まったく。この子の知識には驚かされるわね」
「いえ、私が得ているのは所詮古い本に記された事に過ぎませんから」
「うーん、正直に言うとね? 他国には『守護者』の役割ばかりが有名で、『調停者』の役割までは知らない国の方が多いのよ~?」
「そうですか。本に書かれていますので、特に珍しい事ではないと思っていましたが」
私は王女様の癇癪で遠ざけられる日もありましたし、そういう日は日がな一日書庫に篭っていましたからね。
生きた知識は持ち合わせておりませんが、記され残された知識だけならば、王女様――いえ、家庭教師の方よりも持っていたと自負しております。
まぁ、本を読んで知識を吸収していくのが好きでしたし、時間があっという間に過ぎるので、良い暇潰しになっていたとも言えますが。
「でも、そんな本あったかしらぁ……? アリサ、書庫の調査は行ったのよねぇ?」
「えぇ、もちろん。いくつか古代精霊語で書かれた書物とかもあるから、さすがにそっちは学者に回さないと分からないけれど……アヴァロニアの事がそんなに細かく書かれた本、あったかしら……?」
「書庫の奥の方にありますよ」
「書庫の奥……? まぁいいわ、ありがと、ルナ。あとでもう一度探させてみるわね」
あの変わった文字で書かれていた本は、書庫の奥の方にある不思議な紋様が書かれた棚の中にありましたからね。その中まではまだ手が回っていないのでしょう。
たまにパタパタと動く本もありましたし、何か語りかけるような変な声も聞こえた気がしなくもありませんでしたが、本にも個性はあるのでしょう。
「ま、それは調べさせるとして。そろそろ行きましょうか~」
「行く、とは?」
「あ、言ってなかったわね~。三日後にアヴァロニアに帰るから、そこでルナの面倒を見てくれる侍女達との顔合わせをしてほしいのよ~」
「さすがに私達も行軍中はルナとずっと一緒にいられないし、少しは仕事してもらわないといけないのよ。だから、そういう指示を出してくれる人に挨拶しておくって事よ」
「はあ……?」
挨拶、ですか。
命令さえしてもらえれば勝手にやりますので、別に必要ないとは思っていましたが。
……やはりアヴァロニア王国は変わっていらっしゃるのですね。