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人形少女は踊らない  作者: 白神 怜司
第二章 人形少女と悪役令嬢
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2-20 人形少女の抱いた感情 Ⅰ

 騎士科の授業は基本的には学科と実技に分かれます。

 学科は基礎学力以外に、法律に関するもの――まぁこれは騎士となれば取り締まる側になるのですから、当然と言えば当然ですが――から、軍略、対魔物戦闘における常套手段から、大型の魔物を狩る際の戦い方など、多岐に渡ります。


 とは言え、どうやら学科は優秀な成績を修めずとも単位はいただけるようで、「将来騎士になったら覚えておいた方がいいぞ」という入門編みたいなものでしょう。

 一応、学科で優秀な成績を修められるようであれば、軍師や文官としての道も推薦されやすくなるそうなので、真剣にやるか流し読む程度かは人それぞれといったところのようですね。


 一方、魔法陣研究科と魔導技師育成科ですが……こちらはちょっと予想外な展開になっています。


「――皆様には新しい研究室……いえ、研究塔に移っていただきますね」


 涼やかに、かつ当たり前のように私とエリー、それに無口(クロ)さんとヘンリーさんの前に、ニーナ先生を連れ立って現れた存在に、無口(クロ)さんとヘンリーさんは見るからに動揺していますし、エリーでさえ言葉を失っていました。

 埒が明かないので私が訊ねるべきなのでしょうか、これは。


「どうしてローレンス様がここに?」


 そう、私達の目の前に現れたのはこのアヴァロニア王国の宰相閣下であるローレンス様でした。

 私の問いに対し、ローレンス様はにっこりと朗らかな笑みを浮かべました。


「あなたのせいですよ、ルナ嬢」


「はい?」


超古代遺物(アーティファクト)の劣化模造品しか作れなかった魔道具を、あなたという存在がその法則を解き明かしてしまった。となれば、必然的に研究が外部に漏れてしまう事や、研究成果が奪われる事は未然に防がなくてはなりません。理由は――そうですね、エリザベート嬢、お答えできますかな?」


 突然水を向けられる形となったエリーでしたが、さすがは公爵令嬢。

 彼女は即座に思考を巡らせ、一つの答えを導き出しました。


「……魔道技術の急激な発展を迎える以上、市井に流すべき品物と軍事的利用価値のあるものを選別し、緩やかであり、かつ発展の速度を操作するため、でしょうか?」


「……ふむ、さすがですね。聡明ですな」


「宰相閣下に比べれば、まだまだ稚拙ですわ。わたくしの持つ知識など、所詮は先駆者にあやかったものでしかありませんもの」


「それを理解し、弁えている事こそが重要なのですよ。――さて、エリザベート嬢の言葉をもう少し噛み砕いてご説明させていただきましょう。要するにここは、国の最重要拠点の一つとして扱われる事になる、という事です」


 噛み砕いた結果、何名かの顔が蒼くなるのを通り越して白くなりましたね。


「ローレンス様」


「おや、なんですかな、ルナ嬢」


「最重要拠点であるのなら、他国からも留学生のいる学園敷地内に建物を建てるのは、あまり良くないのでは?」


 アヴァロニア王立学園は、あらゆる面で先進的な学園です。

 そういう意味で、他国の貴族であったり王族であったりも留学に訪れる事は珍しくなく、セキュリティを重要視するのであれば、学園という場所は相応しいとは思えません。


 そんな考えの私を見て、ローレンス様は朗らかな笑みを浮かべたまま頷きました。


「ルナ嬢の懸念はごもっとも。ですが、他国からの留学生がいるからこそ、渡せる技術を渡しやすいというのもまた事実なのですよ」


「……そういう事ですのね」


「どういう事ですか?」


 私とは異なり、エリーにはローレンス様が言わんとしている事を理解できたのでしょう。

 エリーがローレンス様に説明しても良いかと目線で問いかければ、ローレンス様は頷いて肯定しました。


「魔道技術の先進国となれば、その技術価値は計り知れないものです。たとえばルナの言う通り、完全に隔離した研究所を設けたところで、今後間諜を紛らわせてきたり、あるいは研究に関係しているわたくし達が狙われかねない。けれど、学園という場所で門戸が開かれているのであれば、他国も我がアヴァロニア王国にくだらない真似をせずとも、技術を得られるようになりますわ。アヴァロニアを敵に回してでも技術を奪おうとせずとも、学徒には門戸が開かれているとなれば、そういった騒動の種を抑えやすい、という事ですか?」


「えぇ、概ねその通りですよ。さすがはエリザベ―ト嬢ですな」


「概ね、ですの?」


「左様。技術の独占は軋轢を生みかねない、その考えも含まれておりますとも。ですが、それ以上に直面する問題というものがあるのですよ」


「にゃ、魔道技師の技術力不足にゃね。現在の魔道技師は名前負けした、ただの模造品作成者でしかないにゃ。けれど、今後はそれだけじゃ魔道具は作れなくなるにゃ。鍛冶と同じく、技師もそれぞれ独自に発展し、刺激し合って新たにゃものが創造されていくものにゃ。そうなれば、必然的にこの王立学園で学ばせる必要性もあるにゃ。同時に、才能があるにゃら引き抜いてしまう事だって可能にゃ」


「引き抜きですの?」


「そうにゃ。研究者や技術者にとって、国境にゃんてあってないようなもんにゃ。最先端をルナちゃんと学べるなら、国に帰らずにここに残りたがる連中は絶対出てくるにゃ。そうなったら、必然的にアヴァロニア王国は魔道技術の最先端としての地位を確立しつつ、他の国にも差をつけられるにゃ」


 今の今までだんまりを続けていたニーナ先生ですが、興味のある分野の話であると理解した途端、水を得た魚のように語り始めました。


 しかし、そういう事ですか。

 確かにニーナ先生のお言葉は的を射たものだと言えるでしょう。

 ここで学び、新たな魔道具を作り続けた人が数年後、あるいは数十年後にここから出て故郷に帰る事となっても、ノウハウが蓄積されているのはここも同じです。

 必然的に技術を広げつつも、魔道技術のメッカというブランドがアヴァロニアには定着しますし、国独自の発展によって新たな発見に至るケースもあるでしょう。


 そういったものさえも見越したからこそ、学園に研究所を作るつもりのようですね。

 ニーナ先生の言葉を否定しないローレンス様を見る限り、ニーナ先生の考えはローレンス様の狙いと相違ないようですし。


「そういう事ですので、学園こそが相応しいのですよ、ルナ嬢」


「なるほど、理解しました」


「結構です。では早速ですが、ヘンリーさん。今後、こちらの研究棟に所属するのであれば、魔法研究科と魔道技師育成科の単位はその時点で十分なものを与えられるよう手配してあります。ですが同時に、今後五年間は研究所の助手という立場となっていただき、情報についての守秘義務を守っていただく必要があります。どうなさいますかな?」


 ……あれ、ニーナ先生や貴族であるエリーはともかく、何故私には一切そんな質問もないのでしょうか。

 それにクロさんも特に聞かれていませんね。


「……ルナ。言っておくけれど、あなたはすでに選択の余地はないわよ?」


「そうなのですか?」


「当たり前でしょう? ルナがいなければ新たな魔道具は作れないんだから。それとも、国からお金も出るし、技術料も貰えるようになるのに、興味がなくなったの?」


「いえ、そういう訳ではありませんが」


「なら、ここは何も考えずに受けておきなさいね」


 どうやらそういう事らしいです。

 まぁ私だって興味があったから入った訳ですし否やはありませんが。

 お金を稼げるのであれば、夢のお肉様食べ放題なんて事も可能かもしれませんし。


「……あのね、ルナ。あなたが考えている以上に莫大なお金が動く事になるんだから、もっとお金の使い道は計画しておきなさいね……?」


 莫大なお肉様ですね、わかりました。


「……宰相閣下。僕はフィンドレイ商会長の息子ですよ? これ程までの新たな商機、それを生み出す機会に手を引け等と言われましても、しがみついてでもついていくつもりですとも」


「なるほど。ですが、勝手は許されませんよ?」


「もちろんです。僕はエリザベート様を裏切るような真似はしませんよ」


「まったく、まだそんな事を言っているんですの?」


「本当の事ですからね」


 おや、なんでしょうね、このヘンリーさんの押しっぷりは。

 なんだかエリーに対しての忠誠心を通り越えているような気がしますね。


「まぁ、ヘンリーさんは片割れさんと一緒になっていた汚名を返上する事からですね。婚約者がいないとは言え、殿下と不愉快な下僕たちの一員でしたから」


「ぐ……っ、る、ルナ嬢、痛いところを突いてくるね……」


 一応釘を刺しておく事にしました。

 あわよくばエリーにお近づきになろうものなら、私の大鎌が飛んでいきますよ?


「まぁいいでしょう。フィンドレイ商会は商会としては一流ですしな。市井に商品を流す時は、王室が公認したものから優先権を発行しましょう」


「ほ、本当ですかっ!?」


「えぇ。ただし――クロ、分かっていますね?」


 ローレンス様に何かを釘刺されるような形で、無口(クロ)さんが頷きました。

 何やら旧知の仲と言いますか、呼び捨てですし関係がありそうな感じですが……と考えていると、ローレンス様がエリーと私、そしてヘンリーさんとニーナ先生に向かって告げました。


この子(クロ)は私の部下の一人です。しばらくは護衛という形で皆様と同行させますので、何かがありましたらこの子にお伝えください」


「部下……?」


「ん。もともと僕は、ローレンス様の部下」


「そうだったのですね。宜しくお願いします」


「……反応、薄い」


「いえ、驚く程でもありませんでしたので」


 ローレンス様が無口(クロ)さんの名前を出さなかった時点で、なんとなく関係があるだろうとは思いましたからね。今更「わー、ホントにー?」とはなりません。

 というか、そもそも私がそんな反応できるはずもありませんが。






 研究所の建設には数日かかるとの事ですので、元々私達に充てがわれている研究室では基本的に構想を練るだけとなりました。

 私達は単位そのものはすでに貰いましたし、しばらくはニーナ先生が主任の研究室の助手という扱いになるそうで、もはや授業の枠を超えてしまっていますが……ニーナ先生はローレンス様が帰った後になって、ようやく環境が恵まれる事に思考が向いたようで、ずいぶんと嬉しそうにしています。


「にゃっははははっ! これでマイナー研究だの国費の無駄遣いだのと嘲笑ってきてたヤツらにデカい顔してやれるにゃー! 経費合戦で鼻で笑ってやるにゃー!」


 なんとなくですが、小さな願望ですね。

 それなりに苦労していたらしい事は察していましたが、そういうやり取りで見返すというのはニーナ先生としてはかなり大きな要素だったのでしょう。


「――まったく、ルナといると飽きないわね」


 授業時間が終わって白百合寮へと帰っている最中、エリーが夕焼けに染まった空を眺めながらそんな事を呟きました。


「そうですか?」


「えぇ、そうよ。予想外な事ばかり起こってしまって、振り回されっぱなしだわ」


「そう言っている割に、ずいぶんと楽しそうですね」


 笑顔で言うような内容というよりは、本来なら辟易としているような、疲れた雰囲気を醸し出しながら口にするような言葉なのですが、エリーはどうやら違うようです。


「そうね。えぇ、そうよ。私はあなたと出会って、行動するようになって、まだ一ヶ月と経っていないって言うのに……楽しいと、そう思っているもの」




 ――――そうやって、温かな言葉ばかりを言うエリーだからこそ、なのでしょう。




 その夜、エリーの行方が分からなくなったという報せが耳に入った時。




 私は、初めて“怒り”というものを自覚したのでした――――。


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